第61話 いつものダンディーな顔が崩れてますよ

 俺達はオルノバの街を出立してトルニアに向かう。

 街の東門を出てすぐに南へ向かう道に曲がり街道を進んでいく。

 気温は少し暖かいが、頬を伝う風が爽やかで心地よい。

 幌馬車内は電車のロングシートのように横向きで木のベンチ型の椅子が備え付けられていて、俺はソフィアと隣同士、クロードさんがエミリアさんと隣同士という配列で座っている。


 木のベンチ型シートは長時間乗っているとお尻が痛くなるとソフィアが言うので、俺が拠点に住んでいた時に作った天日干しの毛皮を皆に配ってお尻の下に敷いてもらう。


「あっ、これいいわね。ふかふかでお尻が痛くならない」


「そうですな。座り心地が改善されましたな」


「ありがとうございます。フミト様…あっ、フミトさん」


 俺達一行は街道をゆっくりのんびりと進んでいく。

 今日の予定はこのまま街道を進み、途中の野営地で昼食を取り、少し休憩した後に休憩所を出発。

 午後も街道を南に進み、既に先触れを出している集落が本日の目的地でその集落で宿泊する予定だ。

 少し身を乗り出して前方を見ると、先頭の馬車がチラッと見える。

 その後ろにはレノマさん夫妻が乗る馬車と正規兵が乗馬している馬のお尻がすぐそこにある。


 男爵護衛の旅とはいえ、慣れた行程なのかのんびりとした時間が過ぎていく。

 たまに先頭の方からはゼルトさんとリーザさんの大きな声が聞こえてくる。


 どこでも変わんないな、あの人達…


 柔らかな陽射しの中、馬車にゆらゆらと揺られていると眠気が襲ってきそうになるので会話が眠気覚ましにもなるんだよね。

 俺は昨日の晩はぐっすり寝たので、気分は爽快、体力は万全の状態だ。


「ねえ、フミト。そろそろお菓子食べたくならない?」


 隣に座るソフィアが俺に聞いてくる。


「いや、まだそんなにお腹は減ってないけど、ソフィアがどうしてもお菓子を食べたいっていうのなら俺は付き合うよ」


「エミリア! フミトがお菓子を食べたいって言うから出してあげて。あたしもフミトに付き合って食べるから一緒に出してね」


「えっ!?」


 どうしてそうなるのか俺にはまるで理解出来ないが、この場はそういう事にしておくのが男として賢明な判断なんだろうな…汗


 ふと、クロードさんを見ると笑いを堪えてるのか口元がヒクヒクしてますよ!

 お腹を押さえて我慢してるし、いつものダンディーな顔が崩れてますよ!


 その脇ではエミリアさんが揺れる馬車内で器用にお菓子を出している。


「どうぞ、ソフィア…さん。フミトさん」


 出されたお菓子を受け取ると美味しそうに食べだすソフィア。

 俺はまだお菓子を食べ始めてないのに、付き合いで食べるはずのソフィアの方がお菓子への食いつきが早いんですけど。子供の遠足じゃないんだからさ…。


「ところでさ、ソフィアはトルニアに行った事があるんだっけ?」


「かなり前だけど、一回だけあるわ」


「どんな感じの街なの?」


「そうね、とにかくあそこは夫婦とカップルが多いのよ。温泉はあるし、湖では泳げるでしょ。街の通りには洒落たお店もたくさんあるしね。あたしはクロードに頼んで連れて行ってもらったんだけど、湖では少し泳いだだけで食べ歩きしたりのんびりしてたわ」


「そうですな、そんな事もありましたな。私は温泉巡りをしながらお湯に浸かってワインを飲んでました」


「エミリアさんはトルニアに行くのは初めて?」


「そうですね、確かその時はお留守番でしたから…トルニアに行くのは今回が初めてです」


 そんな風に和気あいあいと過ごしながら俺達の一行は馬車で進んでいく。

 ソフィアの屋敷は商人ギルドを通していつも頼む見回り番を雇ったそうだ。

 何事もなく、予定通りに街道の脇にある最初の野営地に到着した。

 街道にはところどころ、こういう場所があるのは以前、ゼルトさん達に教えてもらった通りだ。

 俺達よりも先に到着していたのか、数台の馬車が停まっている。

 オルノバからトルニアには乗り合いの定期便馬車があるんだってさ。

 先に着いていた人達は既に休憩が終わってこれから出て行こうとする馬車や、丁度、昼食休憩中の人達も居る。

 俺達も空いている場所に行き、御者の人達が昼食の準備を始めた。


 それぞれ、思い思いの場所に腰を降ろしてリラックスする。

 短い旅だがまだ旅は始まったばかり。レノマさんと奥さんも馬車から降りてきた。


「じゃあ、ここで昼食休憩だね。僕に気を遣わなくていいからゆっくり休んでよ」


 レノマさんは気さくな人だ。

 そこで俺はレノマさんに質問してみる。


「レノマさんは男爵なのに、俺達にも気さくに接してくれるし偉ぶったりしませんよね」


「ああ、僕は元冒険者でもあるからね。それに地位を笠に着て偉ぶるような事はしたいとも思わない。はっきり言って今でも男爵という地位を捨てて冒険者に戻りたいくらいだよ」


「貴族の家の生まれにしてはそういう考え方って珍しいんじゃないですか?」


「そうかもしれないね。だけど、地位や名誉、名声なんてものは現実では結構堅苦しいものなのさ。僕は自由な冒険者を経験したからこそ、そう思うようになった。嫉妬や言いがかりのような誹謗中傷など、地位や名誉を得るとそういうものまで付いてくる。人の事を虫けらのように何とも思わないような人なら、欲望丸出しでやりたい放題やるのも全く気にならないかもしれないが、僕の場合はそうではないからね」


「俺の中でレノマさんという人物が良く理解出来ました。聞いて良かったと思っています。ありがとうございました」


「いやいや、僕も聖人君子じゃないからね。こういう地位に着くと清濁併せ呑むような事もしなくちゃいけない。お仕着せのような綺麗事や理想論だけではやっていけないし難しいものだよ。まあ、難しい話はこれくらいでいいかい? そろそろ昼食の準備が出来たようだ。皆で食べよう」


 レノマさんの号令で皆昼食を食べ始める。

 御者さんが作った昼食はとても美味しい。


 昼食を済ませ少し休憩を挟んだ後、俺達一行は今日の宿泊地である集落に向かって出発したのだった。

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