第58話 レノマ コスタ男爵

 ソフィアやクロードさんの同意を得て、観光の街トルニアへの護衛依頼を受ける事を伝える為、俺はソフィアの屋敷を出てゼルトさん達が泊まっている宿、銅の口髭亭に向かって足早に進んでいた。

 宿に着くと、食堂で朝食を食べている人がいたので、食事の邪魔にならないようにハンスさんに声をかける。


「すみませんハンスさん、ゼルトさんかトランさんは居ますかね?」


「ゼルトなら居ると思うぞ、この前言ったようにあいつの部屋は二階の6号室だから勝手に上がっていいぞ」


 そうは言われても、この前はリーザさんのパンツ姿を見ちゃったからな。


「いや、やっぱり食堂で待ってます」


「そっか。じゃあちょっとフミトに聞きたい事があるんだ。ちょっと待ってな」


 そう言ってハンスさんは厨房の中に入っていき、何かが詰まった瓶を持ってきた。


「これな、最近売り出された新しい調味料なんだけどよ。どういう食べ物に合うかフミトの意見を聞きたいと思ってな」


 出された瓶を手に取る。

 蓋にモルガン商会の焼印が押された調味料の瓶詰だ。


「ちょっと舐めてみていいですか?」


 ヘラで掬い、手の平の上に落とし舐めてみる。


 おー、モルガンさんは忠実に俺の作った味を再現してるようだな。


「そうですね。大根、きゅうり、ニンジンを千切りにしてこの調味料と和えてみたらどうでしょうか? 隠し味に塩胡椒やマスタードなんかも入れてみてはどうかな」


「おっ、それ旨そうだな。参考になったぜフミト。ありがとな」


 ハンスさんは俺の答えに納得したのか厨房に戻っていった。

 それと入れ替わるように、ようやくゼルトさんがリーザさんと一緒に二階から降りてきた。


「おはようございます。ゼルトさん、リーザさん」


「おう、フミト! おはようさん。もしかして待たせちまったか?」

「ふぁー、フミトおはよう」


「いえ、さっき来たばかりなのでそれほど待ってませんよ」


「それで、昨日の俺の観光の街トルニアまで行こうって提案はどうなったんだ?」


「それなんですけど、受ける事に決めました。で、こちらからは4人参加という事になりそうなんですが、人数的に大丈夫ですかね?」


「たぶん大丈夫だと思うぞ。なーに心配はいらねえ、俺とレノマの仲だしな。あいつは度量も大きいから俺の知り合いを断るなんて野暮な真似はしねえさ」


「もし、万が一レノマがフミトを連れて行くのが嫌だって言ったらあたしがコテンパンに叩きのめしてやるから安心しな。あいつには恩を売ってあるからあたしの言う事には逆らわせないよ」


 ゼルトさんの口ぶりだと、レノマさんは気さくそうで一安心だ。リーザさんは相変わらずハチャメチャだな。


「そうだ、フミト。もし時間があるならおまえもレノマのところに俺達と一緒に行かないか? 依頼前にお互いに顔見せしておけばレノマもフミトも安心するだろ? 俺とリーザはこれから朝飯を食べた後にレノマのところにフミトが参加するって報告に行くから一緒に着いてこいよ」


