俺、冒険者になりました編

第22話 天然美人

 冒険者ギルドを後にして歩きだすと大きな広場があり、その奥の高い壁に囲まれた領主の館を横目に見ながら東門の方向に向かって大通りを歩いていく。

 そろそろ夕方になる時間なので食堂があるのか向こうの方から美味しそうな匂いがしてきた。

 大通りから脇の道に曲がり、暫く歩くとゼルトさん達が定宿にしてる宿に着いたようだ。

 玄関の上に木で出来た看板が掲げられており、『銅の口髭亭』と書かれている。

 大きくはないが見た感じ小綺麗な宿だ。


 トランさんが説明してくれる。


「宿屋にもランクがあって、金、銀、胴、鉄に分かれている。一番ランクが高いのが宿名の前に金と表示のある宿だ。金の宿の一泊の宿泊料金は平均で一人大銀貨3枚以上の高級宿、銀の宿の宿泊料金の平均は銀貨10枚前後、銅の宿の平均は銀貨6枚前後、鉄の宿の平均は銀貨3枚くらいだと覚えておけばいい」


 そしてこの世界の通貨の種類も教えてくれた。


 鉄貨

 銅貨

 銀貨

 大銀貨

 金貨

 大金貨

 白金貨

 大白金貨


 これらの種類があり、物価などの説明を聞いて元の世界の日本円に換算すると


 鉄貨 10円

 銅貨 100円

 銀貨 1000円

 大銀貨 1万円

 金貨 10万円

 大金貨 100万円

 白金貨 1000万円

 大白金貨 1億円


 大体、こんな感じになるようだ。

 一般的に街で流通してるのは白金貨までで、大白金貨は大きな取引や儀礼などでたまに使われるそうだ。


 冒険者レベルCランクパーティーだと銀と銅のどちらにするか悩みそうなところだが、Dランクの時から定宿にしていて、宿屋の主人も気さくなのでここに泊まり続けてるらしい。

 あと、出来るだけお金を節約したいのもあるみたい。


 ベルがカランカランと鳴るドアを開けて宿の中に入ると、ここの主人と思われる髭面のおっさんがそれに気がついて奥から現れた。


「おうゼルト! 依頼は無事に終わったのか!」


「ハンスさん、今帰ってきたぞ! 俺が居なくて寂しかっただろ! ガハハ!」


「何言ってやがるこの野郎! リーザが居ないのは寂しいが、お前なんか居ても居なくても同じだ!」


「「「「あはははは!」」」」


 パーティー一同が大笑いする。

 俺も釣られて大笑いしてしまう。


「ひでぇな! 俺もこの宿の客なんだぞ!」


「バカ野郎! 図体のでかいお前がこの宿の中を歩くと床が痛むんだよ!」


「ぐぬぬ」


 言い返せないゼルトさん…ちょっと可哀想。


「まあ、いいや。とにかく無事に帰って来たんだ。おまえたちの部屋はいつもの先払いでキープしてあるから風呂で軽く汗を流してから二階の部屋に入れや。一息付いたら下に降りてこい」


「ちっ、相変わらずハンスさんは憎まれ口を叩くぜ」


「邪魔だからさっさと行った行った!」


 一行は一先ず宿の風呂で汗を流す事にした。

 何故かついでに俺も風呂に入れるようだ。


 この宿には一度に4~5人入れる風呂が備え付けられている。

 男女別に分かれていて、掃除の時間以外は朝と夕方すぎから夜までの時間に入れるとの事。そういえば、この世界と俺は波長が合ってるというだけあって風呂文化も違和感がない。

