第66話 女湯から声が聞こえてきた

 トルニアまでの警護依頼を引き受けて途中までは順風満帆に来ていた。

 だが、途中からコスタ男爵家のお家騒動に巻き込まれた形の事案は俺の固有スキル《女神の審判》のおかげで無事解決となった。


 捕らえられた叔父上は後ほど正式に処罰が下されるそうだ。

 あれだけのことをしたのだから極刑は免れないだろう。


 事後処理を終えた後は、レノマさん夫妻にそれぞれ労いの言葉をかけられ、一旦宿泊先に行き旅装を解いて寛ぐ事にした。

 レノマさんが俺達に用意してくれた宿は領主館からちょっと下がった丘の中腹にあり、部屋の窓からはイゼル湖を見下ろせる最高の眺めが売りの総部屋数を少なくしておもてなし度を優先した素敵な宿だ。

 宿で割り振られた部屋も、一室にベッドルームが2つあり、俺とクロードさん、ソフィアとエミリアさんで組分けしてそれぞれのベッドルームを使う事にした。


 窓の手前はちょっとしたスペースになっていて、肘がかけられる椅子が4脚とテーブルが置かれて、外の雄大な景色を眺めながらお茶を飲んだり歓談出来るようになっている。


「レノマさんが用意してくれたこの宿は素晴らしいですね」


「本当だねフミト殿。この宿は窓から見える景色がとても素晴らしい」


 クロードさんも手放しでこの宿から望む雄大な景色を称賛している。


「さっきまではこの先どうなっちゃうのかと思ったけど、あの悪党がいきなり自分の罪を話し出して、しかも証拠まで出してくれてトントン拍子に解決しちゃったわよね」


「本当ですよねソフィア…さん。けれど、何でその前までの態度が急変して自分から罪を告白したのでしょうか? 不思議でなりません」


 ソフィアとエミリアさんはさっきの出来事がまだ不可解そうだ。


「あっ! 私お茶を入れてきますね」


 エミリアさん、せっかくの宿なのに侍女の仕事を果たそうと健気だな。でも、ここではそんなに気を遣わなくていいんだよ。


「じゃあ、俺も手伝うよ」


 準備に向かうエミリアさんを俺も追いかける。


「じゃあ、あたしも行く」


 おいおい、なんでソフィアまで来るんだよ?

 張り合うところじゃないよね。

 俺には意味がわからないよ?


「ソフィア…さん私がやります」

「いいのよエミリア、たまにはあたしがやるわ。フミトにあたしの入れたお茶を飲んでもらいたいし」

「でも、お茶を入れるのは私の役目ですし、フミト…さんのお茶も私が入れます」


 何だか茶器の前で二人が押し合いへし合いしてるんですけど。


 何やってんだこの二人…


「あのさ、それなら俺が別々のカップで2杯飲むよ。それなら二人の入れてくれたお茶を飲めるしさ」


「わかったわ」

「わかりました」


 俺はクロードさんのところへ戻っていく。

 ちょっとクロードさん、また笑いを堪えてるんですけど!

 おい、口元がへの字に歪んで端正でダンディーな顔が台無しだぞ!


「うぷぷ…いやぁ、フミト殿。女心とは面白いものですな」


 俺は何も言えずに苦笑いするしかないです。


 向こうの方でわちゃわちゃとお茶を入れていた二人がこちらにやってきた。


「フミト、お茶だよ」

「フミト…さん、どうぞ」


 俺の前に置かれる二つのカップ。

 何でこうなったのか摩訶不思議だが、飲まない訳にはいかない雰囲気なのでまずエミリアさんが入れてくれたお茶から飲んでみる。


「うん、美味しい。香りも申し分ないよね」


 どうだとばかりに胸を張るエミリアさん。

 えっ? エミリアさんそんなキャラでしたっけ?


 次はソフィアが入れてくれたお茶の番だ。


 ──意外な事にソフィアの方も美味しいぞ。


「おっ、これも美味しい。お茶の温度が丁度良いね」


 今度はソフィアが胸を張る番だ。


「素直にどちらもとても美味しいよ。甲乙つけがたいね」


 まあ、引き分けってところだな。

 俺の言葉に満足したのか二人共ほっとした顔だ。


 お茶菓子を食べながらワイワイと他愛のない話をして時を過ごす。

 お茶もお茶菓子も食べ終え、夕食までまだ時間があるので俺とクロードさんはこの宿の温泉に入りに行く事にした。


 ソフィアとエミリアさんの二人は部屋でゆっくりするらしい。

 俺達のような男が居ない方が女子トークも気兼ねなく出来るだろうしな。


 俺とクロードさんは温泉宿備え付けのサラサラの生地の上下の服に着替えお風呂場に歩いて行く。

 クロードさんは温泉好きだそうで、トルニアに来るのを楽しみにしてたしな。

 男女別に入り口が分かれていて、中の脱衣所で裸になっていざ温泉だ!

 岩と土魔法で周りを囲んだ浴槽はそこそこ広い。大人が5~6人は足を伸ばして余裕で入れそうだ。

 女湯との間には仕切りの壁があるが、途中から天井までは空間があるので声は丸聞こえだと思われる。風呂って音が響くからね。


 早速、クロードさんが浴槽に身体を沈める。俺も続いて入っていく。


「うーん、これですよフミト殿。やっぱり温泉は最高ですな」


「ええ、温泉は最高ですね!」


 本当に温泉は気持ちがいい。温度はたぶん40℃付近くらいで丁度良い適温だ。

 浴槽の底がでこぼこしていて歩きにくいがそれ以外は申し分ない。

 俺は暫く温泉を堪能して風呂から出る。クロードさんはもう少し入っているそうだ。

 部屋に戻るとソフィアとエミリアさんが女子トークの真っ最中だった。

 二人ともそのギョッとした顔はなんなんだね?

