第23話 皆で宴と俺の宿

 ハンスさんの助けもあり、リーザさんの誘惑を封じ込めた俺。


 そうこうしてるうちに、この宿を定宿にしてる冒険者の人達が次々に帰ってくる。

 お互いに気さくに挨拶をしてる姿を見ると、長い付き合いの知り合いのようだな。

 若い冒険者もいれば、トランさんやポーラさんと同じくらいの歳の人もいる。


 一旦、奥の厨房に戻ったハンスさんに代わって若い従業員の女の子が酒を俺達のいるテーブルに持ってきた。

 木のジョッキに入ってる酒はちょっと黒みがかった色のエールだ。

 ハンスさんは冒険者時代に苦労して氷魔法を何とかゲットしたようで、冷えたエールが飲めるのもこの宿の売りなんだって。

 ちなみに、さっき名前が出たアルフさんの宿も冷えたエールが飲めるそうだ。

 氷魔法は取得している人が結構いるらしくて、その取得動機は冷えたエールが飲みたいという理由もその一つなんだって。ふざけた動機に思えるかもしれないが、そういう人々の欲求が魔法を発展させてるのかもな。


 ゼルトさんが音頭を取り乾杯の声をかける。


「無事に依頼も完了したし、臨時収入もあった。そしてフミトとも知り合いになれた。依頼の成功と新しい友との出会いに乾杯!!!」


「「「「「乾杯!!!!!」」」」」


 久しぶりの酒だ。

 エールはほろ苦いが、俺は久しぶりの酒を「ゴクゴク」と喉を鳴らして飲む。

 この感覚、会社員時代以来一年ぶりだな。

 ふと横を見るとゼルトさんとリーザさんが一気飲みしてるし…大丈夫か?

 一気飲みしてジョッキを飲み干した二人は厨房のカウンターに行き、銅貨を数枚木箱の中に入れ脇に置かれたエールが入った木樽の栓を回して二杯目を注いでいるぞ。

 凄いペースで飲みそうだなこの二人。


 ハンスさんが従業員と一緒に食べ物の載った皿を持ってくる。

 この世界に来て初めてプロが調理した食べ物だ。

 肉と野菜を煮込んだ茶色いシチューのようなスープは胡椒のようなもので味付けされているのか旨い!

 1つの皿に焼いた肉とオムレツみたいな卵料理が添えられているキノコとじゃがいものソテーもなかなかなものだ。こっちの世界の料理も結構いけるな。


 酒のつまみでオリーブの酢漬けまである。

 という事はこの世界にはビネガーがあるんだな。


 この材料があればもしかしてアレが作れるかもな…


 トランさんとポーラさんはゆっくりと上品に食べている。

 一方、ゼルトさんとリーザさんはエールを飲みながら豪快に食べている。

 ゼルトさんの巨漢ぶりは納得だが、リーザさんは何でそれであのモデルのような体型が維持出来るんだよ? 不思議だ。


「おーい、フミト! 飲んでるかー?」


 リーザさんが俺の腕を取りブンブンと揺さぶってくる。


「飲んでますよ。久しぶりの酒なんでゆっくり味わいながら飲んでます」


「ジョッキが空きそうだな。あたしが注いできてやるよ!」


 豪快だけど、こういうところは世話好きで気がきくんだなこの人。

 それを横目で見ていたトランさんが小さな声で囁く。


「フミト君、くれぐれもリーザの飲むペースに巻き込まれないようにな」


 さすがトランさん、ご忠告ありがとうございます。

 まあ、俺は酒よりも料理の方に興味があるから食べる方に専念するつもり。

 固めのパンをスープに漬けながら齧る。

 そういえば、この世界でパンも初めて食べるな。


 何気なくトランさんにお米の存在を聞いてみたけど、首を傾げてそんなものは見た事がないなと言われた。

 まあ、いいか。麦はあるからその気になれば麦飯は食べられそうだし。


 自分のジョッキと一緒に俺のジョッキに木樽からエールを注いでくれたリーザさんがテーブルに戻ってきた。


「ほら、フミト飲め飲め! あたしが注いだ酒だぞ!」


 仕方ないな。リーザさんが横で見てるので半分まで飲む。

 それを眺めていたリーザさんがボソッと呟く。


「あたしには弟がいたんだよ。だけど子供の時に病気で死んじまってさ。生きてりゃフミトと同じ歳だ。だからフミトを他人とは思えなくてさ」


 この世界は医学がそれほど進歩していないのだろう。

 たぶん子供の生存率が低いんだろうな。

 リーザさんが俺に世話を焼きたがる理由がわかったような気がした。


 まあ、この世界の姉貴分としてリーザさんは頼りになりそうだしな。


 二階から降りてきた他の宿泊客も各々のテーブルで酒を飲んだり、食事をしたり、話し声や笑い声があちらこちらから聞こえてくる。


 命の値段が元の世界より安そうなこの世界では、こういう食事の場が生きている実感を持てる場所でもあるんだろうな…


 テーブルに出された皿の食べ物も皆あらかた食べ終わり、まだ酒を飲んでるのはゼルトさんとリーザさんのみだ。


 扉が開く音がした。

 どうやらドミニカさんが帰ってきたようだ。


「あんた! 帰ってきたよ!」


 その声を聞き、ハンスさんが顔を出す。


「何だよ、遅かったじゃねーか」


「ごめんよ、アルフさんとこでちょっと話し込んじまってさ」


「で、どうだったんだ?」


「丁度、一部屋空いてるってさ。だから頼んできたよ」


「おう、そりゃ良かった。アルフのとこなら間違いねえ。聞いたか? フミトの兄ちゃんよ。アルフの宿で部屋が取れたってよ。あそこはうちと同じで風呂があるし良い宿だぜ! 良かったな」


「わかりました。場所を教えてくれれば自分で歩いて行きます」


「ああ、すぐそこだし道筋は簡単だから行けばすぐわかる。この宿を出て左に進んで最初の角を右に行けば一軒目がアルフの宿だ。看板に銅の帽子亭と書いてあるはずだ」


 俺は荷物を持ち立ち上がり、皆に挨拶する。


「じゃあ、待たせても悪いんで俺はそろそろ行きます」


 リーザさんが鬼のような顔でこちらを見てるんですが…すぐ近所じゃないですか。


 俺は顔を強張らせながら皆に手を振り、扉を開けアルフさんの宿に向かうのだった。

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