第22話 窓居圭太、榛原マサルに事件解決の報告をする

妖女ウサコはぼくとのキスという願いを曲がりなりにもかなえて、自らの消滅という道を受け入れた。


もと神使しんしまみの化身である絹田きぬたまみ子の力により、ウサコは榛原はいばらミミコの姿へと無事戻った。


ふたりが目の前から消えるのを見届けて、ぼく、きつこの仕事はようやく終了したのだった。


      ⌘ ⌘ ⌘


ぼくがわが家にたどり着いた頃には、午前3時をとうに回って、3時半近くになっていた。


さすがにぼくも、おもに精神的な理由でへとへとに疲れていた。すぐに休みたい。


が、とりあえず、今も心配しているに違いない榛原に、メール一本だけ入れておこう。


文面はごくシンプルに「ワレ任務ニ成功セリ」。


それ以上の報告は、翌朝学校でさせてもらうことにして、ぼくはそのまま寝床に就いた。



翌朝も、当然のことだが、きつこの手荒い目覚ましの儀式はお休みだった。


学校に始業より三十分ほど早めに着くと、既に教室には榛原がひとり席にいた。


ぼくのことを待っていたのだろう。


榛原はぼくに気がつくと、軽く微笑んだ。


ふだんのクールな榛原には滅多に見られない、やわらかな表情だった。


そして手を上げ、こう声をかけてきた。


「よう、圭太。昨晩、というか先ほどまでおつかれさま。すべて、問題を解決してくれたようだな。


本当にありがとう、圭太」


そう言って、頭を深く下げてきたのだった。


ぼくは、軽いノリでこう答えた。


「ああ、いろいろあったけど、なんとか終わったよ。


詳しくはあとでゆっくりと話すけど、とりあえず、ミミコちゃんはどんな感じなんだ?」


「ミミコは3時過ぎぐらいだろうか、自分の部屋に戻っていたようだ。いつものミミコの姿かたちで。


4時ごろそっとドアを開けてのぞいてみたら、いつも通り布団の中でぐっすり寝ていたよ」


「そうか。ミミコちゃんは朝起きてきて、特に変わったことはなかったか?」


「見た目も、話しかたもいつもどおりだった。


話題も、昨晩のことは何ひとつ出てこなかった。


けどな、ひとつだけ俺に聞かれたことがあった。


ミミコは、男物の黒いジャージの上着を持ってきたんだ」


それを聞いた瞬間、ぼくの体温はすうっと5度ほど下がった。


すっかりそのことを忘れてた。ヤベェ!


「ミミコはこう言うんだ。


『あれー、なんでわたしこんなジャージを着て眠ってたんだろう。まったく記憶がないの』


誰のものだろうって聞くんで、もしかしたら名前のタグでも付いていないかって言って、ミミコに調べさせたんだ。


そしたら、発見した。『けいた♡』ってタグを。


『これはたぶん、マーにいのお友だちの、窓居さんのよねぇ。


ほんと、おかしいなぁ。なんでわたしが着てたんだろ』


そう聞かれて俺も正直返答に困り果てたが、こう言ってごまかしておいた。


『ミミコ、どこかで圭太とばったり会って、ヤツから借りたのを忘れてたんじゃないのか?


で、それを夜中に寝ぼけて羽織ったんだろ。


おまえのことなら、ありそうな話だ。


それぐらいしか、考えつかんわ』


そうとう苦しいこじつけだが、ミミコはご存知のように天然なところがあるからな、『そうかなー、そんなことありえるのかなー』って首をひねりながらも、『まっいいか。じゃあ、マー兄、学校で窓居さんに返しておいてね』って俺に預けたのさ。

