第31話 リングの上で叫びたくなる気持ち

 昨日は楽しい宴だった。

 皆が俺の昇格を喜んでくれたのが嬉しい。


 まあ、半分はタダ酒が飲めたからもあるんだろうけどさ…


 それでも、気心の知れた冒険者仲間との宴は楽しいものだ。

 以前の世界での会社の宴会を少し思い出した。

 そういえば、俺の課の課長はカラオケでマイクを持つと離さない人だったな…汗


 次の日の予定がある冒険者もいたので、キリの良いところで宴はお開きになり、まだ飲みたりなさそうな一部の人(誰とは言うまい)を除いて解散になり、俺は自分の宿に戻ってきたのだった。


 次の日、いつも通りの時間に目が覚めた俺は裏の井戸で顔を洗い一旦自室に戻る。

 会社員時代の習慣が残ってるのか、何か目が覚めちゃうんだよな…苦笑

 一応、念の為に言っておくけど、朝晩のアーク神様への挨拶は続けてる。

 なんせ、この異世界で何の因果か加護をもらったからね。


 朝のルーティーンを済まし、下の食堂に降りていくと厨房から良い匂いがしてくる。

 宿の朝食は簡単なものだが、こっちの世界にはコンビニや朝マ○クがないので朝食は出来るだけ取るようにした。

 まあ、いざとなればストックしてる食べ物を出して食べればいいが、これはあくまでも旅や非常用としてバッグに入れているんだ。


 パンとスープの軽い朝食を取り、ギルドへ出かける準備をする。


「さて、今日も行ってくるとするか」


 装備を整え、宿を後にして冒険者ギルドに向けて出勤だ。

 もうすっかり覚えたギルドまでの道のりを、途中で他の出勤者(冒険者)と出会いながら同じように歩いていく。


 彼らはライバルでもあり、冒険者仲間でもある。


 そして、今日も冒険者ギルドに到着(出社)。


 えーと、今日からEランクの依頼が受けられるんだよな。そういやEランクからは1つ上のランクの依頼も受けられるんだっけ。


 まあ、とりあえず依頼を見てみよう。

 依頼掲示板の前に立ち、貼られている依頼を確認する。


 Eランクは簡単な魔物の素材収集の依頼があるが、Fランクの依頼とそう大差がなさそうだ。一応俺も受けられるというDランクの依頼も見てみるか。


 Dランクの依頼は簡単な護衛依頼。これはパーティーで参加が基本だが、ソロ同士や二人パーティーと組んで即席パーティーを作って参加も出来るらしい。そして迷宮の低レベル魔物素材の依頼がメインだ。そして、もう一度Eランクの依頼を確認すると…


 おっ、こんな依頼もあるんだな。


 Eランク依頼に孤児院での臨時講師の依頼というのがあった。

 孤児の子供たちに簡単な読み書きや計算を教える依頼らしい。

 言語はマスターしてるし、俺でも出来そうだ。


 孤児の子供たちも将来独り立ちするには読み書きは必要だしな。


 うん、ありがちだけどこういう依頼を経験するのは面白そうだな。

 せっかくだからやってみようか。

 俺はその依頼書を掲示板から剥がして受付に持っていくことにした。

 ジーナさんの受付の前に並ぶ。

 すぐに俺の順番が来て受付の前の椅子に座り依頼書を渡す。


「この依頼を受けたいのですが」


「おはようございますフミトさん。えーと、孤児院の臨時講師の依頼ですね。良かった、これなかなか受けてくれる人がいなくて…フミトさんが受けてくれるのは大変助かります」


「せっかくだからやってみようかと思いまして。簡単な読み書きと計算なら教えられると思うので」


「ありがとうございます。依頼主の孤児院の場所を教えますのでよろしくお願いします。では依頼頑張ってくださいね」


 場所を教わり、受付で手続きをした俺は教えられた孤児院に早速行くことにした。

 マルチマップさんはまた進化して、グー○ルマップのルートナビのように行き先を示してくれる。

 おかげで道に迷わずに依頼現場に到着だ。


 どうやらここらしいな。


 孤児院と書かれた看板がかかってる建物が目の前にあった。

 隣には教会らしい大きな建物がある。

 門があり、中はちょっとした広場のようになっている。

 その奥に宿舎と事務所が一緒になったような建物が建っていた。


 門を開け中に入っていく。


 俺、不審者に見えないよな?

