第4話 窓居圭太、榛原マサルのメッセージを3時間遅れで確認する

榛原はいばらマサルには子どもの頃「空白の1年」があったことを、ぼくは彼の妹ミミコの話で初めて知った。


「そうか。榛原は今では健康体だけど、かつては成人するまで生きられるかどうか危ぶまれるぐらい病弱だった。


だが、小6になった年に渡米して、とある民間の研究機関で大手術を受け、さらに継続的になんらかの施術を受けて翌年3月、ようやく日本に戻って来たと言うことだよね?」


「はい」


ミミコはうなずいた。


「しかもその施術の内容は、一切口外しないよう渡米前に誓約させられている。つまり榛原のそこでの体験は、極めつけのトップシークレットだったと言える。


確認するけど、ミミちゃんもその内容を榛原から聞かされていないよな?」


「もちろんです。父や母ですら知らないんじゃないでしょうか」


「いったいどのような人体改造手術を受けたのか、想像するよりほかにないわけか。


でも、榛原の超高校生級の情報処理能力、自分の感情や思考を絶対他人に読まれないという特殊能力を考えてみれば、それが脳関係へのものであろうことは、おおよそ見当がつくな。


となれば問題は、何のためにそのようなオペレーションを榛原が受けたのか、その研究組織はいったい何を目論もくろんで日本人の子どもを人体改造したのかだ」


従妹いとこ明里あかりがそこで手を挙げて発言した。


「けーくん、そこにあまり踏み込んだらあかんとちゃう?


身の危険を感じるわ」


わが姉しのぶも、続けてこう言った。


「そうよ、国家級の陰謀がそこにあるに違いないわ。


けーくん、深入りしないほうがあなたの身のためよ。お姉ちゃん、ホントに心配」


ぼくは溜息をひとつき、こう答えた。


「それは重々じゅうじゅう分かっているけどさ。たしかに、とんでもない陰謀の匂いを感じる。


でも、とにかく榛原の身の安全だけは確認し、確保しないとダメだろ。


榛原はそういうシークレットエージェントみたいな特殊な存在である前に、ぼくの大事な友人なんだ。


もし、彼の安全がおびやかされているようだったら、身を挺して救いに行かなきゃいけない」


ぼくがそうさとすと、ふたりは不安な表情を隠せないものの、大人しくなった。


「ともあれミミちゃん、ぼくはここにしばらく滞在して、何らかの情報、連絡が入って来るのを待つしかないと思うんだ。


それは構わないよね?」


「ええ、もちろんです。マーにいの部屋に泊まっていってください」


ミミコは両頬をちょっと赤らめながら、そう答えた。


とたんに茶々が入った。


「ええなぁ、それ。完全にラブコメ展開やん。


マサルさんの消息が分かるまで、ミミコちゃんとひとつ屋根の下でイチャイチャラブラブ出来るで」


「余計なお世話だ、明里。これはそういう目的じゃないって!


この非常事態に、不謹慎極まりないだろ」


断固抗議するも、敵さんはまるで意に介さない。


「無理せんときぃ。またとないチャンスは活かさんと後悔するでぇ、失恋王陛下」


「そーよけーくん、この際、既成事実を作っちゃったら?」


「うちとしのぶちゃんもけーくんのお世話係ちゅーことで付き添いしてええよな? 料理はうちらに任せとき。お父はんお母はんの部屋、空いとるやろ?」


「ええぃ、黙らっしゃい! 図々しいにもほどがあるわ!」


さすがにこのやり取りには、ミミコも苦笑を隠し切れなかった。それでも、彼女の大人な計らいにより、厚かましいお姉ちゃんズも榛原家への滞在を許されたのだった。



「それにしてもミミちゃん、最後に榛原の携帯にかけたのが小1時間くらい前だろ。


その後、何かメールでも来ていたりしないかい?」


ぼくの問いかけに、ミミコは手元のバッグからスマホを取り出してきて確認した。


「今ところ、変化はないですね。着信も無いし、メールも来ていないです。


あ、もしかして……、万が一の可能性もあると思うんでお聞きしますが、圭兄けいにいはご自分の携帯、確認されました?」


おっと、すっかり忘れていた。その可能性があったんだった!


サンキュー、ミミちゃん。ナイス指摘だ。


さいわい、出かける時に羽織ったジャケットには元からスマホが入っていたので、すぐさま確認することが出来た。ありがてぇ。


今朝から1本も携帯着信はなかった。メールも。


だが、LINEに未読メッセージが一件あった。


はやる気持ちを抑えながらアプリを開けると、果たしてそこには。


「圭太、とりあえず俺は無事だ。また連絡する」


とあった。


それ以外には、なんの説明もない。


送信時刻を確認すると、なんと9時半過ぎ。今から3時間以上前だ。


南無三なむさん!! ぼくは3時間前にキャッチ出来たはずの情報を、みすみす見逃していたのである。


「失われた3時間」とは、まさにこのことだ。


そのことをミミコに告げ、ぼくは彼女に詫びを入れた。


「ごめんミミちゃん、僕がスマホのチェックを忘れていたばかりに、すぐに榛原の異変に気づけなくて……」


ミミコは、いつも通りの優しい表情で、こう慰めてくれた。


「気にしないでください、圭兄。わたしもずっと事の重大さに気づけなかったのですし。


これからの対応のほうが大切です。なんとか、解決の糸口を見つけましょう」


相変わらず、大人の対応で助かる。


その様子を見て、またも小姑こじゅうとその一が発言。


「ホント、ミミコちゃんって出来た子やな。


抜けとるけーくんを、しっかりカバーしてくれそうやわ」


抜けとるゆーな。


小姑その二も黙っていない。


「それはいいけど、ミミコちゃんにも選ぶ権利はあるんだからね、けーくん」


分かってますって。てかきみたち、うるさ過ぎ!


肝心の本題に入れないだろうが。


「ミミコちゃん、外野の騒音はおいといて、榛原のこのメッセージ、どう思った?」


ミミコはわずかな沈黙ののち、口を開いた。


「文面から判断すると、マー兄本人からのもので間違いないと思います。


3時間あまり前には、マー兄のスマホはまだ彼の手の中にあった。


マー兄も、どこかに閉じ込められているようではあるものの、一応命に別状はなかった、はずです。


でもその後、なんらかの異変が起き、スマホがマー兄の手元から離れた可能性は大です。


『また連絡する』という連絡が、3時間もないのですから」


「実に見事な推理やねぇ。もう探偵役、けーくんからミミコちゃんに交代でええんとちゃう?」


明里がまたも茶々を入れやがった。うるさいっての!(続く)

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