第23話 窓居圭太、榛原ミミコと再会、圭兄と呼ばれる

どうしても神様に直接確認しておきたいことがあり、神使しんしきつこから神様とのコンタクト方法を教わったぼく、窓居まどい圭太けいた


果たして、ぼくが期待している通りの答えは得られるのか?


      ⌘ ⌘ ⌘


その日の夜遅く、ぼくは自宅を抜け出て、近所の稲荷神社に向かった。


ウカノミタマの神様に会うために。


例によって、身に着けているのは、けさ上着が戻ってきた黒いジャージ。


ここ数日、神使的な仕事をするときのユニフォームと化しつつあるな。


ぼくは神社に着くと、まずはきつこに教わった通りのやり方で結界を張り、本殿に向き合うかたちで石畳の上に立った。


そして、目を閉じて精神を集中し、フルパワーでこう念じた。


“ウカノミタマの神様、ここにいらしてください。


ぼく、窓居圭太のもとに。


どうか、お願いいたします!!”


ぼくとしても、過去最大級の〈念〉を飛ばすことが出来たと思う。


待つこと10秒、20秒、30秒……。


一瞬、天空より閃光が走った。


かと思うと、それがそのまま地上にとどまり、そしてぼくの身体を包み込んだ。


そう、いつかのときのように、チャネリングが始まったのだった。


ぼくの視界には、神社の風景ではなく、まるで万華鏡のような、極彩色の光のページェントが広がった。


そして、聞き覚えのある、中性的な声が聞こえてきた。


「われはこの地をおさむる、ウカノミタマなり。


われを呼びいだしたるなんじ窓居圭太、何用なにようじゃ」


「神様、お越しいただき、まことにありがたく存じます。


きょうは、神様にお伝えしたいこと、そしてお尋ねしたいことがございます。


このたび元神使の狸、まみが関与して起きた、人間の少女の変身事件についてなのですが」


「圭太よ、そはけだし榛原ミミコの件にて相違ないか」


「そうですが……神様、もしかして、すでにその件をご存じでいらっしゃったのですか」


「さよう。わずか半時はんときばかり前、きつこ惑いふためきここに来たりて、その顛末てんまつを伝えたり」


「そうですか。きつこがすでに来て、その話を神様にしたばかりだったんですね」


神様からはひとこと、「しかり」という返事があった。


それにしても、いつもはマイペースなきつこにしちゃやけに手回しがいいじゃないか、ぼくはそう思った。


「そうですか、では長々しいご報告をする必要はなさそうですね。


その事件は、ぼくときつこのふたりで、無事解決いたしました。


では、このたびの出来事に関しまして、ふたつお尋ねしたいことがあります」


「何かの。申してみよ」


「はい。まずはひとつめです。


成人した状態の榛原ミミコは絶世の美女へと変身したわけですが、現実のミミコは、あと5、6年経って成人となったとき、そのような容姿の女性へと成長しているのでしょうか。


それとも、そうはならないのでしょうか。お教えください」


その問いを発して、しばらく神様からは返答がなかった。


30秒ほど経ったろうか、ようやく答えがあった。


「汝の問いは、神たるわれは答うべからざることなり。


その答えはわれの知るところなれど、ひとたる汝に伝うまじきものなり」


なんと、その答えは、人間であるぼくには教えてはいけないことになっているという。


「それはまた、なぜなのでしょうか」


「神はひとの行く末をさながら知る者なれど、そをひとに知らしむるは禁忌きんきなるが故なり」


つまり、神様が人間に未来を教えるということは、明らかにタブーなのだった。


そうかー。よく考えれば、ごく当然のことなのだろうな。


ぼくやきつこのように、一般的な人間より神様に近しいものでも、本来、神様になれなれしくそういうことを聞くわけにはいかないのだ。


神様の全知全能の力を、卑小な人間である自分の利益のために借りようだなんて不心得は、許されない。


ぼくはおのれの考え方の甘さを、思い知る結果となった。


それではもうひとつの質問のほうは大丈夫なんだろうか。


一かばちか、聞いてみることにした。


「神様、ふたつめのお尋ねをします。


きつこは、ぼくにこう力説したのです。


ミミコは大人の姿への変身願望にとらわれているが、それを解くには、ぼくがミミコに口づけをしなくてはならないと。


ぼくは結局、それに従わざるを得ませんでした。


でも、これって、本当にそうだったんでしょうか。


きつこは神様から聞いた、みたいなこと言ってましたが……」


この問いにも、先ほどではないにせよ少し間があって、答えがあった。


「われはそを初めて知るものなり。われはきつこにミミコのとらわれを解くすべを教えたれど、ゆめゆめ口吸いにはあらず。


きつこはそのまじないの言葉ことのはをまみに伝え、まみはそを唱えしと聞けり。


口吸いは、きつこのみだりなる考えなるべし」


なんということだろう。神様の教えというのはまったくのデタラメだった。


要するに執われを解くためのおまじないはまみのほうで唱えていたから、キスは必須でもなんでもなく、単に奔放なウサコの尻馬に、きつこが乗っかっただけだったのだ。


あわててぼくより先に神様に報告にやって来たのも、このキスの件で神様に叱られたくなかったからとしか思えない。


くっそーっ、きつこのやつー!!