 勘違いで事案にされたら困るし…


 事務所と思われる扉の前に立ちドアをノックする。


「おはようございます。ギルドから依頼を受けて来ました。どなたかいらっしゃいますか?」


 俺の声に反応したのか、中から椅子を動かす音がして足音がドアに近づいてきた。

 ドアが開き、中から顔を出したのは俺と同じくらいの歳に見える修道服に身を包んだシスターだった。


「あの、ギルドの依頼を受けてやってきましたフミトと言います。孤児の子供たちに簡単な読み書きと計算を教える依頼で間違いないですか?」


「はい、私が出した依頼です! 受けてくださってありがとうございます!」


 凄い勢いで返答が来た。


「それで俺はどういう風に教えればいいですか? 何か希望はありますか?」


「いえ、教え方は好きにしてもらって構いません。ここじゃなんですから中へお入りください」


 シスターに案内されて事務所の中へ入っていく。

 中で色々とシスターに説明を受けた。

 シスターはアンネという名前だそうだ。


 孤児院は寄付によって運営されている。

 だけど、運営はギリギリの状態なんだそうだ。

 ここに居る孤児は親が病で亡くなったり、親が冒険者で命を落としたり、捨て子だったりと出自は様々だが、可哀相な境遇の子供たちが暮らしているそうだ。

 そんな子供たちもいずれここを離れて独り立ちする前に、読み書きや計算が出来ると働き口が見つかりやすいらしい。


 そしてある程度上の年齢になると、手に職を付ける目的で商人や職人のところに仮奉公という形で体験奉公も出来る。

 俺が担当するのはその前の段階で最近この孤児院に来たばかりの読み書きがまだ覚束ない小さな子どもたちのようだ。シスターにも自分の仕事があって、孤児だけ対処する訳にもいかないそうだ。


 シスターが一旦子供たちのところへ行き、俺の事を簡単に説明するようだ。

 その間に剣と装備を外してそっとアイテムボックスに収納する。


「じゃあ、今から子供たちにフミトさんを紹介しますね」


 シスターに先導されて着いていく。


 あー、緊張する…こういう時は笑顔だ笑顔!


 大部屋のような部屋の扉が開かれる。

 シスターと一緒に部屋の中に入る。

 興味津々な目をした子供たちの視線を一斉に浴びる俺。

 軽く手を振って怖くないよアピールだ!

 そして、まずシスターから子供たちに声がかかる。


「はーい、皆さーん。さっきちょっと説明した臨時の先生が来ましたよー。お名前はフミト先生です。皆さんに読み書きと計算を教えてくれるそうですよ。楽しみですね! それじゃ次はフミト先生からの挨拶です」


「はーい、みんな。僕が今紹介されたフミト先生ですよ! 皆さんに読み書きと計算を教えに来ました。一緒に頑張っていきましょうね!」


 暫くの静寂…ドキドキドキドキ。胸がドキドキ。


 これはマズったか?



「「「「「「はーい! フミト先生よろしくお願いします!」」」」」」


 やったよ! やったよ! 俺は子供たちに嫌われなかったんだ!

 俺はやったんだ! 俺はやったんだ!


 あの有名な名作映画のワンシーンのように俺は思わずリングの上で叫びたくなる気持ちになった。


 一度打ち解けると子供たちはとても無邪気だ。

 俺もかがんで子供たちと同じ高さの目線になって一人一人の子供たちに笑顔で触れ合う。


「あたしねー、ララっていうの!」

「ボクはテオっていうんだ!」

「オイラはボラン、よろしくな! 見た目は子供だけど頭の中身は大人のつもりだぜ」

「あたしはアンジー。あなたには気安くアンと呼ぶのを許すわよ」


 どうやら色々な子供がいるようだ…


 とにかく、俺が教える全部で10人程の孤児たちとお互いに自己紹介も済んだ。

 ふと、シスターを見ると上手く子供たちとの対面が出来てホッとしたのか顔が緩んでる。

 それを見て俺もホッとしたのだった。

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