第73話 フミト、モデルになる

 1週間後に王都へ行く事が決まった。計画だとかなり長期の王都滞在になりそうだ。

 ここ2ヶ月間、依頼を地道にこなしてあと少しでCランクに上がれるところまで来ているので、王都に行くまでにランクを上げておきたいものだ。そう考えた俺は冒険者ギルドに向かう事にした。


 冒険者ギルドに着くと、午前中の忙しい時間帯が終わったのかギルド内は人影もまばらで落ち着いた雰囲気だ。

 まあ、こんな時間でも良さそうな依頼がなかったのか、それともギルドに酒だけを飲みに来たのか知らないが、酒場兼食堂で酒を飲んでいる冒険者が居るのはいつもの風景だな。

 そんな人達を横目に見ながら依頼が貼り出されている掲示板に向かい、貼ってある依頼書を眺めていく。

 素材収集依頼や討伐依頼、護衛依頼など、ありふれた依頼が多い中で、俺はちょっと毛色の変わった依頼を見つけた。Dランク向けの依頼が貼り出されている一角にその依頼書はあった。


 その依頼とはモデル募集の依頼だ。依頼書を見ると、男性の絵のモデルを募集しているようだ。

 期間は通いで5日間の予定なので王都へ出発する前に依頼は完了する見込みだから悪くない依頼だな。

 結構簡単そうな依頼に思えるが、未だに残ってるって事は何かあるのだろうか?

 とりあえず、俺はその依頼書を掲示板から剥がして受付カウンターに行きそこらへんの事情を聞いてみようと思ったのだった。

 丁度暇な時間なので、ジーナさんの居る受付に行って椅子に座り依頼書を出す。


「こんにちはジーナさん。この依頼の事でちょっと聞きたいのですが、掲示板に残ってたのは何か理由があるのですか?」


「フミトさん、こんにちは。えーと、この依頼ですね。そうですね、絵のモデルというのは同じ体勢をずっと維持していないといけないので結構体力を使うんですよね。それに長時間動かないでいるのも精神的にきついものがあるし。ほら、冒険者の方々って気が短いのか同じ体勢でじっとしていられない人が多いじゃないですか。だから、これまでも何人かこの依頼書を持って受付に来たのですが、説明を聞いてやっぱり止めたって言う方ばかりで」


「確かに言われてみればそうかもしれないですね。ところで、向こうの予定が変わって長期間になるって事はないですよね?」


「いえ、そういう事はないと思いますよ。もし、そうなら依頼書にもそのように書かれているはずですから」


「なら、面白そうだから俺はこの依頼を受けて見ようと思います。ジーナさん、そういう事でよろしく」


「本当ですか? フミトさんありがとうございます。あと、私は芸術の事はよくわかりませんが依頼主はその分野で結構有名な方のようですよ。じゃあ、今から早速手続きをしますね」


 絵のモデルの依頼を受けた俺は、冒険者ギルドを出て依頼者の住む場所に向かう事にした。

 依頼書の裏に簡単な地図が書いてあり、それを見た俺はマルチマップのルートナビ機能を使って目的地に向かって歩いていく。大通りから脇道へ曲がり、街の外れ近くまで歩いていくとようやく目的地の家の前に到着した。


 道から建物の全体像を眺めると石造りの洋館で壁には蔦が絡まりとても味わい深い雰囲気を醸し出している。絵を描く人が住むのにはぴったりの建物だ。

 訪問を伝える為に門の脇に付けられた鐘を何度か鳴らすと、侍女と思われる少女らしさの残った若い女性が出てきて門を開け、俺が来訪の目的を告げると屋敷の応接室に案内してくれた。


「少々お待ち下さいませ」


 侍女が部屋から出ていったので、手持ち無沙汰な俺は部屋の中を眺める。あちこちに絵画や彫像が飾られていて、さすが芸術家の家だなと感心する。

 暫く待っていると、さっきの侍女が応接室に入ってきて俺にこう告げた。


「アンジェラ様が直接アトリエの方へお越し下さいとおっしゃっております」


 アンジェラ? 依頼主は女性なのかな?


