3.ゴミ漁りの少女
日が沈みかけて空が赤く染まり始めた頃、ハカセに連れられて狛がやっとたどり着いた場所には、大きな臼型ロケットが頭を地面に突き刺していた。本来下部についているはずの“
もちつきロケット。十数年前に全機廃棄処分されたはずの、想いの力で飛ぶロケット。世にも奇妙なよく分からない力で飛ぶロケットだ。
全長15メートルほどの寸胴ボディの先端は平たくできており、よってもちつきロケットは空を飛ぶには少々不格好な臼の形に出来ている。今地面に突き刺さっているこれは頭が見えないため、通常のそれとは異なり先端が尖っているかもしれないが。
しかし細かなゴミさえも見当たらないほど地面が露出した場所に廃棄物が落ちることは珍しいことだった。ゴミだらけでまともな道さえないような所なのに、まるでもちつきロケットを入れてやろうとゴミが意思を持ったかのように、その付近だけぽっかりとスペースが空いていた。
――反重力力場に囚われて、地面に突き刺さるような衝撃もなかったはずなんだけどな。にしても――。
「廃棄にしちゃ新しいな」
「ふーん。狛少年はやはり、ロケットが落ちてきたことに驚かないんだね」
「あーまぁ、見慣れてるから。もちつきロケットは初めて見るけど」
廃棄されたロケットや宇宙船そして人工衛星は年に何度かこのゴミ処理場へ落ちてくる。ここへ落ちてくるのがそのくらいだから、地球に落ちてくるのは一日に一機では済まないだろう。
「当然だね。もちつきロケットは十数年前に全機廃棄処分されているのだから」
「ん、あれ? やっぱそうだよな。じゃあこれは何なんだよ? もちつきロケットじゃねーのか? てか、ハカセの友達ってどこにいんの?」
「質問が多いよ狛少年。次からは一つずつ分けて聞いてくれ。――さて僕の友達は……」
周囲を探るようにハカセが首を伸ばし鼻をひくつかせる。小さなお手々(両前足)が畏まるようにお腹の前に収まっていて狛はつい目を奪われてしまう。
――ワザとじゃないなら気を付けてほしい。
ガシャリ。とその時ロケットから少し離れた所にある積み重なったゴミの塊から音がした。
狛が慌てて視線を音のした方へ向け直すと。
「――!?」
そこには口をあんぐりと開け目を丸くした少女がいた。
――ヤバイ。
ゴミをあさっていたのだろうか。少女の顔は煤けているし、服も油と鉄さびで少し汚れている。
なによりボケっとしたような表情がバカっぽいと狛は思う。
――なのに。
「あっ、えっ、あんたがハカセの?」
「アッ!? ワ、ワレワレハ! ウチュウジンデス!」
「……は?」
「ヘッ!? アッ! ウチュウジン! キタヨ! ワタシ! ソウヨ!」
少女はカタコトで訳の分からないことを言いだした。どうやら本人も上手いこと話せていないと理解しているようで、ボディーランゲージでどうにかしようとしている。そうして腕をワタワタと振り回し、焦り切った表情でカタコトの言葉を発する彼女の姿はコミカルに過ぎていた。
狛はそんな少女を見ているうちに、いつの間にか乱れていた呼吸が不思議と落ち着いていくの感じていた。
――良かった。ただのバカみたいだ。
狛がそうして胸をなでおろした一方、ハカセは「あちゃー」と言いたそうに右前足を頭に当てて鼻息を鳴らす。
「やれやれ。狛少年、すまない。彼女は翻訳機に頼らずに話そうとしているようだ。やめさせてくる」
ハカセはうさぎらしく跳ねる動きで少女に近づくと、その胸に文字通り飛び込んだ。
「ほら大人しく耳に付ける! さっき学んだばかりの言葉でどうして頑張ろうとするかな」
「ウゥウ――だ、だってぇ、こういうのって覚えたらすぐに使いたくなっちゃうでしょ?」
言われ、首にかけていた翻訳ヘッドフォンを渋りながらつけた少女の声が狛の耳に響いた。それは翻訳ヘッドフォンから発された機械越しの声でありながら、そよぐ風のような心地良さを彼の耳に連れてきた。