それがこれだ」


そう言って、榛原は持参してきた紙袋をぼくに手渡した。


中にはもちろん、ぼくの黒いジャージが入っていた。


失せ物との、思いもかけぬ再会とは、このことだ。


それにしても、わがお姉ちゃんが付けた名前タグのせいでこんなことになろうとはな。


彼女は、洗濯後に仕分け間違いのないように、家族全員の衣料に名前を書く癖がある。


ふつう、そんなの間違えないと思うけどな。


ちなみに♡マークは、お姉ちゃんがまだブラコンでぼくにご執心だった時代の痕跡だ。


いっそのこと、持ち主不明で処分されてしまったほうがよかった気がする。こうやって戻ってくるよりも。


が、いまさらどうしようもない。


榛原は言った。


「なあ、圭太。おまえのことだから、ミミコに変なことはしていないと信用している。


でも、一応、なんでこんなことになったのか説明してくれないか」


そう言って、いつものクールな目つきでぼくをじっと見た。


別に凄まれたわけではなかったが、この時の榛原はそうとう怖く感じた。


まあ、ぼく自身の後ろ暗さゆえなんだが。


「あ、ああ、もちろん、変なことなんてしていないよ、榛原。もちろんだとも。


ミミコちゃんと公園で会った時、夜中で彼女が寒そうにしているのを見て、ぼくの上着を貸してあげたのさ。


で、返してもらうのをうっかり忘れたまま、ミミコちゃんは狸の妖怪の力で、一瞬でおまえの家に送られてしまった。そういうことなんだ」


ミミコではなくウサコとのことだからと言い訳できなくはないだろうが、ウサコの裸の胸を見てしまったとか、キスをしたとか、さすがに事実のまま伝えるといろいろまずそうなので、そういう言いかたにならざるをえなかった。


ぼくの説明を聞いて、榛原の表情はやわらいだ。


「そうか。おおかたそんなところじゃないかと思っていたよ。


ミミコのために気遣ってくれてありがとう」


そう、榛原に礼を言われた。


よかった、納得してくれて。ぼくは内心ホッとした。


夏場だったら、絶対通らない言い訳だったぜ。ラッキー!


榛原は続けてこう言った。


「今回のことで、俺も反省しているんだ。


ここのところ、ミミコとあまり会話をしていなかったこと、かまってやれなかったこと。


あいつにしてみれば、俺は数少ない相談相手のひとりなのにな。


もしかしたら、それがミミコ変身の遠因になったかもしれない。


今後はもう少し、あいつの相手をする時間を増やさないとって思ってる」


「いや、榛原がとくに悪いわけじゃないけどな。


でも、そうやってミミコちゃんとの時間を持つことは、とても大切だと思うよ」


ぼくの言葉に、榛原は強くうなずいてくれた。


そうこうしているうちに、高槻が教室に入ってきた。


彼女も、ぼくたちと例の件について話すために早く登校したのだろうか。


「おはよう、高槻さん」


ぼくたちが挨拶をすると、高槻もこう答えた。


「おはよう。榛原くん、昨日は窓居くん、本当に頑張ってくれていたわよ。


わたしと妹も見守っていたの。


解決して、妹さん、ほんとによかったわね」


「ありがとう。そうか、高槻さんたちも現場にいてくれてたんだね」


おっと、その事実を期せずして榛原に知られてしまったか。


高槻、それ以上の詳しいことは榛原には言わずにいて欲しいんだが……。


不安になったぼくがそう祈りを捧げると、それが通じたのか、高槻はぼくのほうを見て、声に出さずに口だけを動かしてみせた。


「だ・い・じょう・ぶ」


はっきり、そう読み取れた。高槻グッジョブ。ありがてぇ!


