第1部:ウソツキ恐怖症
第1話:聖なる夜
彼女の姿が見えた瞬間、この胸を打つ鼓動がどんどん早くなる。
「山本くん、どうしたの?」
とは言いながらもこの状況を理解しているのか彼女の頬は少し赤い。
「あ……あ、あの……お、俺と付き合ってください!」
「えっ……」
中学校三年生。修学旅行二日目の夜、ついに俺は学園のマドンナである
「あ、いや、あの、来てくれてありがとう。順番ぐっちゃぐちゃだけど、ていうかもう言っちゃったんだけど、入学した時からずっと好きでした。だから……俺と付き合ってください!」
「あぁえーと……こんな私でよければよろし──」
『よっしゃ、でかしたぞ雅弥!!!』
隠れて見ていた友人二人が俺を祝福する。
その勢いに圧倒され彼女は目を丸くしている。
「お前ら出てくんなって!」
「こっちまでドキドキしてたんだからな!」
「智也、絋大。静かに見守ってくれっつったよな。尚登を見習え!」
友人二人の後ろでクールな塩顔が呆れ顔でこちらを見ている。
「おい、お前。放置プレイはダメだぞ」
「そうだ、マドンナを雑に扱うな」
「いやお前らのせいだろ」
「……ふふふっ」
『マドンナが微笑んだ!』
「もういいからお前ら帰れ!」
調子づいて囃し立てる友人たちから彼女を離すために友人たちを男子部屋の方へと押し返す。
「ごめんね、佐野さん。もう帰ろっか」
「そうだね、消灯の時間も近いしね。じゃおやすみっ」
「うん、おやすみ!」
「あっ、静かにね。先生たちに見つかっちゃうよっ」
彼女に指摘され、俺は「ごめんごめん」と笑いながら返す。
「ふふふ、じゃあまた明日」
彼女は笑顔で手を振り、自分の部屋へ帰っていった。
翌朝、既に俺と彼女が付き合いはじめたという噂は学年全体に広まっていた。
男たちの視線が突き刺さっているのをひしひしと感じ、本気で闇討ちを心配した。まだ死にたくない。
木々の緑はとうに裸になって今はもう北風が吹き曝している。あの修学旅行からは真逆の季節だ。
「……というわけだ」
「それは問題だろ!」
「男なら男らしく正面から行けよ!」
「……智也、それはそれで問題だぞ」
最近はほとんどが俺の恋愛相談で、放課後は俺の家に四人で集まっている。
そして明後日はついに初めてのクリスマスが迫ってきていた。もっと言えばクリスマスは俺たちの七ヶ月記念日なのだ。
初めてなのはもちろんのこと、学園のマドンナと俺がこんなに続くと思ってなかったから余計に悩んでしまう。
ちなみに相談を受けてもらっているのは
中学の入学式の帰り、意気投合して以来の仲の
修学旅行で告白した時にも見守ってくれていた三人だ。
智也は見た目も心も漢って感じで筋肉バカでうるさい。
尚登は智也と対照的にスラッと高身長で色白、ナチュラルな栗色の髪。アニメの世界から飛び出したのかってぐらいにイケメンでモテる。
絋大は優しくて人懐っこい。どちらかと言うと可愛いタイプ。
それぞれ違うタイプだから意見も三者三様ですごくありがたいのだ。
「じゃ明後日は頑張るよ。ありがとな!」
「おう、漢見せろよ。あ、あと、お姉ちゃんによろしくな!」
「マドンナは大切に扱えよな!」
「あの場所に連れて行けばきっと喜んでくれる。頑張れよ」
本番は明後日だ。友人にも背中を押され、必ず特別な日にすると誓いを立てた。
そして迎えた七ヶ月記念日は狙わずして訪れたクリスマス当日。
待ち合わせ時間よりも大幅に早く着いた俺は屋内施設に入ることもなく、待ち合わせ場所である時計台の下でジーッとしている。
「寒すぎる……」
北風が顔に突き刺さる。早く着きすぎた俺が悪いのだが、早く来てくれないかと願ってしまうのはあまりにも自己中心的でエゴイストだ。
なんて少し自棄になっていると遠くの方から俺を呼ぶ声が聞こえる。
「雅弥ぁー!」
いや、あの、違うんです。そんな登場の仕方を願っていたわけじゃないんです。
ただこれも自己中な自分に下った天罰だと受け入れるしかないのだろうか。
「静かに現れてくれないか。すごく恥ずかしいぞ」
「雅弥見つけたら我慢出来なくて」
天真爛漫な夏姫の笑顔が可愛くて「まあいっか」なんて思ってしまう。
「……ほら行くぞ」
「うんっ!」
差し出す俺の手に彼女の手が重なる。
この笑顔を見るだけでいつだって温かい気持ちになれるから不思議だ。
「はぁ。映画っていいけど疲れるよね。ずっと同じ体勢だし。リクライニングシートとかだったらいいのに」
