第5話 窓居圭太と榛原ミミコ、玉手箱からS機関の所在を掴む

失踪したぼくの友人、榛原はいばらマサルから送られて来ていたLINEのメッセージは、3時間以上も前のものだった。それ以降僕や彼の妹ミミコあてに、何の音沙汰もない。


その後、彼をめぐる状況はどのように変化したのか、まったく分からない。


まさか好転はしていないだろう。というよりは悪くなっている可能性が高い。


そのことを感じてか、ミミコはいかにも不安そうな顔つきをしている。


「でも、このメッセージはほんの少しだけど安心材料になったね、ミミちゃん」


ぼくがそう言うと、ミミコは「ん?」と怪訝けげんそうな顔をした。


「だって、もし某研究機関が榛原をアメリカまで連れて行ってしまったとすれば、今ごろは飛行機上か、下手するとアメリカにまで着いてしまっているんじゃないかな」


「あ、なるほど。その通りですね」


「だろ。榛原がこのメッセージを3時間前に発信したということは、彼がまだ国内にいるって証拠だと思うよ。


機上からはこんなメッセを送信出来ない。文章の内容としても、物理的にも」


「ですです。少なくともマーにいは、まだこの東京にいるはずですね」


「けーくん、その通りや。たまには鋭いとこ見せるやん」


従妹いとこ明里あかりが反応した。たまにはゆーな。


「もし榛原がアメリカにまで拉致らちされてしまったなら、ぼくたちにはまるでお手上げだ。身動きも出来ない。


だが、そうでなければ彼はたぶん東京のどこか、それもおそらく某研究機関の日本支部にいる可能性が高いから、ぼくたちも十分動ける」


「はい。となると、その機関がいったいどこにあるのか、突き止めないとですね。


ちょっと、失礼します」


ミミコは何かを思いついたかのようにキリッとした表情になり、立ち上がって別の部屋へ去って行った。  


明里がニシシと笑ってこう言う。


「ふぅ、これで一歩前進ってとこやね。うち、お茶でも淹れてくるわ。


一服入れれば、ええ知恵も出てくるんと、ちゃう?」


「待ってあかりちゃん、わたしも手伝うから」


他人ひとの家で勝手にお勝手を始めるお姉ちゃんズであった。


5分ほどすると、ミミコが古びた茶色の木箱を抱えて戻って来た。


「ミミちゃん、それは?」


「両親の寝室にあった木箱です。ミミコが小さい子どものころからあったのですが、いつもクローゼットの奥にしまってあって、ミミコに中身を見せてくれることは決してありませんでした。


もし重要な秘密を隠すとしたらそこに違いない、ミミコはそう踏んだのです。


親の秘密を勝手にのぞき見るなんてイケないことするの、ミミコはこれが初めてです。


でも、今回はマー兄の身の安全のためだから、許されますよね、圭兄けいにい?」


そう言って、つぶらな瞳をウルウルとさせてぼくを見つめて来るミミコ。


あぁんもー。許さないわけないだろ!


「うん、全然オッケーだよ、ミミちゃん。


ご両親にはぼくが説明してきみを弁護してあげるから、気にせずに開けてごらん」


「ありがとう、圭兄」


ミミコはまるで浦島太郎が玉手箱を開けるように、おずおずと木箱の蓋を開けた。


中に入っているものを、ひとつひとつテーブルに取り出して行く。


「ん、これは…?」


「どうやら、父と母が新婚旅行に行ったときの、記念品っぽいですね。


今から17、8年くらい前でしょうか、ふたりはインド洋上の島、セイシェルに行ったって聞いたことがあります。なんでも、ハネムーンの行き先として日本でも大流行したことがあったそうです」


