第74話 芸術スキルと冒険者Cランク

 王都へ出発する前に、冒険者Cランクに上がっておこうと受けた絵のモデルの依頼は、じっとして動けないのを除けば新鮮な感覚の依頼で面白いものだった。


 当然、元の世界では絵のモデルなんてやった経験もないし、しようとも思っていなかった仕事だったので尚更今回の依頼は面白く感じている。


 今日もモデルの依頼の仕事の続きをこなすべく、朝からアンジェラの屋敷に向かう俺。期待に胸を膨らませ足取り軽く歩いていく。


 アンジェラの屋敷に到着した俺は門の脇にある鐘を鳴らす。昨日と同じように侍女が俺を出迎えてくれて屋敷の中に通される。


 今日は応接室で待たなくていいので、直接アトリエに向かってくれと侍女に言われた俺はアトリエの部屋の前まで歩いていき扉をノックした。


「アンジェラは居るかい? 俺だ、フミトだ」


 少しの間を置いて、部屋の中からアンジェラの声が聞こえてきた。


「ああ、フミトかい。部屋に入っていいよ」


 少しぶっきら棒なアンジェラの声だ。俺は扉を開けてアトリエの中に入っていく。


「おはようアンジェラ」


「おはようフミト。まあ、そこらへんの椅子にでも腰掛けてくれないか。絵を描くのはもうちょっと経ってからだ。今お茶を入れるよ」


 アンジェラは綺麗な女性だが、なぜかアンジェラと話していると男友達と話してるような感覚になる。芸術家肌のぶっきら棒な部分が俺にそう思わせるのかもな。

 慣れた手付きでお茶をティーカップに入れて、俺の前のテーブルの上に置く。お茶からは香り豊かな湯気が立ち昇り、美味しそうな匂いが部屋中に広がる。


「ところで、フミトの年齢はいくつなんだ?」


「俺は25歳だよ。アンジェラはいくつなのさ?」


「なら、私と同い年じゃないか。フミトの顔は年齢からはちょっと幼く見えるけど、雰囲気はやっぱり大人だよね」


「それは俺が冒険者だからじゃないかな。いつも危険と隣り合わせだからね。ただ、普段の俺は子供っぽいところもあるんだぜ」


「なるほどね。冒険者だからか……こう言ってはなんだけど、フミトって見た目は平凡で普通だけど凄く魅力的なんだよね。なんでだろうか?」


「魅力的? そんな事、俺に言われてもな…俺には答えようがないよ」


「そうかい? 普段は色恋に全く興味がない私だが、フミトにはそういうのを抜きにしても惹かれるものがあるんだよね」


「ハハハ、俺もアンジェラには気を遣わなくていいし凄く楽だよ」


 アンジェラとは男女の垣根なく友人として付き合えそうだ。


「アンジェラ。そろそろ始めようか」


「そうだね。始めよう」


 今日の依頼の仕事が始まる。部屋の中で俺は昨日と同じポーズを取る。アンジェラも仕事モードになった途端、一心不乱に筆を使って絵を描いていく。


 3時間程経っただろうか、アンジェラが筆を置き俺に向かって声をかけてきた。


「フミト。もう体勢を崩していいよ」


「終わったのか?」


「いや、まだ終わってないけどポーズを取り続ける必要がないところまでいったから大丈夫だよ」


 キャンバスの向こう側に回って絵を確認してみる。

 そこには俺の肖像画が描かれてあった。


「これが俺か……何か実物の俺よりも格好良くないか?」


「そんな事はないよ。フミトの内面から溢れる魅力がこの絵の人物そのものさ」


 面と向かってそんな事を言われると恥ずかしいんだが…


「アンジェラに聞きたいんだが、どこで本格的に絵を習ったんだ?」


「王都にある王立芸術院だよ。イルキア王国中から才能のある芸術家志望の人間が集まる学校さ。一応、これでも私は絵画部門で首席卒業だったんだよ」


「首席卒業だって!? そりゃ凄いな。絵がめちゃくちゃ上手いのも頷けるよ」


「でも、上手いだけじゃ駄目なんだよね。それ以外に人を惹き付けるような特別な要素がないとね」


「ふーん、そんなものなのか。なあ、本格的な絵を描いた経験がない俺でも描けるものなんだろうか?」


「どうだろう……試しに描いてみるかい? 練習用の紙を使っていいよ。画材も私のを使っていいから」


 俺に芸術の才能があるのかどうか知らないが、物は試しという事で画材を借りてアンジェラの肖像画を描いてみる事にする。道具を持ち、ポーズを取るアンジェラをじっと見ていると……あっ、何か知識が降りてきた。どうやら俺は《芸術》スキルを獲得したらしい。てか、そんなスキルがあったんだね。