 侍女の先導でアトリエとやらに向かって廊下を進んでいく。壁にも絵画が飾られており、俺は素人ながらもその上手さは確認出来る程だ。

 突き当りの部屋がそのアトリエらしく、侍女が扉をノックして俺の来訪を伝える。


「アンジェラ様、お客様をお連れしました」


 すると部屋の中から女性の声が聞こえてきた。


「遠慮は要らないからそのまま扉を開けて部屋に勝手に入ってくれていいよ」


 俺が侍女と顔を見合わせると、侍女もどうぞとばかりに扉に手を向けて頷くので、俺は扉に手をかけて部屋の中に入っていく事にした。

 部屋の中に入ると、向こうの方で白いぴっちりしたズボンに青のチュニック姿、栗色の長い髪の女性が俺に背を向けて座り、何かを作っているのかしきりに手を動かしていた。


「こんにちは。冒険者ギルドからの依頼でモデルとして来たフミトです」


 俺の声に向こう向きで手を動かしていた女性が振り向く。振り返った女性はびっくりするほど綺麗な人だ。年の頃は俺と同じくらいか、 翡翠色の眼は見る者を虜にしそうな程輝いている。


「やあ、私の名はアンジェラ。依頼を受けてくれてありがとう。私に気兼ねや遠慮なんて要らないから言葉遣いも普通でいいし私の事はアンジェラと呼び捨てで呼んでくれ。私も君をフミトと呼ぶから」


 何だか面白そうな人だ。


「そうか、わかったよアンジェラ。ところで、俺はモデルとして来たのだがどうすればいいんだ? あと、俺は1週間後に王都へ行かなくてはいけないんだ」


「フミトは今日からモデルを出来るかい?」


「ああ、構わないよ。期間は5日間って依頼に書いてあったけど、それくらいで出来るものなのか?」


「いや、今回は商品としての作品を描く訳じゃなくてイマジネーション作りが目的だからそんなにかからないよ。それにこの街には珍しい黒髪のフミトがモデルだからインスピレーションが高められそうだ。じゃあ、早速始めようか」


 俺はアンジェラに指示されてテーブルに片手を着いて寄りかかるようなポーズをする。アンジェラは自分の手で直接俺の身体を触りながら、あーでもないこーでもないと言いながらようやく納得のいくポーズを決めた。

 確かに動かないでこの体勢を維持するのは結構疲れそう。

 そんな俺の姿を時おりチラチラと眺めながらアンジェラはキャンバスに黙々と描いている。


「いいね、フミトがモデルだとなぜか筆がどんどん進むよ。まるで神の啓示が降りてきたような感覚になるね。こんな感覚は初めてだよ」


 えっ、それってまさかアーク神様か女神セレネ様が俺を通してアンジェラに力を与えてるのか!?


 休憩を10分だけ挟んで5時間くらい経っただろうか…ようやくアンジェラが筆を置いた。


「ふぅ…久しぶりに時間を忘れるくらいにエクスタシーを感じながら絵を描いたよ。フミトもお疲れ様」


 やっと同じ体勢のポーズから開放された俺も安堵のため息をつく。


「なあ、アンジェラ。君が描いた絵を見てもいいか?」


「ああ、まだ未完成だけど構わないよ」


 向こう側に回ってキャンバスを覗き込む。そこにはまだ描きかけで未完成だが、油絵ではなく最近流行りだしたという水彩画で俺の姿が描かれていた。


「凄いな、さすが芸術家だ。ひとつの絵から色々なものが伝わってくる」


「はは、フミトはお世辞が上手いな。絵のモデルとの相性もあるからね。モデルがフミトだとなぜかインスピレーションが湧きまくりだよ」


「そうか、そう言ってもらえるとこの依頼を受けた甲斐があったよ」


「おや、もう外は暗くなってきてるね。フミト、今日はお疲れ様でした。また明日もよろしく頼むよ」


 そして、モデルの依頼1日目を終えて俺は宿に帰って行くのだった。

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