第71話 アモーレ劇団

 今日はここオルノバの街で公演中のアモーレ劇団の劇をソフィアと一緒に観に行く予定の日だ。


 先日、ひょんなことから道に迷って迷子になっていたアモーレ劇団に所属するサラさんを俺が助けるという偶然もあったので、今日の観劇をとても楽しみにしている。

 ただ、観劇は午後からの予定なので、午前中はモルガン商会に顔を出して例の品物がどうなっているのか話を聞きに行く予定だ。


 俺が宿泊している宿屋、銅の帽子亭でも食事にアレが使用される頻度が高くなってきているので、オルノバの街全体だとかなりの消費量になっていそうだしね。


 宿を出てモルガン商会に向かう。久しぶりの訪問だな。

 暫く歩くとモルガン商会に到着した。店の前に居た従業員に来訪目的を告げ、取り次いでもらう。幸いな事にモルガンさんは店に居るようだ。


「これはこれはフミト殿、私共の店にフミト殿自らわざわざお越し頂きありがとうございます」


「いえいえ、冒険者はフットワークが軽い事が売りの職業ですからね。今日も俺の気まぐれで来たようなものですから気にしないでください」


「そんな事はありませんぞ、フミト殿は我がモルガン商会にとって大恩人みたいな人ですからな。私共がフミト殿を敬い感謝するのは当然の事です」


「ありがとうございます」


「まあ、ここではなんですから応接室の方に行きましょう」


 応接室に通されお茶を出される。


「今日、ここに来たのは例の品物の状況がどうなっているのか確認に来たんです」


「ええ、おかげさまで売れ行きは絶好調です。フミト殿のギルド口座にも配当利益を振り込んでおきましたよ。あと、約束通りにお互いの純利益の取り分から1割ずつを出し合って基金を作り、孤児院や恵まれない子供達への支援に役立てています。後で監査済みの活動報告書と配当明細書をお持ちしますのでご確認下さい」


「それを聞いて安心しました」


「フミト殿との契約上の約束ですからな。それに商人は信用第一ですし、私も子供達への支援のアイデアは気に入っているのですよ」


「ところで、そんなにアレって売れてるんですか?」


「最初こそこちらから使用の具体例を提案させて頂きましたが、汎用性がある商品なので、そのうちに大勢の人が様々なアレンジを加えたりして使われるレパートリーが増えてきてるらしいのですよ。今やラグネル伯爵家のお食事にも普通に使用されていて伯爵家から定期的にまとまった注文がくるのです」


 やっぱり、餅は餅屋だな。俺が口出しをしなくても皆が工夫して新しいものを生み出していく。この世界にアレを紹介して良かった。


 その後、世間話などをしてお互いの友好を深めた俺はモルガン商会を後にした。


「さて、午後からはアモーレ劇団の公演作品の観劇だな」


 俺は手頃なお店で軽い昼食を取り、一旦宿に戻ってからソフィアを迎えに屋敷へと向かう事にした。

 途中の道で見つけたお洒落な店で観劇のチケットを用意してくれたソフィアへのプレゼントとして体拭きの布とハンカチを買っておいたよ。

 ソフィアの屋敷に到着して門から庭を眺めると、いつも居るエミリアさんじゃなくてクロードさんが庭仕事をしていた。


「こんにちはクロードさん」


「これはフミト殿、この前はお世話になりました。で、今日は何の御用ですかな」


「ソフィアと今日は観劇に行く約束をしていたんですよ。それで迎えに来たのです」


「そういえば、ソフィア様からそんな事を聞いていましたな。今お呼びしてきますので中の応接室でお待ち下さい」


 応接室に通されて待っていると、クロードさんと一緒にソフィアが部屋に入ってきた。

 今日のソフィアはいつになくおめかしをしてるように見えるが気のせいかな。


「お待たせフミト」


「そんなに待ってないから大丈夫だよ。あと、これチケットを用意してもらったお礼」


 俺は袋に入った体拭きの布とハンカチをソフィアに渡す。

 袋を開けたソフィアは嬉しそうにはにかみながら返礼してきた。


「ありがとう、大事にするね」


「ソフィア様、良かったですな。ところでフミト殿、ソフィア様は昨日からずっとフミト殿と行く今日の観劇が楽しみで心ここにあらずといった状態だったのですよ」


「ちょっと、クロード! こんな時に何言ってんのよ!」


(そっか、ソフィアはそんなにが楽しみだったんだな)


