第30話 首が苦しいです

 ギルドで依頼完了の手続きをして、ハーゲン鍛冶屋に荷車を返した俺は宿へと帰るべく夕暮れが迫る街の中の道を歩いていく。

 そろそろ店仕舞いの時間なのか、商店もそこそこ閉まり始めている。

 街中のパトロールなのか、領兵が数人で巡察している。

 この街の治安がどんなもんなのか知らないがお役目ご苦労さまです。


 さて、アルフさんの宿に直接帰ろうかと思ったが、ハンスさんの宿に顔を出してゼルトさん達が居るかどうか確かめてから帰る事にした。


 この街に来て色々と教えてもらったりしてお世話になってるしな。


 歩く方向を変更してハンスさんの宿に向かっていく。

 まだ夕暮れ時だから、歩いている人も結構多い。

 冒険者風の人もいれば、職人風の人もいる。

 もちろん、それ以外の一般の人も帰宅途中なのか、はたまたこれから食事なのか、もしかしたら一杯引っ掛けに酒場に行く目的の人もいるだろう。


 この世界、この街の住人しか知らないが、ほぼ外見は西洋人風の人が多い。

 俺みたいな黒髪の人もたまに見かけるが、それも東洋風ともなるとごく少数だ。


 町並みも西洋風だし、やっぱり住んでる人も西洋人風の人が多いんだろうか。


 そんな他愛もない事を考えながら歩いていたら、どこからか視線を感じたような気がした。


 ん? また何か視線を感じたような気がしたけど…気のせいかな。


 ちょっと立ち止まって辺りを見回してみたが、それっぽい視線はないようだ。

 どうやら俺の気のせいだったようだ。


 こっちの世界に来て一年間は一人ぼっちだったしな。人が多く住む街にやってきて少し人に対して神経が過敏になってるのかもしれん。


 気を取り直した俺はまた歩き出し、ハンスさんの宿の前に到着した。

 宿の扉を開けて中を覗き込む。


 あっ、居た。


 ゼルトさんとトランさんが食堂で椅子に座ってくつろいでる。

 扉の開く音を聞きつけたゼルトさんとトランさんが俺に気がついた。


「おう! フミトじゃねーか!」

「おや、フミト君じゃないか」


 良かった。どうやら俺は忘れられていないようだ。


「いやあ、皆さんどうしてるかなって思って顔を出しに来たんですよ」


「そうかい、そうかい。そいつは嬉しいねぇ!」


「何か、ゼルトさんもトランさんも寛いでるようですけど…今日は依頼が終わったんですか?」


 するとトランさんが「いや、ギルドに行ったけどこれといった依頼がなくてね。迷宮に潜ろうかと思ったけどせっかくだから今日は休みにしたんだよ」


 ゼルトさんのパーティーはこの前の護衛依頼とバトルウルフの臨時収入もあったしな。今月は余裕があるのかもな。


「それより、フミトこそどうしてる? ギルドの依頼は上手くいったか?」


「それなんですけど、実は今日俺Eランクに昇格しまして…」


「本当か? 一応Eランクに昇格するにはFランクの依頼をこなしながら昇格分の功績を稼がないと上がれなかったような…」

「私もそのように記憶してますね」


「実はですね…今日、Fランクの配達依頼とついでに薬草採取もしてきたんですよ」


「「ふむふむ」」


「それでですね…途中に魔物がいまして…」


「「それで…」」


「スピアサーペントって名前のヘビの魔物で運良く5匹倒してギルドに持っていったら、常時討伐対象の魔物なのでランク査定の対象だったらしく俺のギルドランクも上がる事になりました」


「「えっ? 一人でスピアサーペントを5匹倒したの?」」


「はい…」


「フミト凄えじゃねーか!」

「凄いですねぇ」


「いや、まだ時間的にその魔物の本格的な活動時間じゃなかったみたいでラッキーでした」


「まあ、それでも凄い事には変わりはねえよ。あの魔物は猛毒持ちで尖った刃物のような尻尾はもっと曲者だからな。俺達でも油断すれば厄介な魔物だ。あっ、そうだ。遅ればせながらEランク昇格おめでとな!」

「フミト君、昇格おめでとう!」


 嬉しい言葉をかけてもらってありがたい。そうだ、俺も臨時収入が入ったしゼルトさん達に酒でも奢ってあげようかな。


「それでですね…俺も臨時収入が入ったので今日は皆さんにお酒でも奢ろうかなと」


「おおっ! そういう事ならありがたく奢られてやるぞ! 今日はフミトのEランク昇格祝いを兼ねて飲もう!」

「おっと、フミト君。その前にアルフさんに今日の晩飯はこっちで食べると断りをいれて来なさい」


 さすがトランさん、そういう気遣いをすぐに言い出せる出来る上司って感じだ!


「わかりました、それじゃちょっと行ってきます」


 宿の扉を開けアルフさんの宿に向かって駆け出していく。

 アルフさんに今日の晩飯はいらないと断り、またハンスさんの宿に向かって走る。


 ものの2~3分だっただろうか。

 ハンスさんの宿の扉を開けて中に入ると、誰かが俺に飛びついてきた。


「おお、フミト! Eランクに昇格したんだってな。ゼルトから聞いたぞ!」


 それはリーザさんだった。


「ちょっ! 腕が腕が! 首が苦しいですって」


 リーザさんは俺が苦しそうにしてるのに気がついたのか首に回していた腕をほどきながら…


「あっ、悪い。わざとじゃないんだ。ごめんごめん…てへ」


 この人は自由奔放というかマイペースだよな。


 ポーラさんも二階から降りてきた。


「おほほほほ、聞きましたよ。フミトさんEランクに昇格したそうじゃないですか。おめでとうございます」


「ありがとうございますポーラさん。で、今日は思わぬ臨時収入が入ったので皆さんに奢ろうと思ってやってきました」


 するとゼルトさんが「おう、なら早速飲もうや!」


 俺は厨房前のカウンターに行き、厨房の中に居るハンスさんに声をかける。


「ハンスさーん」


 その声に反応してハンスさんが顔を出す。


「ん? どうした。フミトじゃないか」


「あの、今日は俺の奢りで皆に酒を飲ましてやってください。あっ、宿に泊まってる皆さんにも俺が奢ります」


 そう言って金貨を1枚出してハンスさんに渡す。


「足りますか? 足らなければ追加で出しますよ」


「そうだな、俺の宿の酒だから金貨が1枚もあれば大丈夫だ。よし、そうと決まれば新しいエールの樽を倉庫から持ってくるか」


 俺が席に戻ると既に木のジョッキにエールが注がれている。

 ポーラさんとリーザさんが手回し良く皆のジョッキに注いでる最中だ。

 二階から降りてきた他の宿泊客の前にもジョッキが置かれる。

 皆の前にエールが注がれたジョッキが行き渡ったのを確認すると、ゼルトさんが乾杯の音頭を取った。


「今日はフミトのEランク昇格を祝して、それにフミトの奢りに乾杯!」


「「「「「乾杯!!!」」」」」


 他の宿泊客もジョッキを上に掲げ俺を祝ってくれる。

 今夜は楽しい飲み会になりそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る