 銅級の宿で風呂があるのは少数派で、ハンスさんは元冒険者だったらしく、宿を開く時に風呂の有り難みを知ってるだけに作るのに拘ったそうだ。


 歩きながら俺が「あの人がこの宿の主人なんですか? 随分と豪快な人ですね」と語りかける。


 するとそれに答えるようにゼルトさんが「ああ、こういう宿は冒険者相手の商売だからな。あんなタイプが多いのさ」


 横でトランさんも言う「冒険者相手の宿はあのような豪快なタイプが多いよね。だが、俺が宿屋の主人になったら知り合いには優しくしてやるよ」


 トランさんなら誰にでも気配りが出来る宿屋の主人になれそうだな。


 後ろでリーザさんが独り言を言うのが聞こえてくる。


「あー、疲れた疲れた。早く風呂から上がって浴びるほど酒が飲みたいぜ」


 それを聞いたポーラさん「おほほほほ! リーザは依頼が終わるといつもそれよね」


 リーザさんはキャラ的にそんな感じがしてたが、やっぱりそうなのか…


 風呂に入り身体を洗い浴槽に浸かる。

 浴槽の片隅の一角に物を入れるボックスがあってそこには魔石が入っていた。


 魔石には火魔法と水魔法の魔法陣が描かれており、ボックススペースにも描かれた魔法陣と反応して丁度良い温度の温水がその魔石から出てくるんだって。

 温水を止めるには魔石をボックスから出せば魔法陣同士の反応が止まるような仕組みになってるらしい。一個で大体三日分の温水を出すそうだ。


 この魔方陣は商人ギルドの専売特許で独占供給されており、魔法陣には非常に高度な偽装や隠蔽が施されていて真似や複製はほぼ無理なんだってさ。

 宿は商人ギルドにレンタル料を払って月に何個借りるかを決めて借りているのだそうだ。


 試しに《鑑定眼》でこの魔石を鑑定したら、絶対看破がお仕事をしてその魔法陣を解析しちゃったのはここだけの話ね。


 風呂から上がり、ゼルトさん達は一旦二階にある自分の部屋に行く。

 俺は宿の食堂に入り、空いている椅子に座って待つ事にした。


 暫くすると、ゼルトさん達が普段着の格好で降りてきた。


「フミト、待たせたな」


「いや、大して待ってないっすよ」


「じゃあ、先に魔物の素材を売って得た金の分配をするか。トランさん頼む」


「よし、私から説明しよう。バトルウルフソルジャーの変異種の毛皮と魔石は珍しいらしく金貨20枚の値が付いた。毛皮には魔法耐性が付いていたらしい。通常種も含めて全部で金貨22枚になったよ。五人で割ると一人あたりの取り分は金貨4枚と大銀貨4枚だね」


「「「「うおぉおおおお!」」」」


 全部で220万円か、一人あたり44万円の収入だな。ゼルトさん達はモルガンさんの護衛依頼の収入もあるし良かったな。


 俺もお金を受け取りポケットの中につっこむ。


 喜んでいたゼルトさんが何かを思い出したようでハンスさんを呼ぶ


「おーいハンスさん。ちょっといいか!」


 また奥からハンスさんが顔を出す。


「何だようるせーな! 酒か?」


「いや、それもそうだが部屋は空いてるか? ここに居るフミトに部屋を貸して欲しいんだがよ」


 ハンスさんが俺を見て「おう、そういや初めて顔を見る兄ちゃんが居ると思っていたがこいつは誰なんだ?」


「依頼の途中で魔物相手に苦戦してた俺達をこのフミトが助けてくれたんだよ」


「あたしが魔物に傷を負わされてピンチになった時に颯爽と現れて助けてくれたのさ。あたしの命の恩人なのさ」


 いやいや、リーザさん命の恩人とか持ち上げすぎですって…汗


「そうなのか! ゼルト達を助けてくれたのなら俺からも礼を言わせてもらうぜ」


「いや、俺はちょっとお手伝いしただけですよ。そんなに持ち上げられても困ります」


「まあ、いいじゃねーか。助けたのは事実なんだしよ。ところで部屋なんだが、生憎全部部屋が塞がっちまってるんだ」


 それを聞いてゼルトさんが「この宿は銅級の宿でも風呂があるから人気なんだよな」と呟く。


「まあ、宿はこの俺が紹介してやる。おいフミト、どのランクの宿がいいんだ?」


 今、受け取ったお金があるから暫くは大丈夫だな。鉄級の宿でもいいが、やっぱり銅級の宿の方がセキュリティ的に安心出来そうだもんな。


「うーん、なら銅級の宿をお願いします。風呂付きの宿があればそれに越した事はありませんが、別になくても大丈夫です」


 するといきなりリーザさんが何かを思いついたように大声で叫ぶ。


「フミト! 別の宿じゃなくてあたしとゼルトが居る部屋に一緒に泊まれよ! ハンスさんいいだろ!」


 いやいや、何言っちゃってるんですかこの人!


「「「「……………」」」」


 周りの皆も困惑気味だ…


 俺はすかさず「いや、さすがにゼルトさんとリーザさん夫婦の部屋に同室って訳にはいかないですよ。ほら、ゼルトさんとリーザさんは夫婦だし…何ていうかあれとかしたり色々あるじゃないですか…」


 こういうのは言いにくいが、それとなくしっかりと断らないとな。

 これでリーザさんも納得するだろうと俺を含めた他の人もリーザさんの横顔を伺う。

 だが、リーザさんはもっとぶっ飛んでいた!


「あー、そんな事かよ! あたしは見られたって構わないぞ!」


「「「「ちょっ!!!」」」」


 リーザさんが追い打ちをかけるように言う「そういえば、フミトは森の中にずっと住んでいたんだろ。だったらあたしが手ほどきしてあげようか。なあ、ゼルト。一回くらいなら構わないよな!」


 あちゃー、こっちの世界だとずっと森の中に居た事になってるからなぁ…リーザさんも冗談なのか本気なのか意味わかんねーし!


 俺がそう思っているとハンスさんが助けてくれた。


「おいリーザ、いい加減にしろ! フミトが困ってるじゃねーか! 俺が他の宿を手配してやるんだから、もうそれくらいにしとけ!」


「おーい、ドミニカ! ちょっとこっちに来てくれー」


 ハンスさんが奥に向かって誰かを呼ぶと中年の女性が出てきた。


「何だいあんた、あたしを呼んだかい?」


「おう、このフミトって兄ちゃんが泊まる宿を見つけてきてくれ。銅級の宿で出来れば風呂付きが良いって希望だが、もし空いてなければ別に風呂がない宿でも大丈夫だとよ」


「そうかい、わかったよ。アルフさんのところなんかどうかしらね? ちょっと聞きに行ってくるよ」


 ハンスさんの奥さんだろうか、俺はとりあえず礼を言う。


「申し訳ないです。お願いできますか」


「なに、すぐそこだから平気だよ。じゃあ行ってくるよ」


 そう言ってドミニカさんは早速外へ出ていった。


「よし、これで決まりな!」


 リーザさんの「ちぇっ! 今回は諦めてやる」という舌打ちと愚痴が聞こえたような気がするがハンスさんのおかげでとりあえず一件落着。

 俺はほっと胸を撫で下ろすのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る