王都レガリア編

第72話 王都への誘い

「王都…ですか?」


 アモーレ劇団の劇を観劇をした日から2ヶ月程が経ったある日、俺はモルガン商会にちょっとした用事で寄ったのだが、モルガンさんとの会話の流れで私達と一緒に王都へ行かないかと誘われたのだった。


「ええ、フミト殿。私共のモルガン商会は王都に支店を開設する事に決まったのですよ。既に私は先日王都に行き、王都支店となる建物の契約を済ませて今は改装中なのです。王都支店は工場や倉庫、そしてレストランも併設した大規模な店になる予定なのです」


「それと俺が?」


「何をおっしゃるのですかフミト殿。モルガン商会が王都に支店を出す事が出来るのは全てフミト殿の功績のおかげですぞ。フミト殿がアイデアをだしてくださった例の品物の売れ行きが絶好調で、ここオルノバの街で買った品物を王都に持ち帰ったシェフがレストランで使用したのがきっかけで、王都でもアレを使用する人の輪が広がり爆発的な人気が出ているのです」


「はあ、いつの間にかそんな事になっていたんですね…汗」


「王都であの品物が順調に売れたならば、いずれこのイルキア王国中に広まるのは確実。いや、イルキア王国どころかドルナ大陸全体に広まるのも時間の問題でしょう」


「確かに、人の噂や口伝の効果や威力は馬鹿に出来ませんからね。モルガンさんが言うようにいずれドルナ大陸全体に広まるのは確実でしょうね」


「そうです、それほど大衆の情報力というものは普段は見えないが大きなものなのです」


「で、どうして俺も王都って話になるんですか?」


「私共モルガン商会としては、王都進出にあたってフミト殿に色々と助言をして頂きたいのです。オルノバの街で売り出す時もフミト殿の助言の通りにしたところ、全てがスムーズにいきましたからな。王都に支店を出すにあたって直接フミトさんに王都という街を見てもらい助言を頂きたいのです」


 なるほど、モルガンさんのお願いも商会主として理に適ってるな。


「そこまで俺を評価してくれてるなんて光栄です。俺としては王都へ行ってみてもいいかなと思い始めています」


「フミト殿、あと付け加える事があるのですが、今回の王都行きはラグネル伯爵たっての願いで私共に同行したいとの事。そこのところはどうでしょうか?」


 伯爵ってここ一帯を治める貴族だよな。何で商人の王都行きに同行するのかな?


 いや、待てよ。ここは仮に俺がラグネル伯爵だったとして考えてみよう。

 アレが売れるとモルガン商会が儲かるだけでなく、オルノバに本店があるモルガン商会から伯爵領にも税金としてお金が入ってくる。

 だとしたら、ラグネル伯爵はアレの売れ行きが伸びた方がいいはずだ。


 そこでもっと売れるようにと宮廷での宣伝活動と、自分の領から新しいものが生まれた功績を王室へ印象付ける政治活動も兼ねてると考えれば辻褄が合う。王室の覚えがめでたくなれば出世にも繋がるしな。


「そうですね、いいでしょう。ただ俺の方も何人か同行者を連れて行ってもいいですか?」


「ありがとうございますフミト殿。同行者も含めて、王都との往復の旅費及び滞在費用などは全てモルガン商会が支払います。それにもちろん依頼として報酬も御用意させて頂きます」


「ところで、つかぬことをお聞きしますがモルガンさんはラグネル伯爵とどれくらいの回数お会いになった事があるのでしょうか?」


「ラグネル伯爵とは5~6回会ってますな」


「率直に言って伯爵はどういう人物なんですか?」


「そうですなぁ、私の個人的な印象を申しますと伯爵という身分には似つかわしくない優しくて気さくな人ですよ。悪い評判は聞きませんし税も他領に比べて安いくらいです。確か年齢は30代半ばでしたかな」


 なるほど、とりあえず評判は良さそうだな。欲の張った悪徳領主ではなさそうだ。


「そうですか、わかりました。あと、王都行きも承諾しますよ」


「フミト殿、王都行きは1週間後を予定しております。細かい事が決まりましたらフミト殿へ連絡させて頂きますのでよろしくお願いします」


 その後、俺はモルガンさんから王都行きの大まかな説明を再度受け、上質なお茶の葉をプレゼントされてモルガン商会を後にした。


「王都か…どんな街なんだろうな…」


 イルキア王国の中でも、俺は拠点にしていた西の大森林以外はオルノバとトルニアの街しか知らないしな。

 どんな街なのか、どんな出会いがあるのか、どんな事があるのか、ある意味楽しみでもある。


 さて、同行者予定の人達に今回の王都行きの予定と同行の承諾を貰いに行くとしますか。


 俺はモルガン商会を後にして目的地まで歩いていき、見慣れた屋敷の門の前に立つ。

 そう、ソフィアの屋敷の門の前だ。門から中の庭を覗くとエミリアさんが花に水をやっている最中だった。

 まだ声を掛けていないのにエミリアさんは俺の気配に気づいたのか、門の方へ振り向き俺の姿を確認して水やりを一時中止して近づいてきた。


 エミリアさんも何らかのレーダーを持ってるのかな?


