第65話 これにてこの騒動、一件落着
次の日の朝が来た。
幸いな事に昨夜は何事もなく過ぎていった。
重苦しい雰囲気の中、朝の点呼と今日の予定など伝達事項が告げられる。
トルニアへは今日到着する予定だ。
出発の前に俺はレノマさんに気になっていた事を聞く。
「レノマさん、ちょっといいですか? その叔父上って人はどんな人物なんですか?」
「ん? フミト君か。叔父上は僕の父の弟で父が男爵だった頃から男爵家の財務を任されていた人物だ。兄の代や僕の代になっても引き続き財務を担当してもらっている。だが、僕は同じ人物がずっと財務を取り仕切るのは良くないという考えなので叔父上には引退してもらおうとその旨を伝えていたところだよ」
なるほど、この騒動の裏が見えてきたような気がする。
「聞かせてくれてありがとうございましたレノマさん。今日もしっかり警護するので安心してください」
皆の準備が整ったのでトルニアへ向けて出発だ。
到着予定は昼頃、昨日襲撃があったので警戒しながらの移動だ。
ただ、目的地のトルニアが近いので気持ち的には少し安堵の気持ちが出てきている。
そして、山が途切れた先の行く手にようやく湖が見えてきた。トルニアの有名なイゼル湖だ。
湖の底は地熱で温められ、そして温水が湧き出してるので温度は32~33℃程に保たれ1年中を通して泳ぐ事が出来る。
もうちょっと温度が高ければ湖全体が巨大な温泉になるのだが、そこまでは上手くいかないか。
このイゼル湖とは別に、ここトルニアには各所に温泉が湧き出しており源泉からは湯けむりが上がっている。そこかしこに宿があり遊戯施設やお洒落なお店も並んでいる。温暖な気候も相まってリゾート地としても有名だ。
元の世界でも田舎の地元の近くには有名な温泉地があったので、まさか異世界でも温泉地に来るなんて感慨深いものがあるね。
少し湯気のようなものが見える湖面には周囲の景色が写し出され幻想的な雰囲気だ。
「凄いな。本当に温泉だ」
「久しぶりに来たけど美しい景色よね」
俺は素直な感想を口に出す。
ソフィアもどこか浮き浮きとしているようだ。
皆も辺りを見ながら思い思いの感想を抱いているであろう。
街のメインストリートを進み途中で小高い丘の見える方向に進路を変え登っていく。
この先にここトルニアを治めるコスタ男爵の領主館があるのだそうだ。
シルベスタさんが先駆けして領主館にレノマさんの到着を知らせに行く。
暫くすると、向こうからシルベスタさんと一緒に数名の人達がやってきた。
「レノマ様、襲撃があったとの事でお怪我はありませんでしたか?」
「ああ、大丈夫だよ。僕も妻も無事だ。怪我もしていない」
「それはそれは、ご無事で何よりでございました」
「ところで、叔父上はいらっしゃるかい?」
「ええ、クレマ様なら別館の方にいらっしゃるかと」
「そうか、館で旅装を解いたら僕は別館に向かう。叔父上に問い質したい事があるんだ」
「かしこまりました」
ようやく領主館に到着した。小ぢんまりとはしているが男爵家に相応しい気品がある。
そして少し休憩した後に、別館に向かうレノマさんに付き添って俺達も同行する事になった。
「到着して早々で悪いけど、皆よろしく頼むよ」
俺達は捕虜にしたレノマさんの叔父上の使用人と、もう一人の賊を連れて領主館別館に向かう。
領主館別館は主に男爵領内の政務や事務を行っている建物で、レノマさんの執務室の他に、財務担当であるレノマさんの叔父上の執務室があるそうだ。
領主館から100メートルくらい離れた別館に着き、扉を開けて俺達はレノマさんに続き建物の中に入っていく。
中に入ってすぐの受付のような場所に居た女性に向かってレノマさんが声をかける。
「叔父上は執務室だな?」
「お帰りなさいませレノマ様。クレマ様なら執務室にいらっしゃいます」
「わかった。僕が叔父上の執務室に居る間は誰も通さないでくれ」
「かしこまりました」
さあ、いよいよこの騒動の黒幕かもしれない人物と御対面だ。
執務室の扉を開けて、レノマさんを先頭に俺達も部屋の中に入っていく。
叔父上の執務室だという部屋は豪華な調度品が揃えられているようだ。
部屋の奥にある大きな執務机の向こうに座っていた人物が立ち上がり、部屋に入ってきたレノマさんに話しかけてきた。
その人物は年齢50歳くらいか…目が鋭くどことなく怜悧な印象を受ける男だ。
ただ、部屋に入ってきたレノマさんの顔を見た時に一瞬動揺したのを俺は見逃さなかった。
「おー、レノマ帰ってきたのか。留守中は何も問題がなかったぞ。まあ、私が居るのだから問題なんて起こらないがな」
「叔父上、ただいま帰りました」
「で、どうしたのだ? そんなに大勢の連中を引き連れて」
「ええ、叔父上に聞きたい事があるのです。この男をご存知ですよね? 確か叔父上の屋敷の使用人だったと僕は記憶しておりますが」
その言葉を受けて、後方に居た捕虜の使用人を叔父上が座る執務机の前に連れてくる。
「こ、この男がどうかしたのか…?」
「ここトルニアへ来る道中で僕達は賊に襲われたのです。賊を捕虜として捕らえたらその首謀者らしき男が叔父上の使用人だっという訳です。既に白状しておりますよ」
さすがにここまで問い詰めれば叔父上とやらも観念するだろう。
誰もがそう思っていたが、ここでその予想に反するような予期せぬ出来事が起きた。
レノマさんの叔父上は、何故か執務机の上に置かれていた剣を掴むやいなや使用人の心臓を目掛けてその剣を突き出し、捕虜の使用人を刺し殺してしまったのだ!