その後、ぼくたちは例の事件について少し話したが、すぐに教室に他の生徒が入って来るようになったので、その件についての話は終わりになった。


       ⌘ ⌘ ⌘


その日の昼休みも、例によって「中庭ファイブ」の集いが開かれたわけだが、それに先立ってぼくは休み時間にきつこを誘い、校舎裏の人気ひとけのないところでこう釘をさしておいた。


「お願いがある、きつこ。


当然のことだが、昼休みは美樹みき先輩が来るから今回の一件の話はしないで欲しいし、何よりも榛原にはウサコとの一部始終について言わずにおいてほしい。


特にアレとか、アレとか。


でないと、榛原との仲にヒビが入りかねない」


きつこは、ぼくの言っていることがよくわからないと言いたげな表情でこう言った。


「そうなの? 別にマサルっちにぶっちゃけても何の問題もないと思うんだがなぁ。


いいじゃん、こうこう言った経緯があるんでミミコっちをぼくにください、お義兄にいさんって言っちゃえば?」


「おい、ひと事だと思って! 冗談もたいがいにしてくれ」


まったく、無責任発言にもほどがあるよな。


「わかったよ、そこまで必死に言うんなら守ってやるよ、秘密は。


ただし……報酬は、高くつくよー」


そう言ってニヤリ、黒きつこになった。おおコワ。


今後に新たな不安を抱えつつぼくは、念のためきつこと指切りげんまんをしたのだった。

       

       ⌘ ⌘ ⌘


そんなこともあって、その日の中庭ファイブ集会はつつがなく終了した。


放課後は吹奏楽部の活動もなく、久しぶりに予定のないのんびりした時間となった。


ぼくは、今回の件がひとまず解決したものの、実はもやーっとした思いを朝から抱えていた。


そこで、帰宅すると自室にこもり、精神を集中させて〈念〉を飛ばした。


言うまでもなく、わが相棒と交信するために。


“わざわざボクに話とか、なんだい? 問題は解決したと思うけど”


“悪いな、きつこ。ちょっと教えてほしいことがあるんだ。


ぼくはウカノミタマの神様と、直接話をしたい件があるんだ。


これまで神様とのコンタクトは、ぼくの夢の中、あるいは寝ている枕元に神様が登場するというかたち、いわば受け身でしか成立しなかった。


けれど、もしこちらから話をしに行くとしたら、どうすればいいのか教えてほしい”


“ふうん、神様に直接話をしたいとねぇ…”


きつこはどこか含みのある、反応をした。


“いいよ。教えてあげよう。その代わり、今度一対一のデートでごちそうしてくれない?”


かわいらしいお願いだった。そのくらいなら、まあ許容範囲内だ。


“はいはい、そのくらいなら覚悟しております、きつこ様”


“ありがと。じゃあ言うね。


神様は、常に同じ場所に常駐しているわけではないから、お呼びするためそれなりのアピールをして、ご降臨を待つ必要がある。


待つ場所も、どこでもいいわけではなく、少なくとも結界を張れるような、きっちりと区分けをされ、かつ清浄な環境でないといけない。


となると、やはり一番ふさわしいのは神社だ。


時刻も、余人の立ち入ることのない夜中、うしの刻がベストだ。


まずは、圭太んの近所の稲荷神社に、午前2時に行き、自ら強い念を発して神様を待つ。


そうすると、いわゆる『チャネリング』の状態になる。


圭太も、過去にしのぶがそうなっているのを見た経験があるだろ?


圭太の身に神様が降りると、自分と対話するかのごとく、神様と対話が出来るって寸法だよ”


“神様を呼ぶにあたり、祝詞のりとの類いとかは必要ないのか?”


“あるよ。形式上はね。でも省略してる。


めんどくさくて一度省いてやってみたら問題なく呼べたんで、以降はずっと省略さ”


“なんとフリーダムな”


“ここで大切なのは、形式ばることじゃなくて〈念〉の強さなのさ。


さいわい、圭太はここ数日でめきめきと〈念〉を強めてきているから、問題なく神様と交信出来るはずだ”


“そう言ってもらえると、心強いぜ“


その後ぼくは、結界を張るための手順をきつこに教わった。


こちらはどちらかといえば、台詞せりふを唱える儀式としての性格が強いことも学んだ。


「ありがとう、きつこ。


これでようやく、いくつかの疑問を解消出来そうだよ」


「どういたしまして。上々の首尾を祈るよ」


そこできつことの交信は終わった。


あとは夜中に現地におもむく、それだけだった。(続く)

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