「いらっしゃいませフミト様」


「エミリアさん、俺には『様』じゃなくて『さん』でいいって言ったじゃない」


「すみません、フミトさん」


 恐縮してるエミリアさん可愛い。


「ところでソフィアとクロードさんは居る? あとエミリアさんにも話があるんだ」


「ソフィア様もクロード様もいらっしゃいますが…私にも話ですか?」


「うん、とりあえず屋敷の中に入れてくれないか。話はそれからって事で」


「ごめんなさい、すぐに門を開けますね」


 エミリアさんに屋敷の門を開けてもらい、いつものように応接間に案内され、エミリアさんはソフィアを呼びに行こうとドアの取っ手に手をかけようとしたら…


「フミトお待たせ!」


 ソフィアがそれよりも早くドアを開けて応接室に入ってきた。


 つーか、早っ!


 いや、まだエミリアさんが呼びに行ってないでしょ? お待たせも何もないんじゃない。恐るべしソフィアの俺探知謎レーダー、エミリアさんもびっくりしてるじゃん。それに、以前までの俺が来た時は少し間を置くセオリーを無視してるよね?

 その後、びっくりしてたエミリアさんは気を取り直してクロードさんを呼びに行った。


「ねえ、ねえ。今日は何の用事? それともあたしの顔が見たくなったの?」


「あのねぇ…顔はともかくとしてただの用事だよ」


「フミトは意地悪ね!」


 そこへ苦笑しながらクロードさんが部屋に入ってきた。


「フミト殿、私やエミリアにも用事とはどういう事ですかな?」


「そうですね、要件を話す前に一旦座りましょう」


 俺達が応接室の椅子に座ってすぐにエミリアさんがワゴンにお茶の入ったティーカップを人数分用意してやって来た。そして各々の前にティーカップを置いて自分も着席する。


「皆、揃いましたね。ところで今日俺がここに来たのは皆さんに提案があるからです」


「フミト殿、どんな提案ですかな?」


「俺と一緒に王都へ行きませんか?」


「王都?」

「王都に…ですか?」


「ええ、実は俺の知り合いの商会主さんが1週間後に王都へ行くらしいんですよ。王都に支店を出す事が決まったそうで…俺に一緒に王都に行ってもらって助言を貰いたいらしくて。それで、俺が同行者も連れて行っていいかと訪ねたら、旅費その他の費用もその商会主が全額負担して、更に依頼として扱ってくれて報酬もくれるというので条件としては最高なんですよね」


「ほほう、確かにこちらは懐も痛まない上にすこぶる好条件ですな」


「ただ、この旅にはここの領主のラグネル伯爵も同行します。そこのところはどうですか?」


「ほう、あの泣き虫も一緒に行くのですか?」


「「「えっ?」」」


 クロードさんから爆弾発言が出てきて俺もソフィアもエミリアさんも驚きのあまり体が固まってしまった。


「ねえ、クロード。ここの領主と知り合いなの? あたし今までそんな話聞いた事ないんだけど」


「そういえば、ソフィア様にも話していませんでしたな。随分前ですが、ここの領主シモン ラグネルの少年時代に私は先代領主の依頼で一時期剣術を教えた事があるのです。通常なら騎士団の仕事なのですが、その時はこの領地の騎士団が遠征中でしてな。私は騎士団長とは親しい友人だったのでそこから先代領主に話がいき、騎士団の遠征中に剣術の鍛錬を怠けさせる訳にはいかないと私に白羽の矢が立ったのです。剣術を教えるには教える側にもそれなりの腕前がないと生徒に変な癖がついてしまいますからな。居残っていた副団長と模擬戦をして私が勝ったのでシモン ラグネルの臨時の剣術教師に決まったのです」


 何と、クロードさんとラグネル伯爵にそんな過去があったとはびっくり仰天だ。


「クロードさんとラグネル伯爵が知り合いだったとは驚きました。それでこの王都への同行依頼はどうしますか?」


「私はソフィア様が王都へ行くと言うのならお供します。久しぶりにシモンにも会ってみたい気持ちもありますからな」


「ソフィアはどうする?」


「そりゃフミトが王都へ行くのならあたしも一緒に行くに決まってるでしょ」


「じゃあ、エミリアさんも含めて俺達4人パーティーは王都へ行くのが決定だな」


 皆が王都行きに同意したので、モルガン商会の依頼という形で俺達のパーティーは王都へ行く事になったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る