 俺が渡したプレゼントのうち、ソフィアはハンカチを劇場に持っていくと言ってポケットに仕舞い俺と一緒に劇場に向かうことにした。

 劇場は街の中心部近くにあり、観客が300人くらい入れるような劇場だ。

 俺達が劇場に着いた時には既に劇場への入場が始まっていて、俺達の他にも男女のカップルや女性達のグループなどが劇場内に入場している真っ最中だった。


「この劇団の劇ってこんなに人気があるんだな」


「そうよ、今日のチケットだって取るのに苦労したんだから」


 以前ソフィアが言ってたように、この街の外から来る劇団は普段とは演目が違うので大人気なんだというのも頷ける。

 劇場の中に入ると内部も立派で、舞台を正面にして観客席の列が並び、両サイドの壁にはボックス席もあって結構本格的な劇場だ。

 俺達の座る席は舞台正面の真ん中くらいの場所の席で、舞台の高さよりもちょっと上に位置する高さなので観劇するにはとても観やすい席だ。


 劇場内は魔石による間接照明がぼんやりと光って良い雰囲気を醸し出している。

 俺達が席に着いてすぐに劇場内の席は満席になり、ざわめいていた劇場内もいつしか静寂に包まれ、そして幕が上がりとうとう開演の時間になった。


 演題は『ゴーストになっても君を守る~天に召されるまで~』という題名の演劇だ。どんな内容なのか知らないが大人気なんだそうだ。


 劇が始まり役者の人達が役の人物になりきりながら舞台に出てくる。


「あっ!」


 俺は思わず声を出してしまった。なぜならパンフレットに書いてあったヒロインの役を演じてるのが道に迷っていて助けてあげたサラさんだったからだ。

 俺の隣で舞台上の劇を観ていたソフィアが訝しげな目で俺を見てくるが、俺だってびっくりしたのだから仕方がない。


 劇がどんどん進んでいく。

 あらすじを簡単に説明すると元の世界でも聞いた事があるようなシナリオだった。

 ここが俺と波長がぴったり合ってる異世界だからか、元の世界と似たような劇があるんだな。


 あるところに恋仲の二人の男女がいた。

 男は貴族の領地で経理を担当する部署に勤める役人、女は商店の看板店員だった。

 男は最近不審な金の流れを見つけ出しそれを調べていた。

 ある日、二人がデートで食事を終えて帰る途中に正体不明の暴漢に襲われ男の方が死んでしまう。

 だが、この世に未練が残った男は透明なゴーストになってしまうのだ。

 実は男を殺したのは男の同僚だった。その同僚は疑心暗鬼のあまりに彼女も殺そうとする。直接物には触れられないが念力スキルで対抗するゴーストの男。

 嘆き悲しむ彼女だが男は戻ってこない。だが、男はゴーストになっても彼女を危機から守っていたのだった。


 徐々に彼女は自分を守ってくれているのが死んだ恋人だと確信していく。


 そんな彼女の手を男は握りたいけど握れない。

 抱きしめたいけど抱きしめられない。

 だって、男は実体のないゴーストだから…もう彼女を抱きしめられないんだ。


 そして最終決着の時がきた。

 彼女を殺しに来た同僚にゴーストの念力スキルが火を噴く。

 重い鉄瓶を同僚の頭に直撃させて男は同僚を倒すのに成功した。

 同僚は死んで幽体になり、そばに居た男の顔を見てそれが自分の殺した男だと気が付き憎悪の目を向けたが、すぐに地獄からの使者がその同僚を連れ去り地獄へと落ちていったのだった。

