第6話 窓居圭太と榛原ミミコ、呼び出されて五反田に向かう
ミミコとぼく、そしてわが姉しのぶと
「ミミちゃん、ついに、来たようだね」
「ええ…」
ミミコがおそるおそる到着したメールを開けると、そこにはこう書かれていた。
「ミミコ、待たせたな。ここではくわしい事情は書けないが、
そこでメールは終わっていた。
「ミミちゃん、これ、ヤツ本人からので間違いないよね?」
ぼくはミミコに尋ねた。
「たぶん、間違いないと思います。
「ぼくも、そう思うよ。赤の他人がこれを書いたとは思えない。文体から考えても。
もちろん、誰かがぼくと榛原のつながりをあらかじめ知っていて、この文面を彼になりすまして書いた、という可能性もまったくゼロではない。
また、誰かが榛原本人にそう書くように強要したという線も十分考えられる」
「そうですね。いずれにせよ、この呼び出しは、ただマー兄に会いに行けるようになったというよりは、なんらかのワナである可能性が濃厚でしょうね」
「うん。100パーセント、トラップであると言っても構わない。
特に気になるのは、榛原がぼくらに何かお金あるいは品物を持って来てくれとは、ひとことも言っていないことだ。
身ひとつでやって来い、ということは、物品を奪われる代わりに、最悪ぼくらの
「ですね」
ミミコは真剣な表情でうなずいた。
ぼくは姉と明里に向かい、こう言い放った。
「さてお姉ちゃんズよ、そういうことでぼくとミミちゃんはこれから五反田まで行かねばならない。
きみたちには、おとなしく留守番でもしていてもらおうか」
これには、姉がフグのような膨れっ
「えーっ、そんなぁ〜。けーくんとミミコちゃんが心配だわ。絶対、危ないって」
明里もこれに続いた。
「せや。あんたらふたりだけで現場行くんは、火中の栗を拾うようなもんや。
うちらも一緒でないと、絶対あかんて」
そしてふたりは「行ーかせろー、行ーかせろー」という派手なシュプレヒコールをやり始めた。そのうるさいのなんのって。
こうなると、もう手がつけられない。欲しいオモチャを前に寝転んで駄々をこねる子どもみたいなものである。
「分かった、分かった。来てもいいことにしてやるよ」
ぼくのそのひとことを聞くと、ふたりは途端におとなしくなった。
「ただし、4人一緒に行動するのはダメだ。
ふたりで来いという向こうの要求に反するというよりは、いざというときに多人数だと小回りが利かず、リスクが増すからな。平たく言うと立回りの時、きみらふたりが足手まといになる。
先方とコンタクトをする役目は、あくまでもぼくとミミちゃんだけがやる。
きみらは少し離れた場所にいて、後方支援に徹してくれ」
ぼくがそう指示すると、ふたりは「わたしたち、やっぱり日影者なのね。悲しい〜」「うちら、お荷物なん?」と不満げだった。
だが、結局「しのぶちゃん、この際しゃーねーわ、けーくんのゆーこと、聞くことにしよ」「そうね、行けないよりはマシかな」ということで、ぼくの提案を受け入れてくれた。
それから10分後、ぼくとミミコ、姉しのぶと明里はふたりずつ連れだって、榛原家の近くにある
⌘ ⌘ ⌘
五反田という街を、ご存知だろうか。東京の
五反田は、実にふしぎな街である。鉄道が3路線も交差している、つまりけっこうな人数の客が毎日乗り降りしているもかかわらず、デパートがひとつもないのだ。
映画館もひとつもない。そして若者が踊りに行ける場、ディスコやクラブもない。家電屋、パソコンショップもない。
沢山あるのはパチンコ屋、バーやキャバクラ、パブといったぼくたち未成年の者は足を踏み入れてはイケナイ場所ばかりである。ゆえに中高生には不人気だ。
こんな奇妙な繁華街が、東京のターミナル駅にあるのだ。
ぼくは生まれてからずっと
まるで、歳月の流れに取り残されたかのような場所なのだ。
「だいたい、待ち合わせ場所からして、いかにも五反田っぽいR18なところだよな。ホント、ぼくらが行っていいの?
まぁ、昼間で営業時間じゃないからいいのか」
ぼくがそう言うのを聞いて、ミミコがクスリと笑った。
「確かに、おかしな場所を指定してきたものですよね。
マー兄のイメージと、まるでつながりません」
それを聞いて、明里が隣りから茶々を入れてきた。
「店名から察するに、コスプレパブなんやないの?
ほら、即席麺で『ど●兵衛』てあるやん。
あのCMで女優さんがキツネ耳つけて『コーン』とかやってるのを、そのままパクった萌えパブなんちゃう?」
そういうキツネっ
「最近はそんなのが商売になってるのか?」
「ケモナーちゅうて、ケモ耳萌えなオタクがけっこういるらしいで」
「そのセンス、ぼくにはまるで理解できないな」
そんな
榛原の指定してきた有楽街の、サファイアビルの所在地は、スマホで検索したら一瞬で分かった。
マップアプリでそのまま表示してくれる。まさにスマホさまさまである。
駅から歩いて5分足らず。ぼくたちはビルの前に到着した。よくある、夜商売のお店ばかり集めた雑居ビルである。
昼間の午後3時ということもあって、周辺、そしてビル内もほとんど
ぼくはお姉ちゃんズにこう言った。
「とりあえず、ぼくとミミちゃんは5階の店に行くが、きみたちは別のフロアで待機していてくれ。
今の時間ならたぶん誰もいないんで、人目も気にせずに過ごせるだろう。
何かあったら、スマホで連絡する」
「そうなのね。分かったわ。
でも気をつけてね、けーくん。お姉ちゃん、ふたりがとっても心配」
「うちら、いつでも
「ありがとう、ふたりとも。いざという時は、呼ぶから」
ぼくとミミコは先にエレベーターに乗り込み、5階へと向かった。
5階に着いたぼくたちは、まずそのフロア全体の様子を見回した。
店は全部で3軒。
すべて、「会員制」というプレートの貼ってある、大きな扉を持つ店ばかりだった。
そして、問題の店「パブきつねっ
「さぁ、今からドアを叩くけど、心の準備は出来たかい、ミミちゃん」
ぼくはさすがに緊張の色を隠せないミミコに声をかけた。
「うん、大丈夫です。圭兄こそ、このまま中に入っちゃってもいいの?」
彼女から見れば、やはりぼくもガチガチな感じなのだろう。
「うっ……じゃあちょっと、深呼吸するね」
はぁ〜っ」
ひと息入れて、気持ちが固まった。
何か起きてもなんとかなるはず。こうしてそばにミミコ、そしてお姉ちゃんズもいる。
ぼくは「きつねっ
ドアが少しだけ外に開いた。中はごく薄い照明だけなので、開けた人間の顔がろくに見えない。
聞き覚えのある低めの声がした。
「和紙は?」
わしは? ん、何だそれ?
あぁ、榛原のメールにあった合言葉か!
「日本橋」
ぼくはそう、ひとこと言った。
再び、聞き覚えのある声で、
「どうぞお入りください」
彼、榛原の言葉に引き込まれるようにして、ぼくとミミコは店内に足を踏み入れたのだった。(続く)
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