第21話 ウサコ、絹田まみ子の力により、榛原ミミコの姿へと戻る

榛原はいばらミミコの化身、妖女ウサコは自らの消滅という道を受け入れるにあたって、ふたつのお願いがあると申し出た。


ふたつめの願い事とは、果たしてぼく窓居まどい圭太けいたとのキスだった。


ぼくがキスを躊躇ちゅうちょするおりしも、高槻たかつきさおり・みつき姉妹の潜入が判明する。


キスをいやがるふたり、キス推進派のきつこの板ばさみとなり、困惑するぼく。


ウサコを変身への執着から解放するにはその一手しかないと、きつこはいうのだが……。


いよいよ最終局面を迎えた、圭太とウサコの物語。


今度こそ初恋ゲット、なるのか?!


        ⌘ ⌘ ⌘


「圭太にウサコ、やるべきことはちゃっちゃと済ませておくれ」


きつこの、このリクエストにぼくはタンマをかけた。


「ちょっ、ちょっと待ってくれよ、きつこ。


もう少し、ウサコに聞きたいことがあるんだから」


ぼくの必死の発言に、きつこはこう応じた。


「そりゃなんだい。少しだけなら時間をあげてもいいから、早くウサコに聞いてくれ」


「サンキュ、聞かせてもらうぜ」


それからぼくはウサコのほうを向き、彼女をじっと見つめてこう尋ねた。


「ウサコ、ひとつだけ聞かせてほしい。


おまえはぼくとキスしたいんだろうけど、それっておまえが元のミミコに戻って、今後一切姿を現わさなくなるために、絶対に必要なことなのか?


きつこはそうだと言っていたけど、おまえ自身にもそれを確認したいんだ」


するとウサコは、溜息をひとつきながらこう言った。


「はぁ……、圭太って、ほんとに野暮やぼなことを言い出す男だねぇ。


女のあたしがキスしてって頼んでんだから、素直に受け入れりゃいいのに。


まあいいや、それも潔癖な圭太の持ち味、ひいては良さなのかもしれないから」


ウサコはそこでひと呼吸おいてから、こう宣言した。


まなじりを決して。


「マジレスしてやるよ、圭太。


それは、絶対に必要だ。


あたしは、何かしらひとりの女として認められたという手応えもなしに、元のミミコに戻るのは、まっびらごめんなんだ」


ウサコはそう、きっぱりと言ったのだった。


「仮りに何もしてもらわずに、元に戻ったとしようか。


その『願いが満たされていない』という感情がしこりのように残っている以上、遅かれ早かれ、ミミコはふたたびウサコのような姿になりたいと思うに決まっている。


ほかならぬミミコの分身であるあたしがそう言っているんだから、間違うわけがないってもんだ」


それを聞いて、ぼくは「これでは勝ち目がないな」と心の中で思った。


もうひとりの「本人」が望んでいる願いを満たしてやらずに、この一件が解決するわけもないだろう。


きつこが、口を開いた。


「これでわかったっしょ、圭太。


ウサコ本人が望み、ボクもそれが必要だと認める。


外野がいやの皆さんがああだこうだ騒いだところで、もう『王手』がかかっているのさ。


おっと、そういやもうひとりの意見を聞いてなかったな。


一応、聞いておくとしようか、あとあと文句が出ないように。


おーい、そんなとこにいないで、出てきなよ」


もうひとりって誰?