 男は自分を殺した同僚が死んで地獄へ落ちたのを見て、彼女の危機が去ったのを確信したからかこの世に残した未練の気持ちが少しずつ薄れていく。


 すると、男の上から神聖な光が差してきて身体全体がその光に包まれていった。

 そう、この世に未練がなくなった男がようやく天に召される時が来たのだ。

 男が聖なる光に包まれたので、彼女にも光に包まれた男の姿が見えるようになった。


『やっぱりあなたがずっとあたしを守ってくれていたのね』


『ああ、そうだ。ずっと君を守っていた。だけどこれで本当にお別れだ』


『ありがとう、あたしを守ってくれて』


『僕はそろそろ天に召されるようだ。最後に君に伝えたい言葉がある』


『なに?』


『愛してる。君を愛してる』


『あたしもよ。あなたを愛してる』


 涙を流しながら彼女は男に向かって叫ぶ。


『あなたを愛してる!』


 それを聞いた男は優しく微笑みながら頷き、彼女の瞳を見つめながら天国へと旅立っていくのだった。






 劇が終わったようだ。素晴らしい演劇だったし俺も感動したよ。


 劇場の中にはこれだけ大勢の観客が居るというのに静寂に包まれている。

 だが、耳を澄ますとあちらこちらですすり泣く声が聞こえてくる。

 そのうちに誰かが立ち上がり拍手を始めた。それにつられて他の観客も立ち上がり大きな拍手を舞台に向けて送る。


「「「「素晴らしい!」」」」


 今度は凄い歓声だ! ふと、横を見るとソフィアが泣きながら歓声を上げている。手には俺がプレゼントしたハンカチを握りしめて時おり涙を拭っている。周囲を見渡すと、皆が涙を流しながら拍手をしたり大きな歓声を上げていた。


 舞台に役者が戻ってきてカーテンコールが始まった。更に歓声が大きくなり、劇場内は熱気でいっぱいだ。ヒロイン役のサラさんも出てきて観客に手を振ったり挨拶をしている。そして、俺がサラさんを見ていたらサラさんも俺に気づいて手を大きく振ってきた。


 俺もサラさんに手を振って挨拶をする。サラさんはウインクを返してきた。カーテンコールが終わって今日の公演は目出度く終了だ。俺は座長のルーベンさんと約束したのでソフィアを連れて楽屋に向かった。


「ねえ、フミト。なんでこの劇団の座長と知り合いなの? いつ知り合ったの?」


「ああ、それは楽屋に着いてのお楽しみって事で」


 楽屋に行くと座長自らが出迎えてくれた。そして、座長の後ろからサラさんが歩いてきて俺の両手を握ってくる。俺は楽屋訪問の為に用意していた花束とサラさんへのプレゼントのネックレスを渡す。


「ようこそフミト殿」

「フミトさん来てくれたんですね。しかも花束やプレゼントまで!」


 隣でソフィアがキョトンとした目で俺を見ている。

 俺はソフィアに事の成り行きを説明してあげた。


「なんだ、そういう事だったんだ。あたしにも教えてくれてたら良かったのに。サラちゃん、フミトは優しいしあたしの大事な人なんだよ」


「ソフィアさん、フミトさんは優しい人ですから私も旦那様にするならフミトさんみたいな人がいいなって思ってます」


 二人の会話の方向性が俺には訳がわからないんですけど。

 君達は初対面だよね?


「フミト殿、我々の芝居はどうでしたかな?」


「主役の男の人の演技もサラさんの演技も、他の役者さんの演技も素晴らしいものでした。劇が終わった後の観客の大きな拍手と歓声が全てを物語っているのではないでしょうか」


「そう言って貰えると私共も役者冥利に尽きるというものです。ありがとうございますフミト殿。我々の劇団はこの街での公演を終えたらこの国の王都で公演をする予定ですが、あなたとの出会いも何かの縁と感じて大切にするつもりですぞ。この名刺を渡しておきますので、もし再び会うような機会がありましたらいつでも気軽にお越しください」


 座長から名刺を受け取り、劇団の人達とも交流をして友誼を結び俺達は晴れやかな気持ちで劇場を後にしたのだった。

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