第75話 出発の朝

 とうとう王都への出発の日がやってきた。

 宿を出た俺はソフィア達を迎えに行く為に屋敷へと向かって歩いていく。

 空には雲があるが、太陽が雲の切れ間から顔を出すと陽射しで暑さを感じる。

 俺はズボンに薄い生地のシャツ姿でマントは仕舞ってある。


 ゼルトさん達には既に俺達が王都へ行くのを伝えてある。

 冒険者は長期の仕事もあるから、暫く会えなくなるのも仕方がないなと言われた。

 リーザさんには、せっかく王都に行くのだからたくさんお土産を買ってこいと約束させられてしまった。



「王都か…どんなところなんだろうな」


 期待と不安が混ざった複雑な心境なのは旅立ち前のお約束ってとこかな。

 ソフィアの屋敷に着くと、エミリアさんが既に支度を終えて屋敷の玄関前に立っていた。


「おはよう、エミリアさん」


「おはようございますフミトさん」


 エミリアさんは俺の要請で俺の事を様付けしなくなったので何となく距離感が近くなったような気がする。

 俺とエミリアさんが話す声が聞こえたのか、屋敷の中からソフィアとクロードさんも出てきた。


「おはようフミト。よろしくね」

「フミト殿、よろしくお願いします」


 ソフィア達も上は薄手のシャツで暑さ対策をしてるようだ。

 こちらの世界は暑くても湿度が凄く低くてカラッとした気候なので、汗ばむという程ではないのが嬉しい。元の世界ではこのくらいの暑さだと汗がダラダラと出て大変だったもんな。


「皆、忘れ物はないよね?」


「お菓子はあるし、お金も持ったし忘れ物はないはずよ」


 ソフィアにとってはお菓子が重要なんだな…汗


「フミト殿、ソフィア様はお菓子がないと生きていけませんからな。旅の準備をしている時もどのお菓子を持って行こうかとずっと悩んでました」


「もう、クロード! フミトの前で余計な事は言わなくていいの!」


「「「あはは!」」」


 俺とクロードさんとエミリアさんは大声をだして笑う。まあ、そういうところもソフィアの魅力のひとつなんだよね。


「じゃあ、待ち合わせの場所まで行きましょう」


 俺達は待ち合わせ場所であるラグネル伯爵の領主館に向けて歩き出した。

 俺に王都行きの話を持ちかけてきたモルガン商会のモルガンさんもそこに向かっているはずだ。


「この前は観光の街トルニアに連れて行ってもらって今度は王都でしょ。以前もそこそこ旅には行っていたけど、フミトと知り合ってからは旅に行く機会が増えて楽しいわ」


「私もこの街からあまり出る機会がなかったのでとても嬉しいです」


 俺自身も旅は楽しいし、喜んでもらって何よりだ。もし、ソフィア達が同意してくれるのなら、この国だけじゃなくてもっと色々なところに行ってみたいものだ。


「俺も旅に行くのは楽しいよ。ところで、もし俺がイルキア王国内だけでなく他の国にも行ってみたいと言ったらソフィアはどうする? もしかしたら俺はオルノバの街を離れて違う国や違う街に住みたいと思うかもしれない」


 俺の言葉はある意味で、もしかしたらこの先ソフィア達とも別れるかもしれないと示唆してるのだが、ソフィアはどういう反応を示すのだろうか? ちょっとドキドキしながら返答を待つ俺。


「はぁ? 何言ってるのよフミト。フミトはあたしの人生の大事なパートナーなんだから付いていくに決まってるでしょ。あたしはフミトと初めて言葉を交わした時からそう決めてるの」


「やれやれ……ソフィア様が行くところ、私も同行するのが務めですからな。このクロード、フミト殿にソフィア様が同行するならどこまでも付いていきますぞ」


「私もソフィア様付きの侍女なので同行します。それにソフィア様だけでなく、私はフミトさんのお側にもいたいし」


 皆、俺に付いてきてくれるのか。何だか嬉しくてちょっぴり恥ずかしい気持ちだ。まあ、クロードさんとエミリアさんはソフィアに付いて来るんだけどね。でも、俺の胸の内に漠然とあった不安がこの言葉で解消されたのは確かだ。イルキア王国だけに留まらず、色々なところへ行ってみたいもんな。