ぼくが聞くより先に、3、4メートル離れた暗い場所にひそんでいた人影が、ぼくたちの前におずおずと歩み出た。


セーラー服姿の少女、絹田きぬたまみ子だった。


そういや今の今まで、すっかり彼女の存在を忘れていたぜ。


つくづく、影の薄い子だなぁ。泣けてくるわ。


きつこは、まみ子に尋ねた。


「どうだ、絹田っち。きみはどう思う?」


まみ子は、遠慮ぎみに話し始めた。


「わたしは……本音を言えば、キスをしたらミミちゃんがわたしの手の届かない大人の世界に行ってしまうようで、うれしくありません。


でも、わたしは先ほど皆さんに、ミミちゃんを元に戻して今後一切彼女を変身させないことを誓いました。


だから、もはやそんな個人的な不満を言っている場合じゃないと思っています。


きつこさんのご判断に、わたしも従います」


そう言って、ペコリと頭を下げた。


「そうか、わかってくれたんだね。ありがとう、絹田っち。


ということで、関係者は圭太以外、全員オッケーということがわかった。


あとは、圭太次第ということだ。


きみが腹をくくるしかない」


ぼくはそれに対して、イエスともノーとも言えず、ただ固まっているばかりだった。


それまでしばらく沈黙を保っていた高槻さおりが、ふいに口を開いた。


「そ、それでもやっぱり、女の子にとってと同じくらい、窓居くんにとってもキスって大事なものだと思うんです。


それを人助けとはいえ無理やりやらせるのは、彼の意思を無視していませんか?」


きつこがそれに答えた。


「そうかなぁ、ずっとそばで観て来たボクには、ふたりがまんざらでもないように思えたんだがな。


ボクの見当違いかな。


でも問題はむしろ、さおりの意思を無視しているということだけなんじゃないのかなぁ」


そう言って、きつこはニヤリと笑った。


「そ、そ、そんなことありませんって……」


高槻は見るからに混乱していた。


そしてそれ以降、彼女の「口撃こうげき」は明らかにトーンダウンしたのだった。


きつこは真剣な表情に戻って、高槻姉妹にこう告げた。


「さおりにみつき、きみたちはちょっと誤解をしているようだから、それを正しておいたほうがいいかな。


ウサコの存在は、きょうを最後に消滅する。


それだけでなく、ウサコの記憶は、ミミコには引き継がれない。


ミミコは圭太にキスされたという記憶を持ちえない。


だからウサコにキスするのは、空気にキスするようなものなのさ。


つまり、キスとしてはノーカウントだ。


圭太も、必要以上にシリアスに考えないほうがいい。


きみには、本物のファーストキスの予行演習だと思ってやってもらおう」


姉妹はそれに対して、何も言うことは出来なかった。


        ⌘ ⌘ ⌘


「じゃあ、シーンファイブは撮り直しということで。


テイクツー、スタート!」


きつこに映画監督のようなキューを出されて、ぼくとウサコはふたたび向き合うかたちになってしまった。


おまけに場所も、きつこ監督の「ベンチじゃふたりが向き合うには不便だな。こちらに移動しなさい」というディレクションのもと、お馬さんの形をした乗り物(スイングというらしい)の上に変更になってしまった。


この乗り物はわりと大型で、ひとふたりが乗れるサイズなのだ。


それにふたりが向き合って騎乗している、そういう格好だ。


すぐそばにはきつこ、少し離れて高槻さおりとみつき、絹田まみ子の三人がぼくたちを取り囲んでいた。


いやはや、まさに公開処刑だな。もしくは、まな板の上の鯉。


ぼくはそう感じた。


それでも、きつこに見られるのは、まだいい。


ぼくは彼女を異性というよりは神使しんし仲間としか見ていないから、恥ずかしい、見られたくないという感覚はなかった。


まみ子にしても、過去何か関わりがあったわけでないから、さほど気にはならない。


だが、過去いろいろとあったし、プライベートもしっかり知られてしまった高槻姉妹、これからもさまざまなかたちで関わりあうであろう彼女たちにこの場を見られているというのは、どうにもたまらないものがあった。


わかるだろ、その感じ?


出来る限り彼女たちのことは忘れて、集中しないと。


ぼくはそう思った。


ぼくは向かい合って座ったウサコに、視線を据えた。


「ウサコ、この2日、時間は短かったけどおまえといられてけっこう楽しかったぜ。


おまえというやつのいいところも、よくわかったし」


「あたしも圭太と知り合えたのは、この6日間、おおむね退屈だった中では唯一収穫だったよ。


ありがとう、圭太。


これで、本当にお別れだな。うん」


しみじみとした調子でそういうと、ウサコは前へ身を乗りだして、自分の顔をぼくに近づけて来た。


すっと目を閉じて。


ゴクリ。ぼくはつばを飲みこんだ。


まわりから、声にならない、押し殺した悲鳴が聞こえてくる。


思わず、周囲に目が行ってしまうぼく。


それやめて、高槻にみつき!!


内心の声を抑えるぼく。


そしてふたたび、前を見る。


ウサコとぼくの顔の距離は、わずか2センチ。そこで止まっている。


ちょっと身震いをしただけで、ぶつかりそうな近さだ。


ぼくはそこから前に身を乗り出すことが出来ず、完全にフリーズしてしまった。


1秒、2秒……。


突如、大声を上げるやつがひとり!


