第3話 窓居圭太、アルバムで榛原マサルの空白の1年を知る
実を言うと、それ以外の手を考えつかなかったわけじゃない。より手っ取り早いやり方として、
だが、そんなことは彼が一番親しくしているぼくという人間が、絶対しちゃいけないことだと思ったのだ。
一番信頼されている者が、友人のトップシークレットを本人の了解なく
だから、ぼくはその考えをあっさり捨てて、ややまわりくどいものの当たり障りのないやり方を選んだ、というわけだ。
パソコン内を捜索するなんて警察みたいな真似は、榛原のご両親に連絡するのと同様、最後の最後の奥の手としてとっておこう。
ミミコはしばらく別の部屋に行ってアルバムを探していたが、5分ぐらいすると10冊以上はあるかと思われるアルバムの大きな山を抱えてリビングに戻ってきた。
「ありがとう、ミミちゃん。出来たら、年代順に並べてもらえるとありがたいんだが」
「分かりました」
ミミコは、アルバムをリビングのテーブルに古い順に並べてくれた。
わが
「これがマサルさん一家のアルバム。ちゅーことはミミコちゃんの写っとる写真も、中にぎょうさん入っとるってことやね!」
もう、目をキラキラとさせてやがる。
「はい、そうです。1冊目の終わりぐらいからは、ミミコの写った写真も出てきます」
「これ、うちらも見てかめへんやろ、ミミコちゃん?」
「ええ、どうぞ。明里さんたちにも、ヒントを見つけていただけるといいんですが」
いや、たぶん、明里はそういう意味でアルバムを見たいんじゃないと思うぞ?
「あかり、見るのはいいが、順番だけは崩すなよ」
「大丈夫やって」
さっそく、最近のほうのアルバムを手に取って隣りのわがお姉ちゃん、しのぶと共に見始めた明里。
「あ、セーラー服姿のミミコちゃんや。キャワキャワやな。アガるぅ〜」
「あかりちゃん、もう、ヨダレ垂らさないで!
それに気に入った写真、こっそり抜き取らないで。
それ、犯罪でしょ!」
「あ、バレてたん? ごめんな。
ミミちゃん、これとこれとこれ、後でうち用にプリントアウトしてくれへん?」
実にうるさい。が、そんな雑音に妨害されている場合ではない。ぼくは一番最初のアルバムから手に取って、ページをめくり始めた。
さっそく生まれたての、
たしかにその顔立ちに、今に至る面影がある。切長の目の、ちょっとノーブルな感じとか。
正直言うと、ぼくは日ごろ榛原の人間離れした情報処理能力とか危機回避能力、そして例の
超人榛原も、ひとの子だったということか。
アルバム第1巻は、しばらくは赤ん坊時代の榛原の写真ばかりだったが、ようやく立ってよちよち歩きを出来るようになった榛原の写真に混ざって、もうひとりの赤ん坊が登場してきた。パッチリとした両目とちんまりとした鼻。これはもう紛れもなく、赤ん坊時代のミミコである。
その写真に白抜き文字で表示されている日付を見ると、14年あまり前。時系列的にも矛盾がない。
そんな感じで1巻めは終わり。続いて2巻、3巻と読み進めていったが、取り立ててぼくのセンサーに引っかかるようなことはなかった。ミミコがハイハイをし、立ち上がるようになり、3歳の時には2歳上の兄榛原と揃って初めての七五三
榛原家の住まいは最初の5、6年、そう、最初の七五三のころまではアパートだったようで、ほとんど写真にも写っていなかったが、ある時点から今の一軒家を購入したようで、見覚えのある玄関前で一家勢揃いで撮った写真が出てくるようになった。約10年前のことだ。
そしてまもなく、榛原の小学校の入学式。さらにはミミコの入学式、彼女の2回目の七五三へと続いていく。
ぼくがちょっとだけ気になったのは、男の子の場合、ふつうはなんらかのスポーツ、たとえば野球とかサッカーとかバスケだとかをやっているものだが、そういうシーンがまったく写っていなかったことだ。
現在の榛原はもちろん、体育会系の部活にこそ所属していないものの、ふつうに体育の授業に出てふつうに運動しているし、その身体能力もぼくなどよりずっと高いぐらいだ。だから、違和感を覚えたのである。
まぁ、たまたまご両親が撮るチャンスがなかっただけなのかもしれない。最初はそう思うようにした。
だが、見ていくうちに、その気がかりはどんどん深まるようになった。
たとえば小学校の運動会でも、ミミコが徒競走で走るショットはしっかりとあるのに、榛原の活躍するシーンはまるで出てこない。これは変だろ。
家族で海水浴に行ったときも、ミミコのスクール水着姿はあっても(これは明里悩殺の一品だな、プリントアウト追加注文必至だろう)、榛原は日陰で座っているシーンだけだ。
ぼくはここに至って「もしかしたら」という疑惑を強く抱くに至った。
