4.とっても便利
「えっ、あの、いやそりゃ、ちょっと……」
「……あれ? 意外と渋られてる。即オッケーもらえると思ったんだけど」
ライトのお願いに苦笑いで返す狛に、彼女は思いもよらないといった顔をした。
そんなライトに、狛が耳を手で隠しながら話を続ける。弄くられた感触がまだ残っていた。
「いや、その、杵ってのが何かよくわかんねーけどさ、もちつきロケットを飛ばす手伝いって、それ犯罪でしょ?」
「えっ? そうなの博士?」
ライトはきょとんとして胸元のハカセを見た。ハカセが答える。
「もちつきロケットを飛ばす手伝いと聞くと捕まってしまいそうだよね。でも大丈夫だ狛少年。君にやってもらうのはもちつきロケットの発射装置を作るお手伝いだから、“想いの力”を君が使うわけじゃない」
「い、いやでもさ、もちつきロケットはそれ自体が違法だろ?」
「みんなそう思いがちだが、実は違う」
そう言うとハカセはライトのパーカーの裾から滑り降りた。そしてその場で身体を丸めると、筒状に丸められた紙を一枚、――そのお尻から口に挟んで取り出した。
「えっ」
狛が短く声を上げたが、ハカセもライトも何事もなかったかのように泰然としている。
取り出された紙はハカセの胴にすっぽりと収まるくらいの大きさに丸められている。そしてハカセはその両前足で器用に地面にそれを広げた。
紙の表には何かしらの数式と、幼い子どもが描いたようなラクガキがある。それに対して裏はまるで使われていないかのように真っ白だった。
ハカセがその真っ白な紙面に鼻先をつける。するとピヨンと音がして、たちまち鼻先に接地した面から光が線状に流れ出す。それは真四角のモニター部とキーボード部の輪郭を二次元的に形作った。
モニター部は淡く輝き、すぐに『こんにちは、ハカセ』という文字が浮かび上がる。狛はその文字が読めないが、光線が紙面上に作った平面図形が地球にもありふれたパソコンの形状であることからそれだと理解できた。
ハカセはキーボードを器用に操作すると、そのモニターが狛によく見えるように上下を回転させた。そこには狛にも読めるように翻訳された宇宙航行法の条文が表示されている。ハカセはその中の一文に前足を伸ばし、たしたしと叩いた。
「ここだ。危険物使用に関わる罪の一覧にある『想いの力、およびそれに伴う石餅の使用を禁じる』。実はね、法律にはこの文面しか書かれていないんだ。つまり、人の想いを蓄えるとされる謎の物質“石餅”、それを使ったロケット“もちつきロケット”を飛ばさなければ犯罪ではないということだね」
「え、っと……ど、どういうこと?」
――いまのなに!?
狛の脳裏には先ほどの映像がリピートされている。お尻から紙を口に挟んで取り出した白うさぎの映像だ。いまの狛にはハカセの話が全く頭に入ってこない。
「つまり。今から狛少年に手伝ってもらう、もちつきロケットを飛ばすための専用装置“杵型射出機”略して杵。これを作るになんの違法性もないってことだね」
「あ、あ~。な、なるほど……」
狛はとりあえず頷いた。もしかしてさっきのは何かの見間違いなのだろうかと思う。
――いや、ならこのパソコンどっから取り出したんだよ。
ハッキリさせたい。しかし問いただそうにも聞き辛い。それに当の本人は平然としているし、ライトに至ってはいつの間にかその手をハカセのお尻に突っ込んで――。
「ッハァ!?」
「っとビックリしたぁ!? なになにどしたのコマ君?」
「やれやれ狛少年。さすがの僕も耳が跳ね上がってしまったよ」
そう言いつつも平静を保ったまま喋るハカセのお尻には、ライトの指が埋まっている。
「それだよ! それそれ!! 何してんだよ!」
「えっ? 暗くなる前に取ろうと思って――これ」
そう言ってライトがハカセのお尻から取り出したのは、ペンの形の小さな懐中電灯だった。
「ハァ!?」
「な、なに? どうしたの?」
「な、何もどうしたも……」
「落ち着くんだ狛少年。何があった?」
ハカセが至って冷静に狛を見つめる。そのつぶらな赤の瞳が狛を映し、
