第28話 特製の野菜ジュースは苦かった

 鍛冶屋で受け取った荷物を積んだ荷車を曳きながら東門まで進んでいく。

 重い物を積む為に丈夫に作られた荷車はスイスイと進んでいく。


 馬で曳く程でもない量や重さの荷物は人力で配達するそうだ。

 馬や荷馬車を借りるのも結構お金がかかりそうだしな。

 荷車ごとアイテムボックスに入れて運ぼうかと一瞬考えたが、こういうのは何事も経験だ。

 元の世界で荷車を曳く機会なんてなかったし、むしろ苦痛どころか楽しいくらいだぜ。


 東門を出て少し歩くと、周りは一気に自然満載の風景に切り替わる。

 道の右側には小さな林がそこかしこにあり、左側は小高い山がいくつもある。

 街をちょっと離れるだけで空気が何倍も旨くなったように感じる。

 山裾のちょっと崖っぽくなってるところに小さな滝があり、下はちょっとした滝壺になってそこから溢れ出た水が小川となって流れていく。

 川と道が交差する場所は木の橋がかかって通行に支障はない。


 丁度良いな。ここで水筒の水を入れ替えて補給しよう。


 滝壺に水筒を入れて水を補給した俺はついでに直接手で水を掬い飲んでみる。

 冷たくて美味しい。


 ちょっと休憩した後に、再び荷車を曳いてアルベルトさんの住む集落に向かう。

 この街道は街と街を結ぶ主要街道なので、馬車が俺を追い抜かしていく事もある。

 馬車はどこまで行くのだろうな…


 一時間ほど歩いただろうか。

 左の山の中腹に俺のマルチマップが魔物を示す赤い点を見つけた。

 じっとして動いてなさそうだ。

 夜行性なのかな。


 どうしよっかな。興味はあるけど依頼の途中だし、帰りにまだそこらに居たらその時に考えよう。


 後ろ髪を引かれる思いでスルーして荷車を曳いていく。

 そして二時間弱程歩いただろうか。

 行く手に説明にあった綺麗に五本並んで生えている木を視界に捉えた。


 ここがハーゲンさんが言っていた目印の場所だな。


 木の手前で右の方向に道が分岐している。

 街道からその道に入って進んでいく。

 こっちの道は街道の道に比べると馬車がギリギリ通れるくらいの細い道だ。


 夜とか月明かりがなければ真っ暗なんだろうな。


 分岐点から5分程進むと道の両側に畑が見えてきた。

 アルベルトさん達の先祖が開墾したのだろう。


 えーと、確か二軒目の大きい家だったよな。


 その家はすぐに見つかった。

 確かに周りの家に比べて大きい家だ。

 この集落を取り仕切ってる家なのかな。

 広場のような大きな庭先に入っていく。

 家の横には物置か作業小屋と思われる建物が複数ある。鶏を飼っているのか向こうの建物からは鶏の鳴き声がしてくる。

 作業小屋と思われる建物に人の気配がしたので、その建物に向かって声をかけてみた。


「すみませーん。ギルドの依頼でハーゲン鍛冶屋からアルベルトさん宛に農具を届けに来ました。誰かいませんかー?」


 すると、俺の声に反応したのか作業小屋らしき建物の中から「ほーい、今行くから待っておってくれ」と、返答の声が聞こえてきた。

 扉が開き、中から真っ黒に日焼けした爺さんが俺の前に現れる。


「アルベルトはこのわしじゃ、ハーゲンに依頼していた農具が出来たみたいじゃな。なら悪いがこっちの物置に降ろしてくれんかの」


 俺は言われた通りに農具と鉄バケツを物置に次々と降ろしていく。

 荷物を降ろし終わりアルベルトさんに質問をする。


「アルベルトさん、ハーゲンさんにも聞きましたけど、これらの物はこの集落の人達が普段使う農具なんですか?」


「そうじゃ、わしが代表してハーゲンに頼んだのじゃよ。ハーゲンの鍛冶屋とは長い付き合いじゃからの。今回はわしのところもハーゲンのところも丁度忙しくてな。注文した時に出来上がりの配達を依頼したのじゃ」


「なるほど、そうだったのですね。それではこの依頼書にサインを頂けますか?」


「ちょっと待っておれ。えーとペンはどこじゃったかな。おーあったあった」


 アルベルトさんにサインを貰い依頼は完了だ。


「それじゃ俺はこれで帰ります」


 そう言って空の荷車を曳き帰ろうとすると…アルベルトさんがニヤニヤしながら声をかけてきた。


「せっかくだから、わしの家特製の野菜ジュースを飲んでいきなされ」


 奥にある木樽の栓を捻り、緑色をした液体が並々と注がれた木のコップを二つ持ってきた。


 何か色が凄く濃いんだが…大丈夫かな。


「大丈夫じゃよ。わしも一緒に飲むから。ほれ飲んでみ」


 意を決した俺は木のコップの液体を飲む。


「苦っ!」


 うえー、めちゃくちゃ渋くて苦いよ!