「そうか、ソフィアは俺のパートナーだもんな。クロードさんもエミリアさんもかけがえのない仲間だと思っているし嬉しいよ」


 まだ知り合ってからそれほど経ってないはずなのに、昔からずっと一緒に過ごしてるような感覚になるのはなぜなんだろうか。

 これも、この俺がこの世界に来た時に運命付けられているのかな…ふと、そんな事を思ってしまう俺なのであった。


 そんなこんなで、待ち合わせ場所の領主館が目の前に見えてきた。

 正門付近には数台の馬車と共に馬に騎乗した騎士の姿もある。

 俺達はモルガン商会が用意した馬車に乗る予定だから、あの中の馬車のどれかに乗るんだろうな。


 俺達が近づいて行くと、向こうも俺達に気がついたらしくこちらを見ている。モルガンさんの姿もそこにあって、騎士に何やら説明してるようだ。

 見るからに貫禄のある馬上の騎士が一人こっちへ近づいてくると、俺達の前で馬から降りて挨拶をしてきた。


「もしやと思い私が自ら確認をしに来ましたが、クロード殿ではありませんか?」


「いかにも私はクロードです。久しぶりですなジェラール殿」


 すると、それを聞いた貫禄のある騎士がクロードさんに騎士の礼をした。


「そういう堅苦しいのは止めましょうジェラール殿」


「そうは言いますが、先代騎士団長アイゼン様とは昵懇の仲で剣の腕前も誰よりも素晴らしいあのクロード殿ですからな」


「アイゼンは元気にしておりますかな?」


「騎士団長を退いた後は隠居してオルノバの郊外に移り住み、悠々自適な生活を送っているようです。たまに騎士団にも顔を出しますよ」


「そうですか、アイゼンが元気そうで安心しましたぞ。ところで、お互いに見知らぬ同士もいることですし自己紹介をしませんか」


「そうですな、私はラグネル伯爵領の騎士団長を務めているジェラール カルムと申す。副団長になったばかりの頃は模擬戦でクロード殿にコテンパンにやられていましてな。クロード殿には頭が上がらんのだ…ガハハ」


「俺…私は冒険者のフミトと言います。礼儀作法には疎いので失礼な場面もあるかと思いますがよろしくお願いします」


「フミト君と言うのか。なーに、気にせんでいい。私の事はジェラールと呼べばいいぞ」


「いや、さすがにそういう訳にはいかないのでジェラールさんと呼ぶ事にします」


「まあ、それでもいい。気兼ねなく話してくれて構わないからな。部下達にも気兼ねはいらん」


 そして、ソフィアやエミリアさんも自己紹介をしていく。


「フミト君もお嬢さん達も見かけと違ってかなり強そうだな。強者のオーラを感じるぞ」


「ほほう、ジェラール殿もフミト殿の強さを感じるようだな。このフミト殿は強いぞ。見かけに騙されると痛い目にあう。なんてったって私よりも強いからな」


「何!? まさか…フミト君はそれほどまでに強いのか!」


「いや、ジェラールさん。それ、クロードさんのお世辞ですから…汗」


「むむ…後で手合わせをお願いしなくてはな」


「あの……とりあえず皆の居るところに行きませんか? さあ、行きましょう」


 俺は別の話に無理やり振って馬車が整列してる場所に皆を誘導する。

 正門付近では他の騎士やモルガンさんが待ちかねているからね。

 騎士達にそれぞれ礼をしてモルガンさんの居る場所に歩いていく。


「フミト殿、王都までよろしくお願いしますぞ」


「こちらこそ。モルガンさんよろしくお願いします」


 モルガンさんと挨拶を交わした後のタイミングで、領主館からラグネル伯爵が正門にやってきた。皆、正門の脇に並んで伯爵を出迎える。

 スタスタと歩いてきたラグネル伯爵だったが、クロードさんの姿を見かけると一瞬立ち止まってぎょっとした顔になり暫く目が泳いでいた。


 俺達もモルガンさんの馬車に乗り込み出発の準備をする。

 そして、騎士団長のジェラールさんの号令一下、俺達一行は王都へ向けて出発したのだった。


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