7.本音と建前
狛の家の入ると、すぐ正面に襖がある。開かれたままのその奥はがらんどう、何もない部屋だった。その何もない部屋の縁側を二人と一匹は歩いている。
縁側には一面にガラスが張られており、蒸し暑い外界と隔絶されて涼しい。もう外は暗く、街の光も届かないためガラス張りでも家の周りが見えない。
しかし、ただ月と星の光が景色を彩っていた。
誰も何も言わず歩いている。足を拭かれた後、そのまま狛の腕に抱かれているハカセも、そしてハカセを落とさないように気を付けつつ感触を楽しんでいる狛も、そしてライトも。ただ彼女はチラリと月を見てすぐ目を逸らした。前を行く狛とハカセはそれに気付かなかった。
だからライトは漠然と空を見て歩いた。
玄関から縁側を通って凸のように繋がる廊下の奥に狛の本邸があった。本瓦屋根の平屋、古めかしい感じのするこの本邸は最近建てられたという。なら、がらんどうの部屋がある社の部分は何のために残しているのかとハカセが聞くと、意匠なのだと小角が言った。
「ここもニホン式邸宅なのですから、建て直す際に繋げておくとおしゃれだろうと思った次第です」
「おしゃれ……」
「はい。まぁ、古代からある建物という事で壊したくないという声もいただきましたし」
小角はそう言うと、テーブルの上に出した湯呑のお茶を一口含む。そしてゆっくりと音を立てないように茶托に湯呑を戻した。
「さて、ロケットを修理し飛び立つまでの滞留の許可と、杵を作るための素材を貰えないかという話でしたね」
小角の言葉に、いまはハカセを膝に乗せ畳の上に正座している狛がウンウンと頷きながら言う。
「ま、無理だよなおばあちゃん。先生にも上げなかったんだからさ」
「もちろん構いませんよ。処理場の物を好きにお使いになってください」
「ほら言ったろ~。勝手に使わせるわけには――へっ!?」
放心している狛をよそに「やったーーー!!」と叫んでライトが勢いよく万歳した。そして振り下ろした手のひらで胡坐の掻いた自分の太ももを叩く。ベチンと大きな音がした。
「痛った!! ひぃ、痛い! ――あ、ありがとう管理人さん!!」
「いえいえ。感謝されるいわれはありませんよ。あと、小角でいいです」
「な、なんで?」
狛は納得がいかない。まだライトがもちつきロケットを作った本人であるという事も祖母に話していない。危険物とそうでない物を区別できる人間であると話していない。そして、たとえそれを伝えてもライトの頼みは拒否されるだろうと狛は思っていた。前例があったからだ。
「先生には、あんなに必死に頼み込んでた先生には絶対に使わせなかったのに。危ないものがあるから取ってっちゃダメなんだって、おばあちゃん言ってたじゃんか」
「そうです。あの人はダメ。――大地。前にも話しましたね。
ふぅ、と一つ息を吐いて小角は続ける。
「このゴミ処理場において再利用可能な資源はすべて宇宙に返される。残りは最終処分されます。つまりここのゴミはそもそも、地球で生まれた私たちの物ではありません。ライトさんのような宇宙人のためにあるものです」
「そ、それなら先生もそうじゃん」
「あの人は危ない。犯罪者ですし」
「ラ……お姉さんはもちつきロケットで落ちて来たじゃねーか。――なぁハカセ、想いの力を使ったら犯罪者なんだろ?」
「そうだね。僕たちは追われる身だ」
大人しく狛に抱かれているハカセが返事をした。長い耳がピッと立って二人の会話を聞き逃さないようになっている。そしてハカセは意外にも自分たちの不利になることを小角に聞き始めた。
「たとえライトが宇宙人だとしても、犯罪者の手伝いをするのはどうなんだろう。危険、なのでは? しかもその原因となるもちつきロケットを飛ばす手伝いまで、ほんとにいいのかな」
「ダメでしょうね」
「えぇっ!?」
ハカセが素っ頓狂な声を上げて飛び跳ねた。狛は慌てて、その膝の上で跳ね上がるハカセを転げ落ちないようにそっと腕で抑えた。
ライトがハカセにジト目を向けて、非難の意思を示している。
「博士、余計なこと言わないで」
「い、いやすまないライト。けどまさかの返事過ぎて……。――あぁ。それでもゴミを使わせてもらえるという事なのかな」
「ええ。そういうことです。私は見て見ぬふりをしましょう。――ライトさんの服装はとても地球趣味で良い」
狛がポカンとした顔を浮かべる。祖母の言う地球趣味という言葉にどこか引っ掛かりを覚えた。
地球趣味とは字の通り、宇宙人(地球外にすむ人間)で地球の文化や慣習が好きな人のことを示す言葉だ。それはつまり今の人類にとっての古代を愛する人たちを意味する。
――地球趣味の人、嫌いって言ってなかったっけ?
小角は再びお茶を口に含んだ。そして相変わらず音もたてずに茶托に湯呑を置くと、まっすぐにライトを見据えた。
「……ふぅ。一目で気付きました。ライトさん。ユメミライトさん。ユメミサクラさんの娘さんですね」
「えっ。はい、そうです」
「あなたのお母さんには恩があります。それだけです。私があなたに協力する理由はそれだけ」
ライトの顔に明らかな驚愕が浮かんだ。彼女は目を見開いて、顎の力が自然と抜け落ち唇が薄く開かれている。まったく、想像もつかなかったという顔。そんなライトに小角が微笑んで続ける。
「サクラさんはお元気ですか? ここに来ることができないと理解していますが、やはり、まるで連絡もないと寂しいものです」
「あっ……」
ライトはひどく悲しい顔をした。そして何か逡巡し、覚悟を決めたかのように目を伏せる。そのまま、目を開けることなく続けた。
「お母さんはもう、いません。三年前に死にました」
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