 見ると、同じくその野菜ジュースを飲んだアルベルトさんも苦さに耐えている。

 大丈夫って言ってたのに本人も苦そうなんだが…


「味は苦いが栄養満点じゃ。わしはこれを毎日飲んどるぞ!」


 元の世界の青汁みたいな物がこの世界にもあるんだなと俺は苦笑いするしかない。

 木のコップを返し、今度こそ出発だ。


「じゃあ、俺は行きます。ごちそうさまでした」


「ご苦労じゃった。ハーゲンによろしく言っといてくれ」


 アルベルトさんの見送りの声を聞きながら荷車を曳いて俺は元の道に戻った。


 帰りは荷車が空なので行きよりも早く進んでいく。

 人影がないのを確認して熱々の串焼き肉をマジックバッグから出して齧り、周りの景色を堪能しながら薬草が生えてそうなところを探す。

 道から離れた林の中を遠見したら何となく薬草図鑑に載ってたそれっぽい草を見つけて近寄っていくとハピア草だった。


 あれ、これって拠点でも採取してた野草と一緒だな。


 俺は拠点で知らず知らずのうちに薬草を採取してたらしい。


 まあ、いっか。拠点で採取したのはマジックバッグに入れておけば腐らないし、いざという時のストックにしておこう。


 で、せっかく見つけたので採取していくことにする。

 小範囲で群生してたので、全部は採らずに30株くらいにしておく。


 こんなもんかな。


 昨日買った麻袋におまけで貰った麻縄で縛ってから詰めてその場を離れる。

 また荷車を曳きながらブラブラと街道を歩いていく。

 途中何台かの荷馬車、そして旅人とすれ違った。

 お互いに軽く会釈をしてすれ違っていく。

 挨拶っていいよね。


 暫くすると、今度は山側の斜面にダクシ草を見つけたので近寄っていく。


 おっ、これは拠点にはなかった種類の野草だな。ニラみたいな植物だ。えーとダクシ草は茎の部分から上を採取するんだよな。


 ナイフを取り出し、株を左手で掴み地面から5センチくらい上の部分をカットして摘み取る。

 ダクシ草はかなり生えてるので結構な量を摘み取る事が出来た。

 同じように麻縄で縛り麻袋の中に詰め込む。

 荷車の上に麻袋を乗せて街への帰路を歩いていく。


 そういえば道の途中で魔物の赤い点があったよな。まだ居るのかな?


 記憶にあった場所に近づくと、行きの時よりも街道に近い場所に赤い点が写ってるのを確認した。

 さっきよりも街道に近づいてる。

 俺は道の端に荷車を停め、隠密スキルを発動してその赤い点に近づく。

 1つと思われた赤い点は近づくと5つあるようだ。

 目視で見るとヘビの魔物だ。

 鑑定眼ではスピアサーペントという名の猛毒を持ったヘビ型魔物らしい。

 レベルはいずれも20台後半だ。


 剣を鞘から出し、隠密状態のまま先頭の魔物の首を一気に刎ねる!

 仲間がやられたのに気づいたスピアサーペントは俺を取り囲もうとする。

 それよりも早く、返す刀でもう一匹の首を刎ねて俺はバックステップして距離を取る。

 残った三匹のうち、左の一匹が大きな口を開けて俺に飛びかかってきた。


『シャアアアアアア!』


 それを避けると右の一匹が槍のような尻尾をもの凄い速さで何度も突き出してくる。

 剣でその厄介な連続攻撃を弾き、並列思考を発動して左の魔物にはウインドカッターで首を刎ねる。

 右の魔物には土魔法で地面から硬い石槍を出現させ頭を下から貫く。

 そして真ん中の魔物は剣で魔物の口の中に向けて剣先から魔法剣の刃を伸ばし突き攻撃をして頭まで貫いた。


 戦闘が終わり、周囲をもう一度確認する。

 他にはもう居ないようだ。

 首を刎ねられても暫く胴体は動いていたが、ようやく絶命したのを確認した俺は簡単な血抜きをして魔石を取り出しもう1つの麻袋に魔物の素材を仕舞い荷車まで戻ってきた。


 やれやれ、あの尻尾の攻撃は結構速かったな。俺なら平気だけどレベルが低い冒険者だと危ないかもな。


 依頼のついでに薬草と魔物をゲットした俺は低くなってきた太陽の光を真正面に受けながら街への帰途に着いた。

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