使用者の生声を忠実に再現するこの機械は、その口の動きに合わせて作られた声を発するため、ほとんど違和感なく会話をすることが可能になる。
改めて少女をよく見てみると地球の人の格好をしている。薄手のTシャツの上に半袖のパーカーを着てチャックは胸元まで閉めて、健康そうな足にはハーフパンツを履いて、靴はスニーカー。街中でも見かけそうな普通の女の子の服装だった。
――どこから来たか知らないけど今でも宇宙に出るのに宇宙服は必要なはずだし、なにより地球外の人は地球で宇宙服を脱ごうとしないのに。
恐らく少女は地球に溶け込もうとしたのだと狛は考える。しかしそこまでやってどうしてか髪は綺麗な桜色。肩まで伸ばしていた。
――お姉さん、そりゃ目立つよ。ただでさえ……。
「こほんっ! 改めまして宇宙人です! 始めまして!」
「……あー、ども」
――残念な人なんだろうな。話しやすくて助かるけど。っていうか、
「ハカセの友達っていうからてっきりロボットかと思ったけど……お、お姉さんは人だよね?」
「月から来ました。人です!」
そう言って少女は胸にハカセを抱いたまま片手で敬礼のポーズをとった。ビシィッ、という効果音が鳴りそうなくらい緩急の付いた素早い動きだった。
少女は敬礼のポーズをとったまま表情をどこか固くして話を続ける。
「あ、あんまり騒がれると嫌だから私がここいることは内緒にしてもらいたいです!」
「ん、まぁ俺は言わないけどさ。おばあちゃ……管理人がなんて言うかは知らないよ」
「……むぅ?」
少女は口を軽く尖らせ、困ったようなふにゃけた顔をした。そして敬礼をやめるとその顔のままゆっくりと狛に向け歩いてくる。
この時、狛はもちつきロケットを注視しており、彼女が向かって来ていることに気づいていない。彼は話を続ける。
「これ廃棄物じゃないよね? 見た目もちつきロケットだし、だとしたら宇宙航行法違反の違法ロケットだよね。なんでここに落ちて来たか知らないけどそういう物をここに置いとくわけには……って近くね?」
「はしっ!」
「ッハァ!?」
狛が少女に耳を捕まれ跳ね上がった。
「すご! モフモフしてる! 意外とコリコリしてる!!」
「ちょっ!? や、やめ……なにして……なにしてんだ!」
どうにか振りほどいたものの、ほとんど揉みしだかれたせいで少女の手の感触が耳に残っている。また触られてはたまらないと思って狛は少し距離をとった。
息を切らした狛に対して少女はニコニコ笑っている。
「いやぁ、触りたくて。ゴメンゴメン。尻尾は退化してるんだよね、残念だなぁ。――ねぇ博士、この子はどうして連れてきたの?」
いつのまにか少女のパーカーと胸の間に収まっていたハカセが顔だけを出してそれに答えようとする。いまはちょうど狛の顔と同じ高さにハカセの顔があった。
「彼は次代の管理人として僕たちを探しに来たらしい。12才の若さで立派な少年だろう? 彼に手伝って、もらうのは、どうかとっ、思ってっ」
「へー、じゃあけっこう私と年近いんだね」
「ちょ、ちょっと待て。手伝うってなにを?」
狛がそう言うと、少女はそのパーカーの裾から足をばたつかせているハカセを自分のお腹に手をやって抱きかかえ、大きく息を吸った。
「改めてはじめまして! ユメミライトって言います! 君の名前は?」
「あっ。……こ、狛大地、です」
「良い名前だね! ――ねぇコマ君、私と一緒に杵つくろーよ! つまりね、このもちつきロケットを飛ばすためのお手伝いをしてほしいの!」
そう言って笑う少女の口元には白い歯が光っていて、夕焼けに染まる廃棄物の中で無邪気に浮かび上がっていた。
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