第76話 クロード先生と生徒の伯爵
王都レガリアへ向けてオルノバの街を出立した俺達。街の東の街道に出て隊列を組みながら王都を目指して進んでいく。順調に行けば7日後に王都に到着する予定だ。
伯爵家の馬車は2台で伯爵が乗る馬車には伯爵の他に妻と幼い子供二人、そして世話役の侍女が乗っていて、もう1台は伯爵家から王室への貢物や、道中は他の貴族領を訪れるので儀礼的なお土産を積んだ荷馬車だ。
荷物もマジックバッグに入れちゃえばいいと思うのだが、そこは貴族の面倒な格式みたいなものがあるらしい。でも、一行の荷物などはマジックバッグに入れているのだそうだ。商人も同じようなもので、マジックバックがあれば交易に荷馬車はいらないんじゃないかと思うのだが、商会としての体裁があり荷馬車を用意するのだそうだ。
モルガン商会の馬車には俺達とモルガンさん、そして俺が最初にモルガンさん一行と出会ってオルノバの街に向かった時に御者をしていたマテオ君が今日も御者を務めている。
先頭と
元々、モルガン商会が王都に支店を出すのに伯爵家がその計画に乗っかった形なので、目的地が同じの二つの馬車隊が道連れで旅をしてるような形式になっている。
馬車の中で顔を合わせた俺達はモルガンさんとお互いに自己紹介をする。
「私はこの度王都に支店を出す事になった商人のモルガンと申します。フミト殿には色々なアドバイスを頂いてお世話になっているのですよ」
各々の自己紹介が終わりソフィアが口を開く。
「フミトってそんな事もしてたんだ」
「まあね。ところでクロードさん、さっきラグネル伯爵がクロードさんの姿を見つけてぎょっとした顔をしてましたよ」
「ほう、シモンは私に気づいてましたか。彼は今でこそ自分の地位に見合う風格も出てきたようですが、子供の頃は我儘でサボり癖があり先代領主も心配しておりました。そこで私が騎士団の遠征中に先代領主に頼まれて彼を鍛えたのですよ。それまでもアイゼンが剣を教えていたのですが、体調が悪いだのと適当な理由を付けてサボっていたようなのです。でも、私は外部の者でしたし彼が仮病で練習をサボろうとしても容赦なく引きずってきて稽古をつけたので、彼には私が鬼教官に見えたのでしょうな」
「へー、クロードさんって優しそうに見えて結構厳しいところもあるんですね」
「いやいや、フミト殿。それは時と場合によりますぞ。剣の鍛錬は剣の腕だけでなく心身の鍛錬にもなりますからな。これから次代の伯爵になろうという者が普段から我儘でサボるような人物ならば、そのまま成長して貴族を継いだ時に困るのはそんな貴族の領地で暮らさなければならない領民なのです」
「確かにその通りですね。大人になるとなかなかすぐには性格は変えられなくなるものですし、子供のうちに変えられるものならばそれに越したことはないですからね」
「さすがフミト殿。そこらへんがわかっていらっしゃるようですな」
「私も息子のアランには厳しく指導しています。商人も全く同じですよ」
「あたしもクロードには散々しごかれたからわかるわ」
「ソフィアでも真面目に稽古してたんだ。意外だな」
「あのねぇ…あたし達エルフ族はこう見えても武を奨励されてるのよ。エルヴィスの森を出て外の世界で暮らすには強さが何よりの保険なのよ」
「わかったよ、ごめんソフィア。お菓子好きだけじゃないんだな」
「もう、なんでそこでお菓子が出てくるのよ!」
「「「「あはは!」」」」
お互いの自己紹介をした後は、モルガンさんとも打ち解けて世間話などをしながら和気あいあいと馬車に揺られて進んでいく。
王都へと続く街道は定期的に整備されているので、馬車の揺れもそれほど酷くはならないのは嬉しいね。
そして、そろそろ昼時になろうかという時間に最初の休憩地の集落に到着した。
一行の到着は先触れが出ていたのか集落の代表が出迎えてくれていた。