「なっ、何をする叔父上! 気でも狂ったのか!?」
「レノマこそ何を言うんだ? 私はおまえを襲ったという賊の首謀者を成敗しただけだ。確かにこやつは私の屋敷の使用人だが、私が雇い主として責任を持って不始末をしでかしたこやつを断罪したのだ。予想するに、私に罪を擦り付けようと有る事無い事をおまえに話していたのだろう」
なんという事だ!
叔父上とやらは自分の罪を自白するどころか、貴重な生き証人を殺す事によってあくまでもしらを切り通そうとするつもりだ。
今でこそ俺達も前方に出てレノマさんを警護する形にはなってるが、その凶行の時点ではレノマさんから離れた後方に控えていた俺達には止める間もなかった。
叔父上とやらは俺達への抵抗の意思はないと見せかける為に剣を放り投げ、口元に笑みを浮かべながらこう言い放った。
「さあ、レノマ。おまえを襲った賊の首謀者の断罪は私が済ませた。その物騒な連中を連れてこの部屋から出ていってくれないかね。あと、この穢らわしい遺体を処理してくれる者をここに寄越してくれ」
レノマさんは怒りのあまりなのか握った拳がプルプルと震えている。
俺達もあまりの展開に声を出す者がいない。
そんな時、何故か唐突に誰かから知らされるように俺の頭にとあるスキルの存在が浮かんできた。
そのスキルとは…固有スキルの《女神の審判》だった。
そうだ、俺はこのスキルの存在をうっかり忘れていた。まさにこういう場面で必要になるスキルではないか。
◆固有スキル《女神の審判》
女神セレネから与えられたフミトの固有スキル。MPを使用しない。
神様基準で一定基準以上の悪行を行った者に対して有効であり、このスキルを使用された者は絶対に嘘がつけなくなる。
そして聞かれてもいないのに大勢の前で自らの悪行を話さずにはいられなくなる。それらにまつわる証拠も全て在り処を白状したり差し出してしまう。自らの悪行を話した後は魔法もスキルも武技も、知恵や知識も暫くの期間使えなくなり抵抗出来なくなる。このスキルを防ぐ手段は全くない。但し、自分よりもレベルの上の者や精神値の高い者に対しては発動確率が極端に低下する。一度発動すると、次は一定の冷却期間を置かないと発動しない。
俺はレノマさんの叔父上に向かってこのスキルを使用する。
『《女神の審判》』
スキルを使用して暫く経つと…
「ま、待てレノマ。全てを話そう…わ、私は何を言ってるのだ!」
いきなり全てを話すと言いだした叔父上とやらに皆が怪訝な表情を向ける。
しかも、話したいのか話したくないのか言葉が支離滅裂だ。
「そうだ、おまえをこやつらに襲わせたのは私だ。まさか失敗するなんて予想外だったがな。おまえは私にとって邪魔な存在なんだよ。だから消そうとしたのだ!」
「どういう事ですか? 叔父上」
「おまえは私を引退させて退けようとしていただろう。そうなると、今まで私が行ってきた数々の不正が明るみに出てしまうのだ! せっかく築き上げた地位も名誉もなくなり、おまえに断罪されるなんて私には耐えられんのだよ」
「叔父上はなんて卑劣な人なんだ!」
「あと、私がやっていた不正の証拠ならここにある」
叔父上とやらはそう言うと、棚の奥にある隠し場所と扉を開けてそこから書類の束と裏帳簿を取り出し執務机の上に置いた。
「それだけじゃない、おまえの父も兄も私が殺したのだ! おまえの父、私にとっての兄は私の不正を見つけて私を屋敷から追い出そうとしたので毒を盛って殺したんだ。おまえの兄も、私が殺したおまえの父の死因を調べ真相に迫ろうとしてたので殺してやったんだ。あとはおまえを殺せばコスタ男爵家は私の物になるはずだったのに最後の最後でこうなるとは残念だ!」
この叔父上とやらは、レノマさんの父や兄までも手にかけていたなんて…皆も驚きで言葉も出てこない。
しかし、叔父上とやらが自らの悪行を自白してくれたおかげでこの騒動の決着がつきそうだ。まあ、俺のスキルのおかげなんだけどね。
「アーノルド! シルベスタ! 叔父上をひっ捕らえよ! そして正式な沙汰を下すまで牢に繋いでおけ!」
レノマさんの命で叔父上とやらが捕らえられ縛り上げられる。
抵抗する素振りも見せずに屈強な二人に両脇を抱えられ追い立てられながら叔父上とやらはこの部屋を出ていった。
これにてこの騒動、一件落着。
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