テーブルの上には、セイシェルの海岸で採ったと思われる白い砂が詰まった小瓶だの、同じく貝殻入りのボットだの、貝殻製のネックレスだの、小さいココナッツだのが並んだ。


リゾートホテルのパンフレットやマッチなんてものまである。すべて、ただ一度の蜜月旅行の大切な思い出ということか。


そこに、明里と姉しのぶがともにお盆を持ってリビングに戻って来た。


「ミミコちゃん、けーくん、お茶淹れてきたでぇ」


「ありがとうございます、明里さん」


「お茶菓子は、このカステラをいただいていいかしら?」


「もちろんです」


お姉ちゃんズふたりも加わって、「えーなぁ、これ」とか言いながら記念品をひとつひとつ吟味する。


ミミコは語る。


「母はたまに、そのハネムーンのときのことを話してくれました。


マー兄はその時に授かったハネムーンベビーなのよ、とか言って。キャッ、恥ずかしー!」


頬を染めるミミコ。何を頭の中に描いているのやら。


なんていうか、この木箱は榛原兄妹のご両親の、うれし恥ずかしな思い出がみっしり詰まっている「玉手箱」なのだった。


やれやれ、こっちまで気恥ずかしくなって来たぜ。


ぼくはいささかゲンナリして、この箱からは証拠物発見は無理なんじゃないかと思い始めていた。


だがそれは少々気が早かった。なぜならすべての記念品を取り出した最後の最後、箱の底に敷いてある1枚の白い紙をミミコが見つけ、つまみ出したからだ。


「ありました。たぶん、これです」


ミミコは折りたたまれていた紙片を開いて、ぼくに見せてくれた。


そこには手書きの文字で、こう書かれていた。


「S機関日本支部 東京都港区高輪✖️−✖️✖️ − ✖️✖️ TEL……」


ビンゴ!


玉手箱の中身の大半は、いわばカモフラージュ。肝心のものは、一番奥にさりげなく隠してあったのだった。


       ⌘ ⌘ ⌘


ぼくたちはその紙を睨みながら、相談を続けた。


「これで、照準は一気に絞り込まれたわけだけど、じゃあそこに今からのり込むべきかと言うと……」


これはぼく。ミミコが返答する。


「そうですね。まだそのタイミングとは言えないような気がします」


「ぼくもそうだと思うよ。


“向こう”からなんらのアクションもなく、榛原の現在の状況もつかめない以上、やみくもに動いても得られるものはないだろうし、かえって事態を悪化させてしまう危険性もある」


「となれば、とりあえずうちらに出来ることは『果報は寝て待て』ちゅーことだけやね!」


いささか悔しいが、すかさず明里が喝破かっぱした通りだった。


「そういうことだな、明里。


ぼくたちは対戦相手の、次の一手を待つしかない棋士ってわけだ」


「まぁ、ええやん。そのうちいやでも動かならん時が来るやろから、今はエネルギーを蓄えとき、ミミコちゃんとイチャイチャして」


「そのたとえ、絶対おかしいから!」


このやり取りに、クスクスと笑うミミコ。おそらく明里も、暗くなりがちのムードをこうやって明るくしてくれているんだろう。ムードメーカーに陰で感謝。


「じゃあしばらくみんなで、おコタでトランプとかどう?」とわがお姉ちゃん。


「今は7月、コタツって季節じゃないだろーが!」とぼくがツッコむ。


「じゃ、ポッキーゲームはどうや?」


「お前のヨコシマな動機しか感じられん!」と今度は明里にツッコミ。


「とりあえず、さっきのアルバムの続きでも見ておいてくれ。もしかしたら、重要なヒントを見落としてるかもしれないしな」


ぼくがそう言うと、お姉ちゃんズもひとまず納得してその提案に従ってくれた。


とりあえずこれで、かしましいガヤ芸人たちを黙らせられたわ。


その間にぼくとミミコは、今後のシミュレーションを行い、次の一手をじっくりと考えることにしよう。


そう考えたとき、思わぬタイミングで対戦相手からの「次の一手」が飛び込んで来た。


ミミコのスマホに、メールの着信音が高らかに鳴ったのである。


思わず、ぼくとミミコは顔を見合わせた。


彼女のスマホのディスプレイには、「マー兄」という送信者の名前がはっきりと映し出されていた。(続く)

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