ラグネル伯爵とその家族が馬車から降りて集落の代表から挨拶を受ける。
「これはこれはラグネル伯爵様。ようこそ私共の集落にお立ち寄り頂き誠にありがとうございます」
「固い挨拶は無用です。それよりも今年の収穫はどうなりそうですか?」
「おかげさまで天候にも恵まれ例年以上の豊作になりそうです」
「それは良かった。民あっての我々ですから作物が豊作になりそうだと聞き安堵しました」
おっ、ラグネル伯爵ってまともそうな人だな。
「さあ、どうぞ私の家でご休憩なさってください」
集落の代表に促されて俺達は大きな家にお邪魔して休憩する事になった。
それぞれが簡単な昼食を取る為に用意された席に座るのだが、その前にラグネル伯爵がクロードさんの方へ近づいて声を掛けてきた。
「やっぱりクロード先生でしたか。ご無沙汰しております。今朝あなたを見かけた時にはびっくりしましたよ。まさかこの旅にクロード先生も同行するなんて思ってなかったものですからね。今の私があるのもクロード先生のおかげだと言っても過言ではないですから」
「久しぶりですなシモン。伯爵家を継いでからなかなかの善政を敷いてるようで亡くなった先代も喜んでるでしょう」
「父の厳しい教えやクロード先生の鍛錬も、私の為を思っての厳しさだと知るようになってからはサボらないで真面目に頑張ってますよ。いやぁ、クロード先生は厳しかったなぁ。もうあんなに厳しいのはこりごりですよ」
「ははは、あれでも手加減していたんですぞシモン。見たところ身体が鈍っているようだから久しぶりに稽古をつけてあげても構わないのだがどうするかね?」
「勘弁してくださいよ先生…汗。ところで、こちらの方々は先生とはどのような関係なのでしょうか?」
「私とパーティーを組む仲間です。こちらがフミト殿。そしてソフィア殿にエミリアです。今回の旅を誘ってくれたのがフミト殿です」
「そうでしたか。ご存知かもしれないが、私はシモン ラグネル。領都オルノバを中心にこのあたり一帯を治めさせてもらっています」
「冒険者のフミトと申します。どうかよろしくお願いします」
「同じく冒険者のソフィアと申します。どうかお見知りおきを」
「私はエミリアと申します。どうかよろしくお願い致します」
「珍しい黒髪の若者に綺麗なお嬢さん方だ。私は伯爵位だが気兼ねなく接してくれていいよ。そういえば、レノマ コスタ男爵がトルニアに帰郷した時に、世話になったパーティーにフミトという人物が居たと聞いていたがもしかして君の事かな?」
「世話になったかどうかは別として、たぶんそれは私の事で間違いありません」
「そうか、なかなか見どころのありそうな若者だと言っていたのでその名前を覚えていたのだよ」
「いや、俺…私はそんな大した人物ではないですよ」
「フミト君、謙遜は美徳だがもうちょっと自分をアピールしてもいいんだぞ。私は有能そうな若者をスカウトするのが好きでね。君もその気があればいつでも私を訪ねてくればいい」
「ありがとうございます。でも、俺は冒険者という職業が好きなので自由に冒険がしたいんです。伯爵の好意は素直に嬉しいですが…」
「そうか、残念だなぁ。まあ、気が変わったらいつでも来てくれ。歓迎するよ」
伯爵との会話も一段落したタイミングで昼食が運ばれてきた。パンにスープの簡単な昼食だが、スープの味付けが俺の舌に合っていて旨い。伯爵家の普段の食卓がどういうものなのか俺には知る由もないが、前の世界で平凡な庶民だった俺にはこれでも満足だ。
そして昼食後に休憩をした後、今日の宿泊地に向かって出発だ。シモン ラグネル伯爵もレノマ コスタ男爵と同じで気さくな人物で良かったよ。
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