第6話 窓居圭太と榛原ミミコ、呼び出されて五反田に向かう

榛原はいばらミミコのスマホに、失踪した兄、マサルからのメールが来た。


ミミコとぼく、そしてわが姉しのぶと従妹いとこ明里あかりに極大値の緊張が走った。


「ミミちゃん、ついに、来たようだね」


「ええ…」


ミミコがおそるおそる到着したメールを開けると、そこにはこう書かれていた。


「ミミコ、待たせたな。ここではくわしい事情は書けないが、圭太けいたと一緒に午後3時、五反田ごたんだ駅東口、有楽街ゆうらくがいの一番はずれにあるサファイアビルの5階、『パブきつねっ』まで来てくれないか。入口で合言葉を聞かれるから、「日本橋にほんばし」と答えてくれ」


そこでメールは終わっていた。


「ミミちゃん、これ、ヤツ本人からので間違いないよね?」


ぼくはミミコに尋ねた。


「たぶん、間違いないと思います。圭兄けいにいの名前を出して、ふたりで来てくれと言ってきたことから考えて、別の人間がマーにいになりすまして書いたようには思えません」


「ぼくも、そう思うよ。赤の他人がこれを書いたとは思えない。文体から考えても。


もちろん、誰かがぼくと榛原のつながりをあらかじめ知っていて、この文面を彼になりすまして書いた、という可能性もまったくゼロではない。


また、誰かが榛原本人にそう書くように強要したという線も十分考えられる」


「そうですね。いずれにせよ、この呼び出しは、ただマー兄に会いに行けるようになったというよりは、なんらかのワナである可能性が濃厚でしょうね」


「うん。100パーセント、トラップであると言っても構わない。


特に気になるのは、榛原がぼくらに何かお金あるいは品物を持って来てくれとは、ひとことも言っていないことだ。


身ひとつでやって来い、ということは、物品を奪われる代わりに、最悪ぼくらの生命いのちを差し出さなくてはいけない事態もありうるということだ。


重々じゅうじゅう、用心してかからないといけないな」


「ですね」


ミミコは真剣な表情でうなずいた。


ぼくは姉と明里に向かい、こう言い放った。


「さてお姉ちゃんズよ、そういうことでぼくとミミちゃんはこれから五反田まで行かねばならない。


きみたちには、おとなしく留守番でもしていてもらおうか」


これには、姉がフグのような膨れっつらになった。


「えーっ、そんなぁ〜。けーくんとミミコちゃんが心配だわ。絶対、危ないって」


明里もこれに続いた。


「せや。あんたらふたりだけで現場行くんは、火中の栗を拾うようなもんや。


うちらも一緒でないと、絶対あかんて」


そしてふたりは「行ーかせろー、行ーかせろー」という派手なシュプレヒコールをやり始めた。そのうるさいのなんのって。


こうなると、もう手がつけられない。欲しいオモチャを前に寝転んで駄々をこねる子どもみたいなものである。


「分かった、分かった。来てもいいことにしてやるよ」


ぼくのそのひとことを聞くと、ふたりは途端におとなしくなった。


「ただし、4人一緒に行動するのはダメだ。


ふたりで来いという向こうの要求に反するというよりは、いざというときに多人数だと小回りが利かず、リスクが増すからな。平たく言うと立回りの時、きみらふたりが足手まといになる。


先方とコンタクトをする役目は、あくまでもぼくとミミちゃんだけがやる。


きみらは少し離れた場所にいて、後方支援に徹してくれ」


ぼくがそう指示すると、ふたりは「わたしたち、やっぱり日影者なのね。悲しい〜」「うちら、お荷物なん?」と不満げだった。


だが、結局「しのぶちゃん、この際しゃーねーわ、けーくんのゆーこと、聞くことにしよ」「そうね、行けないよりはマシかな」ということで、ぼくの提案を受け入れてくれた。


それから10分後、ぼくとミミコ、姉しのぶと明里はふたりずつ連れだって、榛原家の近くにある本町ほんまち駅へと向かったのだった。


       ⌘ ⌘ ⌘


五反田という街を、ご存知だろうか。東京の山手線やまのてせん30駅、少し前までは29駅だったのがやたら長ったらしい名前の新駅が増えたせいで30ちょうどになったわけだが、そのひとつ、五反田駅を中心とする市街地を。