「名前の如く姫かよ。まあいいけど」
上映が終わったシアタールームで余韻に浸る俺に現実へ引き戻すように夏姫が能天気に話す。
「ねえ雅弥、次は私をどこに連れて行ってくれるの?」
クリスマスとはいえ中学生にはショッピングモールくらいが精一杯だった。
ゲーセンで遊んだり、プリクラを撮ったりもしたがまだ外も明るい時間帯だ。
「お腹空かない?」
「空いたといえば空いたかな」
「じゃあフードコートに行こうか。人の圧がすごそうだけど」
とりあえずフードコートで少しでも多く時間を潰さなければならない。
退屈に感じるかもしれないがそこは俺の話術で楽しませるしかないな。
「そうだね、でも体力つけておかなきゃだもんね……」
……え、えっと。
「はは、体力なんてつける必要あったっけ?」
「……ううん、なんでもないよ、ごめんね」
俺はなんてことをやってしまったんだ。テンパって変な探り入れた結果、苦笑いしながら謝られた。
きっと今夏姫はすごく勇気を振り絞ってくれたはずなのに。男として最悪なことをしてしまった。
「とりあえずご飯食べよ?」
「そうだな。よし、ガーリックライスとカルビ弁当食べようかな!」
この精力をつけるアピールでさりげなくフォローをする算段だ。これでまた笑ってくれればいいんだけど。
「……ねえ雅弥、本当にこの後のこと考えてる?」
「え、そりゃもちろ──あぁ!?」
笑ってほしいと願った夏姫は笑うどころか怪訝そうな表情を浮かべている。むしろ引いているまである。
「いやそういうつもりでは……ごめん」
「分かってるよ。気を遣ってくれたんでしょ?」
かと思えば怪訝そうな表情もふっと緩めて優しく笑ってくれた。なんでも分かってくれるのはありがたいが、全てを見透かされてそうで複雑な気持ちになる。
「あぁー食べた!」
「いやぁ、美味しかったな」
結局夏姫は月見うどん、俺は天ぷらそばにした。
お互い話すのが楽しくて気づいたら外も暗くなりはじめていた。
「じゃあ行くか」
「え、うん……」
「心配しないで、まだ帰さないよ」
「う、うんっ!」
今日はこれで終わりなんて絶対にさせない。
君のその笑顔をいつもよりもっと輝かせるから。その笑顔を俺だけの宝物にするんだ。
「夏姫に見せたいものがあるんだ」
「何何ー?」
「この丘を登ったらわかるよ」
日も暮れてきた頃、夏姫の手を取ったまま少し小高い丘へと連れて行く。
「雅弥、これすごいよ。こんなの見たことないや」
「……あぁ、俺もこれは想像以上だ」
この前、絶好のデートスポットを探している時に尚登にこの場所をこっそり教えてもらっていた。
彼女の尽きない尚登はデートスポットに関して色々と詳しいみたいだ。
「……これだけじゃないんだ」
「え?」
俺はおもむろにバッグから小さい紙袋を取り出す。
「はい。クリスマスプレゼントだよ」
「え、ありがとう!」
「開けてみてもいいよ」
今まで以上の笑顔を終始見せてくれている夏姫から俺は最高のプレゼントを貰っている。
「うん……あ、ネックレスだ!」
「安いんだけどね。夏姫と俺のお揃いの何かが欲しいなと思ってて」
「……嬉しい」
「喜んでもらえてよかった……最後にさ、ついてきてほしいとこあるんだけど。いいかな?」
「え、うん。いいけど」
そのあと綺麗に飾られたイルミネーションの前で二人で記念に写真を撮り、最後に「ある場所」へと向かう。
「ここだ」
「……えっと、ここは──」
「俺の家だ」
「え、雅弥ん家!?」
「ダメだったか?」
「……いいけど、色々と準備が」
「さっき体力つけなきゃって言ってたよな?」
「うっ……うん、言った」
顔を赤くして俯いたまま俺の手をぎゅっと握る夏姫が愛おしくてたまらない。
抱きしめたい衝動をぐっと堪えたまま、大人へのエントランスとも言える玄関の扉を開く。
「ただいま」
誰もいない家に俺の声だけが響く。
「おかえり、雅弥。待ってたわよ」
「えっ……」
予想だにしない人の登場に俺は言葉を失った。もちろん隣にいる夏姫も口をあんぐりと開けている。
「聖なる夜に私以外の女と過ごそうなんて。浮気者」
「雅弥、どういうこと?」
たった今俺の人生は終わりを告げた。
君のついた嘘なら 千波那智 @nachipoyo_y
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