「――あ、そっかぁ」
そしてライトがそのお尻に指を突っ込んだ。
「はいこれ、コマ君の分ね」
無造作に取り出されたのはさっきと同じ懐中電灯。色違いだった。
相変わらずの笑顔で、ライトは狛の目の前にそれを差し出す。
「言ってくれればすぐ出したのに~。コマ君も明かり持ってないと怖いよね」
「なんだそういうことか。こういうことは恥ずかしがらずに言ってくれよ狛少年」
「ち、ちがぁーう!! そうじゃねーよ!!」
狛は差し出された懐中電灯を軽く押しやった。払い除けようとも思ったが、それは何だか気が引けた。
「何なんださっきから! なんでケツから物が出てくるんだよ! なーんでケツに手を突っ込まれて無反応なんだよ!!」
「えぇっ!? 変かな?」
「変だよ! 変態だよ!!」
「そ、そうなの?」
ライトの顔からは笑みが消え、その目はグルグルと回りだしている。口元はアワアワと震え、懐中電灯を一つずつ握る両手も所在なさげに空を泳ぎ始めた。
そんなライトと違って、ハカセはハッキリと不満そうに鼻を鳴らした。
「失礼な。僕は変じゃない。ただ荷物をお腹に保管できるうさぎというだけだ」
「なんつー機能つけられてんだよ。ケ……お、お尻に手を突っ込まれてんだぞハカセ。痛くないのかよ!?」
「不満はない。痛みもない。――むしろ気持ちがいい」
「ハァ!?」
「勘違いするな狛少年。役に立てて嬉しいという意味だ」
そう言い切るとハカセはプモプモと可愛らしく鼻を鳴らした。そして自信たっぷりといった声色で続ける。
「キュートなだけでなく、ロボットとして有用な存在。愛玩的かつ聡明でカバンにもなる他方向に有益なうさぎ。それが僕だ」
「えぇ……」
――いや、まぁ本人が良いならいい、のか?
どうやらハカセはそれが普通でないと分かった上で、それで良いと思っているようだった。
お尻から物が取り出せる変態仕様を本人が良しとするなら、狛には文句をつける理由がない。しかし様子がおかしいままのライトを見て、さっさとこの場から離れたいと思った。
狛が思うに、彼女はその異常性に気付いていなかった。だからこそ自分の言葉にこんなに動揺しているのだ。
――関わっちゃいけない人たちだ……。
「そっか。じゃ、俺、帰るから」
「――ハッ! ま、まってコマ君! まだお返事聞いてない!!」
「お断りだ! ――あっ! ゴミ漁りしないでくれよ! おばあちゃんに怒られるから!」
狛は踵を返すと頭だけを振り返ってそう言い残し、足早にこの場を去っていく。ライトはそんな彼の後ろについて歩いた。
それに気付いて、狛は足を止め振り返る。
「なんでついてくんだよ!? ――ってちょっ、近い!」
ライトの足は止まらなかった。彼女にグングンと距離を詰められ狛の顔は赤く染まる。
二本の懐中電灯はライトの左手にまとめられ、そして狛の肩にはライトの右手が乗せられた。狛の鼻先に触れそうなほど彼女の顔が近づいて、その頑なな瞳が真っ直ぐに彼を射抜く。
「お家に帰るんでしょ? ――ゴミ漁りしない訳にいかないの。だから、管理人さんに挨拶しなきゃ」
「え、え、あの、む、無理だと思うけど……。明日にはおばあちゃん来るからその時に――」
「ダメダメ! お願いしに行くんだから!! コッチから挨拶しに行くよ!」
すればいいじゃん。と続けようとした狛の台詞に被せるようにライトが言った。
鬼気迫るライトに怖気づいてか狛は口ごもり、顔からつま先まで茹だったように真っ赤に染まる。耳もピンと張り詰めて解けそうにない。
「……というわけだ狛少年。どうか案内を頼めないだろうか」
狛の背後からハカセの声がした。いつの間にかパソコンをどこかへ仕舞ったハカセは、いまは狛をライトと挟むようにして彼の行く道を塞いでいた。
そしてその声に狛が振り返り、彼はハカセのお辞儀を見た。あの時のそれに加えて、小首を傾げたうさぎを見た。
「――ッハァ!!」
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