次の1巻、今から5年前、榛原が小6の年を含むアルバムが、それを決定的にした。
その年の榛原の写真は、1枚もなかったのである。
榛原の中学校の入学式の写真までは、ただの1枚たりとも。
⌘ ⌘ ⌘
榛原マサルに、空白の1年があった。
そう思いたくはなかったが、このアルバムが示す事実を前にしては、ぼくはその疑いを無視するわけにいかなくなった。
ぼくはここ数年のミミコのアルバムを見てはキャイキャイ騒いでいるお姉ちゃんズを尻目に、ミミコの方を向いて尋ねた。
「ミミちゃん。ひとつ、とても気になることが出て来たんだ。ぼくの質問に答えてくれないか?」
「はい。なんでしょうか?」
ミミコは不安な気持ちを隠すことが出来ず、少し震えるような声で答えた。
「きみのお兄さんは、もしかして小学生のころ、大病にかかったことはないだろうか?」
それを聞いて、ミミコはいつになくシリアスな表情になった。
一瞬の沈黙ののち、彼女は口を開いた。
「はい、
マー
循環器系の病気、分かりやすくいえば心臓などに重大な問題があって、身体に無理なことが一切出来ないということでした。両親は小学生のミミコには、それ以上の説明はしてくれませんでしたが。
でもあるとき、ミミコが小3のころでしたか、両親が話すのを立ち聞きしてしまいました。マー兄はこのままだと成人になるまで生きられない可能性がきわめて高い。一か八かでも手術をすれば助かる可能性はあるが、その技術を持った医師や医療機関はごく限られている。どうしたらいいのかと。
ミミコはもちろん、その秘密をマー兄に告げることは出来ませんでした。ただただ、マー兄の病状が悪化するかもしれないという不安を、日々募らせるだけだっだのです。
5年前、マー兄が小6になった年の春、ひとりの中年の外国人男性がわが家を訪れました。ミミコとマー兄は同席を許されず、外へ遊びに行けと家を追い出されました。
今思えば、マー兄の大手術計画はそこから具体的にスタートしたのでしょう。
やたら日本語の流暢なその外国人は、両親によればアメリカのとある民間研究機関の、日本駐在員とのことでした。
父がインターネット上で息子の手術が可能な機関はないのか調べ続けた結果、その機関に関する情報を取得、ダメ元で手術を受けたいというメールを機関に対して出したところ、いくつかの条件つきでOKが出たそうなのです。
『手術自体は高度医療のため、費用は個人負担の場合、破産しかねないくらい高額になる。
だが、子息をこの一年間、当機関の諸々の研究のために預からせていただけるのならば、そしてご子息が本機関で受けた医療の詳細を一切口外しないと約束していただけるのならば、無償で手術を行い、ご子息を彼が中学校に進学する時期までにお返しする。
この条件でいかがだろうか』
1年間、息子を手放すことに少なからぬ不安はあったものの、実質的にそこでしか手術は受けられないという現実を知っていた両親は、藁にも
もちろん両親は、当時のミミコにはそんな内幕などなにも話さず、ただ『お兄ちゃんはアメリカに行けば必ず治って帰って来るから、お利口さんで待っていようね』などと言っていたのを思い出しました。ミミコもまだ小さかったので、両親の経済事情とかよくわからず、その言葉をおとなしく聞いていました。
マー兄はゴールデンウィークより少し前の時期に、アメリカへと旅立ちました。
平日でしたので、わざわざ空港まで見送りに行くことは出来ず、ミミコは家の前で機関駐在員のクルマに乗ったマー兄に、別れの言葉を告げたのです。
『かならず、元気で帰って来て、マー兄』
気持ちが
マー兄は、両親から事前に事情を聞いていたようですから、いろいろ思うところはあったでしょうが、あえて笑顔でこう言ってくれました。
『うん、大丈夫だよ、ミミコ。
時間はだいぶんかかると思うけど、来年3月には絶対元気になって戻って来るさ。約束するよ』
ミミコは黙って、近所の稲荷神社で買ったお守りをマー兄に渡しました。
運転席の外国人はそこで目礼をすると、クルマを発進させたのでした。
翌年の3月下旬、約束通り、マー兄は日本のわが家に帰って来ました。
その時のミミコは、送った時とは違って感情を爆発させ、大泣きに泣きました。
『マー兄、おかえりぃぃ!!
無事で、ほんとうによかったよ。うわぁぁーん!!』」
当時の泣き声を忠実に再現して見せたミミコの様子に、ぼくも心なしか目頭が熱くなった。
榛原と妹ミミコの強い絆。その背景には、こういう経緯があったんだなと知った瞬間だった。(続く)
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