「えーい、じれったい! 男なら根性決めんかーい!!」


そしていきなり、どーんと背中を押された。


ぼくは前にガクッと倒れ込んだ。


一瞬、意識がふっ飛んだ。


そして、ふたたび気がつくと、ぼくの顔はウサコの顔とはすに重なり合っていた。


唇と唇が、ぴったりと重なり合うかたちで。


その状態が確実に3秒間続いたのち、ぼくはあわてて身を起こし、ウサコから離れた。


「「きゃぁーーーっ!!!」」


周囲から、黄色い悲鳴が湧き起こった。


そして、ふたたびあのゝゝ声がこう言った。


「ほら、うまくいったじゃん。


背中を押したボクに感謝しなよ、圭太」


そう、ドヤ顔で勝ち誇っていたのはもちろん、わが相棒きつこだった。


後ろ倒しになっていたウサコは、ぼくが手を引いて身体からだを起こしてあげた。


ウサコの顔は、少しだけ上気していた。


「ありがとう、圭太。


ちょっと乱暴なキスだったけど、最後にいい思い出が出来た。


これで、ほんとにほんとのお別れが出来るよ」


ウサコはそう言いながら、スイングからひょいと降りて地面に立った。


そしてまみ子に近づき、彼女に一礼をした。


「まみちゃん、いろいろあったけど、あたしはミミコに戻ってもあんたとずっと仲良くしたいと思ってる。


いいよね?」


そう言われたまみ子は、急に涙目になりながらこう答えた。


「もちろんだよ、ミミちゃん。


これからもよろしくね」


ウサコはそれに無言でうなずき、まみ子と握手を交わした。


そしてふたたびまみ子から離れてこう言った。


「それじゃあ、あたしをミミコに戻してください。


圭太、きつこ、皆さん、さようなら。


あたしは、永遠に消えます」


ウサコは、全員に向かって深くお辞儀をした。


それを聞いたまみ子は、目を閉じて小声で呪文を唱え始めた。


約一分後、長めの呪文の詠唱が終わると、にわかにウサコの全身は白い光に包まれた。


最初はぼぉっとしていたその光は、次第に強く、明るくなり、ついにはウサコ本人がまったく見えなくなるくらいまでになった。


そして一転、光は消えた。


あとに残されたのは、気絶して地面に横たわっているひとりの女性だった。


服装は、先ほどのウサコのままだ。

 

ぼくは近づいて、彼女の顔立ちや身体つきを確認した。


それは、昼間の姿と完全に同じ、榛原ミミコだった。


ぼくは、ほっと胸をなでおろした。


絹田まみ子がミミコのかたわらに立って、こう口を開いた。


「これで変身の解除は完全に終わりました。


あとは、彼女を家まで送り届けます。


皆さん、お世話になりました。


ありがとうございます」


一礼して、まみ子は軽く呪文を唱えた。


息をつくひまもなく、まみ子とミミコの姿はかき消えていた。


何ひとつ、残さずに。


        ⌘ ⌘ ⌘


ぼくはしばらく、呆然としてその場に立ち尽くしていた。


きつこがポンとぼくの肩を叩いて、こう言った。


「おつかれ、圭太。これですべて終わったな。


ボクたちも撤収しようじゃないか。


さすがにきょうはいろいろあって疲れたしな」


ぼくはきつこにこう答えた。


「ああ、そうしよう。


でも、最後のほうですべてバタバタと片付いてしまったけど、何かひとつ忘れてしまったことがあるような気がしてならないんだ。


いったい、なんだろ?」


ぼくはしばらく考えていたが、ふと自分の身なりを見て気がついた。


「そういや元に戻ったミミコに、ジャージの上着を着せたままだった。


あいつ、ぼくのを着たまま、榛原の家に戻っちまった!」


思わず、きつこたちから失笑がわき起こった。


ぼくはTシャツ一枚のまま、家に帰らないといけない。


まったく、やれやれである。


きつこがぼくをなだめてこう言った。


「まあ、いいじゃないか。キスの対価と思えば。


そういえば、圭太がもうひとつ忘れているものがあったよ。


さっき、みつきが発見して、ボクに渡してくれたこれだ」


きつこが手にとって見せてくれたのは、ウサコのつけていた茶色の髪留めだった。


狗神いぬがみ様のおふだを包んでいた、あれだ。


ぼくがお札を取りはずしたあとは、その存在をすっかり忘れていたのだった。


「これを機会があれば、ミミコっちに返してやってくれ、圭太から」


そう言って、ぼくに髪留めを手渡ししてくれたのだった。


きつこは、自分ひとりならあっという間に高槻家に帰ることが出来るのだが、さすがに人間ふたりを連れてでは無理ということで、高槻姉妹と一緒に歩いて家に帰ることにすると言う。


お三方とも、まことにご苦労なことだ。


ぼくたち4人は、本町ほんまち駅近くの大通りで、互いにねぎらいあい、別れを告げたのだった。(続く)

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