「いいんですか? それで構わないなら俺も一緒に行かせてもらいます」


「おう、ならちょっと待ってな。おーいハンスさん! 俺とリーザの朝飯頼むわ!」


 ハンスさんが厨房から顔を出してきた。


「うるせえなゼルト! そんなに大声で叫ばなくても聞こえてらぁ。おまえは大飯食らいだから宿賃上げるからな!」


「いや、それだけは勘弁してくれよハンスさん」


 掛け合い漫才のようなやり取りを眺めながら、俺もついでに水代わりにアルコール度の低い葡萄水を貰って一気に飲み干す。

 ゼルトさんとリーザさんの元に運ばれてきた朝食はパンとスープとサラダだ。

 だが、よく見るとサラダは俺がさっき提案したばかりの大根、きゅうり、ニンジンをあの調味料で和えたサラダじゃないか。


 ハンスさん、早速俺の言ったやつを試してみたようだな。


「あっ、これ美味しい。あたしは好きだなこの味」


 リーザさんは和えサラダに好感触のようだ。

 こういうものは如何に女性に好感触を得るかが重要なんだよね。

 家庭の台所を預かる女性達の支持を得られるのかが肝だ。


 ゼルトさんとリーザさんの朝食も済んで、暫し休憩した後レノマさんの屋敷に俺達は向かうことになった。

 ラグネル伯爵の館から近い場所に男爵がオルノバ滞在中に利用する屋敷があった。

 建物の外観は普通で、滞在中の仕事と接待などの利用の他は警備と屋敷の維持を兼ねた2~3名の人数を置いているだけらしい。

 俺達の来訪を告げ男爵に取り次いでもらう。


 数分すると、取り次いでもらった人の案内で屋敷の応接室に俺達は通された。

 お茶とお菓子を出されて暫く待っていると…


「やあ、ゼルト、リーザ。待たせたかい?」


 扉を開け、応接室の中にシャツの襟元を大きく開けてラフな格好をした一人の男が入って来た。


「いや、大して待ってないぜレノマ」

「レノマ、待たせたと思ってるのならあたしの肩を揉めば許してやるよ」


 応接室に入ってきた男はまだ若く見える。

 第一印象だが、俺と大して歳も違わないように思える。

 背は俺よりちょっと低い、茶色のすこしウェーブがかった髪の毛は肩口まであるだろうか。

 シャツは貴族が着るようなシャツだが、襟元を大きく開けて気にする素振りもない。

 ズボンはオーソドックスな黒ズボンで黒い革靴は良く磨かれているのか光っている。


「相変わらずリーザは手厳しいな。半分本気で言ってるだろ?」


「当たり前さ、レノマ。今は男爵だろうがなんだろうが、あたしにとってレノマは共に戦った友だから気兼ねなんてしないよ。半分どころか全部本気さ」


「ハハハ! さすがリーザだ。リーザはそうでなくっちゃな。ところで、そちらの人を僕に紹介してくれないか?」


 レノマさんの質問にまずゼルトさんが答える。


「ああ、この男はフミトだ。俺達が護衛依頼をしていたら魔物に襲われ少しピンチになった時、颯爽と現れて助太刀してくれたナイスガイさ」

「ああ、あん時はあたしも痺れたね。ゼルトと夫婦じゃなかったらフミトに乗り換えたいくらいだ」


「申し遅れました。俺…私がこの二人の紹介に与りましたフミトです」


「ああ、いいよ。そんなかしこまった挨拶なんていらないよ。僕はレノマ コスタ。一応コスタ男爵と呼ばれているけど、呼び方はレノマでいいよ。これから友人や知り合いになるのだから堅苦しいのはやめよう」


「ありがとうございます。じゃあ、レノマさんと呼べばいいですか?」


「ハハ! まだ堅苦しいよフミト君。僕の歳は27歳だ、君の歳はいくつだい?」


「えーと、俺は25です」


「じゃあ、ほとんど僕と同じじゃないか。うーん、呼び方はレノマさんでもいいけど、もっとフランクで気軽に話していいよ」


「わかったよレノマさん。こんな感じでいいのかな?」


「そうだね。そんな感じで頼むよ」


「じゃあ、レノマとフミトの互いの紹介も終わった事だし、そろそろレノマに報告させてもらおう。今度、レノマの護衛という形で俺達パーティーが同行するが、まだ護衛枠に余裕があるからゼルトの知り合いにでも依頼を受けさせればってレノマは言ってたよな」


「ああ、その通りだよ」


「で、このフミトのパーティーさ。全部で4人だっけ。フミトの実力は俺が保証する」


「おお、フミト君が護衛を受けてくれるのか。それじゃフミト君よろしくね」


「こちらこそよろしくです。レノマさん」


 その後、トルニアまでの行程や予定の確認などの打ち合わせをして俺達はレノマさんの屋敷を後にしたのだった。

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