五反田は、実にふしぎな街である。鉄道が3路線も交差している、つまりけっこうな人数の客が毎日乗り降りしているもかかわらず、デパートがひとつもないのだ。


映画館もひとつもない。そして若者が踊りに行ける場、ディスコやクラブもない。家電屋、パソコンショップもない。


沢山あるのはパチンコ屋、バーやキャバクラ、パブといったぼくたち未成年の者は足を踏み入れてはイケナイ場所ばかりである。ゆえに中高生には不人気だ。


こんな奇妙な繁華街が、東京のターミナル駅にあるのだ。


ぼくは生まれてからずっと池上いけがみの地に住んでいて、蒲田かまたに次いで2番目に近い繁華街ということもあり、五反田には両親や姉とともに何百回となく足を運んでいるが、そこの街並みはここ10年ほどほとんど変化がない。


まるで、歳月の流れに取り残されたかのような場所なのだ。


「だいたい、待ち合わせ場所からして、いかにも五反田っぽいR18なところだよな。ホント、ぼくらが行っていいの?


まぁ、昼間で営業時間じゃないからいいのか」


ぼくがそう言うのを聞いて、ミミコがクスリと笑った。


「確かに、おかしな場所を指定してきたものですよね。


マー兄のイメージと、まるでつながりません」


それを聞いて、明里が隣りから茶々を入れてきた。


「店名から察するに、コスプレパブなんやないの?


ほら、即席麺で『ど●兵衛』てあるやん。


あのCMで女優さんがキツネ耳つけて『コーン』とかやってるのを、そのままパクった萌えパブなんちゃう?」


そういうキツネっならリアルでも身近にひとりいるけどな。(さすがに神使しんしではないミミコの手前、あやかしの話は出来ないので、これはぼくの心中の声だ)


「最近はそんなのが商売になってるのか?」


「ケモナーちゅうて、ケモ耳萌えなオタクがけっこういるらしいで」


「そのセンス、ぼくにはまるで理解できないな」


そんな益体やくたいもない会話をしているうちに、ぼくたち4人を乗せた私鉄電車は終点の五反田駅に到着した。


榛原の指定してきた有楽街の、サファイアビルの所在地は、スマホで検索したら一瞬で分かった。


マップアプリでそのまま表示してくれる。まさにスマホさまさまである。


駅から歩いて5分足らず。ぼくたちはビルの前に到着した。よくある、夜商売のお店ばかり集めた雑居ビルである。


昼間の午後3時ということもあって、周辺、そしてビル内もほとんど人気ひとけがなく、しんとしていた。


ぼくはお姉ちゃんズにこう言った。


「とりあえず、ぼくとミミちゃんは5階の店に行くが、きみたちは別のフロアで待機していてくれ。


今の時間ならたぶん誰もいないんで、人目も気にせずに過ごせるだろう。


何かあったら、スマホで連絡する」


「そうなのね。分かったわ。


でも気をつけてね、けーくん。お姉ちゃん、ふたりがとっても心配」


「うちら、いつでも加勢かせいするからな。遠慮せんとき」


「ありがとう、ふたりとも。いざという時は、呼ぶから」


ぼくとミミコは先にエレベーターに乗り込み、5階へと向かった。


5階に着いたぼくたちは、まずそのフロア全体の様子を見回した。


店は全部で3軒。


すべて、「会員制」というプレートの貼ってある、大きな扉を持つ店ばかりだった。


そして、問題の店「パブきつねっ」はその真ん中にあった。


「さぁ、今からドアを叩くけど、心の準備は出来たかい、ミミちゃん」


ぼくはさすがに緊張の色を隠せないミミコに声をかけた。


「うん、大丈夫です。圭兄こそ、このまま中に入っちゃってもいいの?」


彼女から見れば、やはりぼくもガチガチな感じなのだろう。


「うっ……じゃあちょっと、深呼吸するね」


はぁ〜っ」


ひと息入れて、気持ちが固まった。


何か起きてもなんとかなるはず。こうしてそばにミミコ、そしてお姉ちゃんズもいる。


ぼくは「きつねっ」のドアを軽くノックした。


ドアが少しだけ外に開いた。中はごく薄い照明だけなので、開けた人間の顔がろくに見えない。


聞き覚えのある低めの声がした。


「和紙は?」


わしは? ん、何だそれ?


あぁ、榛原のメールにあった合言葉か!


「日本橋」


ぼくはそう、ひとこと言った。


再び、聞き覚えのある声で、


「どうぞお入りください」


彼、榛原の言葉に引き込まれるようにして、ぼくとミミコは店内に足を踏み入れたのだった。(続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る