まったく、悪戯いたずら好きな相棒にしてやられたぼくなのだった。


まるで収穫ゼロの会見だったとはいえ、神様に全然落ち度はない。


ぼくやきつこがテキトー過ぎただけだ。


神様には、わざわざお越しいただいたことに深く感謝して、「今後ともよろしくお願いします」と頭を下げてお別れをしたのだった。


        ⌘ ⌘ ⌘


まあそれでも今回のぼくは、きつこにだいぶん助けられたのは事実だ。


彼女なしでは、事件はこのようにすんなりとは解決出来なかったに違いない。


大いに感謝しないとな。多少の悪ふざけには目をつむって。


実際それ以降、ぼくときつこの関係は、より良好なものになった。


いやもちろん、神使同士の連携って意味だけだからな。


男女の仲とかそういうニュアンスは、かけらもないから、念のため。




こういうわけで問題がすべて解決した翌日から、またいつもの平々凡々な日常が続いた、と締めくくりたいところだが、しばらくしてひとつだけ変化があったので、最後に記しておこう。


翌週の週末のことだ。


日曜日の夕方、ぼくはお姉ちゃんや従妹いとこ明里あかりと一緒に、本町ほんまち駅界隈をショッピングがてら、ぶらぶらと歩いていた。


向こうから、見知った顔のふたり連れが歩いてきた。


榛原マサルとミミコだった。


なんとふたりはまるでカップルのように、手をつないでいた。


ミミコは、とても嬉しそうな笑顔を見せている。


ふたりは、ぼくたち三人に気がついて立ち止まった。


「やあ、圭太、しのぶさん、明里さん」


榛原のほうから、声をかけてきた。


榛原は、すでにぼくの家で明里と知り合っている。


「やあ、榛原、ミミコちゃん、こんばんは。


榛原、きょうはミミコちゃんと一緒なんだな」


榛原は、指で鼻をこすりながらこう答えた。


「ああ……たまにはきょうだいで、近所に食事にでも行こうかってことになってな……」


照れてる、榛原。なかなかかわいいじゃないか。


榛原とミミコの仲が元どおりになって、本当によかった。


ぼくは、心の底からそう思った。


一方、ミミコは最初、兄の陰に隠れるようにしてぼくたちの方をうかがっていたが、兄に「窓居さんたちだよ。さあ、ご挨拶しなさい、ミミコ」と促されて前に出てきた。


顔がほんのり上気しているような。


明里がさっそく、このロリ美少女に反応した。


「えー、この子がマサルさんの妹さん? めっちゃ可愛いやん。タイプ!」


明里がさっそく、隣りのわがお姉ちゃんから「メッ!」のサインを出されたのは言うまでもない。


ミミコは、おずおずと挨拶をした。


「ま、窓居さん、兄がいつもお世話になっています。


皆さんもはじめまして。ミミコといいます」


「「ミミコちゃん、よろしくね」」


お姉ちゃんも明里同様、ミミコを愛玩動物を見るような目でみつめている。


いっぺんで気に入ったようだ。


それからしばらくは明里のミミコへの質問(攻め)コーナーとなったわけだが、どうでもいい内容なので割愛させていただく。


明里が「今度うちに(と言っても明里自身は居候なのだが)遊びに来てよ」とミミコを誘う話にまで発展したあと、これから兄妹は食事に行くというので別れることになった。


最後にミミコがぼくに近づいて来て、もじもじとしながらこう言った。


「窓居さん、ミミコ、これから窓居さんのこと……圭兄けいにいって呼んでいいですか?」


思いがけない、ひとことだった。


(そうか、ミミコはもしかしたら、ぼくのジャージの名前タグを見て、何らかの記憶を呼びさまされたのかもしれない)


そう考えると、ぼくの手は思わずサイフの中を探っていた。


そこには、ウサコがしていた茶色の髪留めが入れてあった。


「ミミちゃん」


なぜか、ぼくほそう呼んでしまった。


とたんにミミコの顔は真っ赤に染まった。


「はいっ?!」


「もちろん、構わないよ。そう呼んでくれて。


この髪留め、きみが落としたんだよね?」


そう言って、ぼくほ髪留めをミミコに手渡した。


「あ、はい、そうなんです。わたしのです。


ありがとう、圭兄……」


それ以上は、なにも言えずにいたふたりだった。


「じゃ、そのうちふたりでお宅にお邪魔します」


榛原はそう言って、ミミコとともに去って行った。


彼らが遠方に消えたとたん、大変なことになった。


従妹にいきなりネックブリーカーをかけられたのである。


「このこのー、JCを手なずけちゃって! いつ手を出したん?」


そういうけど、だいたい、お前だってついひと月前までモノホンのJCだったろーが。


「く、く、くるしー、あかり。これにはわけがあってだなー……」


断末魔の叫びを上げるぼく。


そのふたりを「おやおや」と笑いながら、お姉ちゃんが見守っている。


明里とお姉ちゃんには当分の間、このネタで冷やかされそうだな。


覚悟しとかないと。


       ⌘ ⌘ ⌘


窓居圭太、十六歳、高校二年。


ぼくの初恋は、いまだ始まっていない。


でも、ここ数か月で、ほんのわずかだけど本当の恋に近づいた気がする。


そう、本章はこれから始まるのだ。(第3章・了)



※引き続き、第4章が始まります。お楽しみに!

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