第60話 トルニアに向けて出発

 レノマ コスタ男爵の護衛依頼で観光の街トルニアへ行く当日の朝が来た。

 昨晩までに、必要になりそうな物は全て揃えておき、装備の点検も済ませておいた。

 朝のルーティーンを終え、アルフさんに宿の宿泊費を念の為30日分前払いで渡しておく。帰ってきて風呂のあるこの宿が埋まっていて部屋がないと困るしな。


「じゃあ、アルフさん行ってきます。留守中はよろしくお願いします」


「ああ、行ってらっしゃい。気をつけてな」


 アルフさんの見送りを受け、俺はソフィアの屋敷にソフィア達を迎えに行く。

 空は雲一つない快晴、旅立ちの朝としては最高のコンディションだ。


 そういえば、こちらの世界に来てから歩く事が増えたな。


 電車もバスもない。タクシーなんて走ってない。勿論、飛行機なんてものはない。

 歩かないで移動する方法は馬車と馬に直接乗るくらいだ。


 今回、トルニアに行くにあたって、護衛の数はまず男爵領の正規兵が二人。いつもの移動と変わらないので正規兵の護衛は二人で後はおまけに冒険者の護衛を雇っているそうだ。レノマさん曰く、冒険者に仕事を与えるのも領主の務めだからなんだって。正規兵はそれぞれ馬に乗って移動。レノマさんとその妻が乗る馬車が1台ありこの脇を進む。


 馬車は全部で3台。真ん中の男爵の馬車を挟んで先頭と一番後ろに俺達が乗る馬車が位置する。御者は兵でも冒険者でもない男爵家専属の人らしい。この人達が移動中の料理の準備もするようだ。


 ソフィアの屋敷に着くと、既に屋敷の前でエミリアさんが待っていた。


「おはようございます、フミト様。今、ソフィア様とクロード様を呼んできますね」


 そう言って屋敷の中に入っていくエミリアさん。


 そうだ、言葉使いをどうにかしないとな…屋敷内と俺にはいいかもしれないが、○○様なんて言葉使いじゃ相手が高貴な身分だって言ってるようなものだし。


 そんな事を考えていると、屋敷の中からソフィア達が出てきた。

 皆、冒険者の装備を身に着けている。エミリアさんは弓を持ってるな。


「おはようございます皆さん」


「おはようフミト」

「フミト殿おはようございます」


「あのー、待ち合わせの場所へ行く前に俺から提案があるんだけど」


 ソフィアが訝しげな表情で


「何? どうしたの?」


「この依頼中だけでもいいから○○様って言葉使いは止めないか?」


「どういう事?」


「いや、クロードさんとエミリアさんがソフィアの事をソフィア様って呼んでると、周りの人がソフィアは何者なんだって思うじゃないか。俺達だけならまだしも別の人から見れば疑問に思うはずだよ。だから旅の間だけでも、もっと砕けた言い方に出来ないかなって思ってさ」


「なるほど、それも一理ありますな。私共は滅多に他人と一緒に旅をする機会がないですからな。なら私はフミト殿と同じようにソフィア様もソフィア殿と呼びましょう。昔、大変お世話になった方の娘さんという形にすれば辻褄も合いますし、フミト殿はその娘さんの親しい友人という事でソフィア殿と同じようにフミト殿と呼んでる事に致します」


「そうですね、あとはエミリアさんか…」


「じゃあ、エミリアはあたし達の事をさん付けで呼んで。それなら何とかなるでしょう?」


「はい、わかりました。何とかやってみたいと思います」


「じゃあ、早速練習よ。あたし達の事をさん付けで呼んでみて」


「はい、ソフィア…さん。フミトさん、クロードさん」


「まだちょっとぎこちないけど仕方ないわね。徐々に慣れていきましょう」


 俺達はお互いの呼び方を練習しながら待ち合わせの場所に向かっていった。

 待ち合わせ場所の男爵の屋敷の前に行くと、既にゼルトさん達のパーティーは先に着いていて俺の姿を見かけて手を振ってきた。


「おーい、フミト。こっちだ」


「おはようございますゼルトさん」


「ああ、おはようフミト。後ろに居る3人がおまえのパーティーのメンバーか?」


「そうです、紹介しますね。彼女はゼルトさん達も何度か会っているソフィア。そしてその隣の男性はクロードさん。その隣の女性はエミリアさんです」


「じゃあ、俺達も紹介しなくちゃな」


 ゼルトさんがそう言うと、リーザさん、トランさん、ポーラさんがそれぞれ自己紹介をする。

 自己紹介が終わった後にリーザさんがクロードさんを見て「このダンディーなおっさん、隙がなくて強そうだな」とぶつぶつ呟いてる。

 俺がクロードさんはAランクの冒険者だと言ったら「やっぱりな、そんな感じがしたんだよ」と納得顔だ。

 ちなみにエミリアさんは冒険者としてのランクは俺と同じDランクだった。

 強さ的には余裕でもっと上の力があるけど、今のところそれでいいのだそうだ。


 おっ、ゼルトさん達はこの前俺があげた物を装備してるようだ。うん、嬉しいぞ。


 お互いのパーティー同士の顔見せや紹介も済み、男爵の屋敷前に並んでる馬や馬車を確認する。男爵の乗る馬車は木製で装飾がほとんどなく質素な馬車だ。

 俺達の乗る馬車は幌馬車タイプだ。移動中は幌を上げ周りの視界を確保して、いつでも飛び出せるようにという事だな。


 馬の脇に男爵領の正規兵と思われる人が立っていたので挨拶しに行く。


「冒険者のフミトと言います。よろしくお願いします」


「私は男爵夫妻を護衛するアーノルドだ。あっちは相棒のシルベスタ。こちらこそよろしく頼むよ」


 相棒と紹介されたシルベスタさんも右手を軽く上げて俺に挨拶をしてくれた。

 二人共に筋肉ムキムキの身体で力が強そうだ。

 男爵領の正規兵という事で、尊大だったり居丈高なのではと若干危惧をしていたが、そんな事はなく気さくな人達のようで良かった。


 正規兵の二人との挨拶が終わったタイミングで男爵の屋敷の中からレノマさんが奥さんを伴って出てきた。

 昨年結婚したばかりというレノマさんの奥さんは清楚な雰囲気の美人さんだ。


「皆、待たせたかい? それじゃ、トルニアまでの道のりよろしく頼むよ」


 レノマさんと奥さんが真ん中の馬車に乗り、先頭の幌馬車にはゼルトさん達のパーティーが乗る、そして最後尾の幌馬車は俺達だ。

 この順番は入れ替わるので俺達が先頭になる場合も出てくる。

 幌馬車の後部は荷物を積めるように改造されていて、本来ならもっと乗れるが4~5人くらいの乗車スペースになっている。


 馬車からレノマさんが顔を出し号令をかける。


「さあ、出発だ!」


 俺達はレノマさんの号令一下、トルニアの街へ向かって旅立ったのだった。

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