 自分が感じたまま、見たままを感性の赴くままに筆や道具を走らせる。

 このスキルのおかげで芸術全般の知識や技術が俺を助けてくれる。

 一心不乱に描いていたら、かなりの時間が過ぎていたようなので、まだ絵は荒いがアンジェラの顔だけ完成させる。


「アンジェラ。君の顔だけ描いたけどどうかな?」


「どれどれ。見るのが楽しみだね」


 アンジェラがポーズを崩し、俺の方に回り込んで俺の肩越しに顔を出して絵を覗き込み、お互いの頬が触れて肌の温もりを感じる。


「フミト、凄いじゃないか! 君には絵の才能があるよ。私が言うのだから間違いない。今まで本格的に絵を描いた経験がないとは思えないよ。君には天賦の才があるんじゃないか」


「そうかな…信じちゃうぞ!」


「ああ、信じていいよ。私がお墨付きをあげるよ。そうだ、もし良かったら仕事抜きで私の家においでよ。いや、是非とも来てくれないか。いつでも私は歓迎するよ」


「じゃあ、アンジェラ師匠と呼ばないといけないかな?」


「何を言ってるんだいフミト。私と君はこれから友人として付き合っていくんだよ」


「じゃあ、これからよろしく頼むよアンジェラ」


「こちらこそよろしくフミト。そういえば、フミトは王都へ行く予定なんだっけ」


「ああ、そうだよ。出発はもうすぐの予定だ」


「なら、王都に居る私の先生と友人に会ってみたらどうかな? フミトがこの先も芸術の創作をしてみたいと思うのなら良いアドバイスを貰えると思うよ。私が紹介状を書いておくから、もし暇があったら訪ねてみてくれ」


「わかったよ。暇があったら訪ねてみる」


 2日目の依頼も無事終了し、本題の依頼の合間にデッサンや絵を描いたりしてアンジェラとの楽しい時間を過ごしながら日数が進み依頼は完了した。


「冒険者ギルドに依頼を出して良かったよ。私もこのところスランプで停滞していた創作意欲が湧いてきて良いリフレッシュになったし、得難い友人を得る事が出来た」


「俺の方も芸術とやらに興味が湧いてきたからとても有意義な時間だった」


 お互いにハグをして別れる。アンジェラは門の前で俺が曲がり角を曲がるまでずっと手を振ってくれていた。


 サインを貰った依頼書を持ち、冒険者ギルドに向かい一般受付にラウラさんの姿を見つけそこの列に並ぶ。俺の順番が来たので依頼書とギルドカードを渡し報酬は現金払いでと伝える。


「フミトさん、お疲れ様でした。手続きをしますのでお待ち下さいね」


 ラウラさんが後ろに行って器具を操作すると、何かに気づいたのか俺の座っているカウンターに戻ってきた。


「フミトさん、おめでとうございます。Cランクに昇格出来る功績ポイントを満たしました。Cランクに昇格しますか?」


 おー、とうとう俺も冒険者Cランクになる日が来たか。


「はい、Cランクに昇格しますのでお願いします」


 ラウラさんはもう一度後ろの器具のところへ行き、新しいギルドカードと報酬のお金を持ってカウンターに再度戻ってきた。

 銅のギルドカードに俺の血を一滴垂らしてカードの登録は終了だ。


「お疲れさまでした」


 ラウラさんの受付カウンターを離れた俺は、今渡されたギルドカードをもう一度眺める。これで一先ずCランクまで上がるという目標はクリアしたな。


「さて、せっかくCランクに昇格したのだし、ゼルトさん達と酒でも飲もうかな」


 俺は軽い足取りで銅の口髭亭目指して歩いて行くのだった。

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