 俺は部屋の外にあるバルコニーのような場所に出て景色を眺めるが本当に素晴らしい景色だ。

 クロードさんがお風呂から部屋に戻って来てすぐに、宿の使用人が食事の支度が出来たと俺達を呼びに来た。


「じゃあ、夕食を食べに行きましょう」


 宿の食堂に着くと、テーブルに用意されているナイフやフォークの食器は二つのテーブル分だけで宿泊客はゼルトさん達と俺達のグループだけみたいだな。


「よう、フミト。ここはいい宿だろ?」


 ゼルトさんは既にお酒を飲んでいるのかご機嫌のようだ。


「ええ、素晴らしい宿ですね。窓から見える景色も最高です」


 出された料理もとても美味しくて、宿のおもてなしもケチのつけようがない。

 こんな良い宿に泊まらせて貰ってありがたいね。


 食事が済んで俺は自分の部屋に戻る事にした。

 トランさんとポーラさんも俺と同じように部屋へ戻っていく。

 ゼルトさんはまだ酒が飲み足りないのか食堂に居座ってワインを飲んでる。

 ソフィアとエミリアさんはラウンジでリーザさん相手に女子トーク。

 クロードさんは外に散歩に行くらしい。


 部屋に戻ってバルコニーに出て外の景色を暫くぼーっと眺めていたら少し体が冷えてまた風呂に入りたくなってきた。


 さて、俺はもう一度お風呂に入りに行こうかな。


 部屋を出て、お風呂に向かう。


「せっかく温泉のある宿に泊まってるのだから、何度も入りたくなるよな」


 風呂に着いて脱衣所に入ると俺の他には誰も居ないようだ。

 この日の宿泊客は俺とゼルトさんのパーティーだけだし、お風呂場をほぼ独占出来るのは最高の気分だな。

 服を脱ぎ、浴槽の中に身体を沈める。俺だけが浴槽を独占してるなんてまさに至福のひと時だ。


 すると浴槽に入って5分程経った頃、隣の女湯の脱衣所の方で人の声が聞こえだした。

 まだ脱衣所だから微かにしか聞こえないが数人の声が聞こえる。

 少しすると、浴槽のある風呂場に人が入ってきたようでさっきよりも鮮明に声が聞こえてきた。


「おー、温泉だ!」


 ん? これはリーザさんの声だな。


「温泉なんて久しぶり!」


 これはソフィアの声だな。


「私、温泉に入るのを楽しみにしてたんです!」


 これはエミリアさんの声だ。


 しかし、声が壁に反響するのかエコーがかった声が良く聞こえる。

 客が俺達だけという事もあって、他の客に遠慮する必要がなく開放的になってるのか女性陣の声も大きいもんな。


 ようやくトルニアに到着して、お家騒動も片付いて開放的になる気持ちも理解出来るけどね。


 俺は、そんな風に考えながら独り浴槽に浸かって温泉気分を堪能中。

 すると、また隣の女湯から声が聞こえてきた。


「リーザさんっておっぱいが大きくて羨ましいな」


 これこれ、ソフィアさんはいきなり何を言い出すのかね…


「何を言ってんだよ。ソフィアだってツンと上向きでいいおっぱいじゃねーか」

「本当ですよ、ソフィア…さんは上向きのおっぱいで色もピンクで綺麗です」


 おいおい、いきなりソフィア達はおっぱいの話を始めたぞ…


「エミリアだって形が丸くて凄く綺麗で色もピンクでしょ」

「確かに、大きさではあたしの方が大きいけどソフィアとエミリアは色がピンクで羨ましいな」


 まさか、おっぱいの話が聞こえてくるなんて想定外だよ。


「でも、あたしはリーザさんの大きさが羨ましいなぁ」

「私もです。リーザさんは大きくて凄く羨ましいです」


 このままだともっと聞いちゃいけない話が出てきそうなので俺は風呂を上がる事にした。音を立てないようにゆっくりと浴槽の縁まで歩いていく。


 が、その時だった! 俺の運の高さは仕事をサボってたようで、底のでこぼこに足を取られバランスを崩した俺は転びそうになり派手な水音を立ててしまったのだ。


『バシャーン!』


 一生の不覚。悪い事をしてないのに何故か悪事が見つかってしまったような心持ちになった瞬間だった。俺は無実なのに!


 一瞬で静まり返る隣の女湯。暫く静寂の時間が過ぎていく。


「だ、誰か男湯に居るのか? この宿に泊まってるのはあたし達一行だけだよな? もしかしてゼルトか?」


 リーザさんが意を決したように男湯に向かって声を掛けてくる。


「おい、返事をしてくれよ」


 マズイ、マズイ。どうすりゃいいんだ。クソッ、仕方ない。


「あー、俺ですフミト…です。ついさっき風呂に入ってきたんです」


「何だよ、フミトだったのかよ。びっくりしたよ」


「でも、さっと身体を流しに来ただけなんでもう上がります。それじゃお先に!」


 俺は必死にその場を取り繕って浴槽から上がり、風の速さで着替えを済まして自分の部屋へ駆け戻ったのだった。

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