第20話 窓居圭太、ウサコに自分の名前を教え、再度キスをねだられる

ぼく窓居まどい圭太けいた神使しんしきつこの絹田きぬたまみ子への尋問により、次第に明らかになった、榛原はいばらミミコ変身事件の真相。


まみ子の釈明の矛盾点を突いて、ぼくは彼女を問い詰め、その真意を引き出すことに成功する。


実はミミコの変身は、親友よりひとつでも勝るものが欲しいまみ子が、みずからのプライドのためにくわだてたものだった。


真実が判明したいま、ミミコとまみ子の関係はいったいどう変わるのか?


そして、妖女ウサコの今後はどうなるのか?


        ⌘ ⌘ ⌘


まみ子の告白を聞き終えた3人は、一様にしずかな安堵の表情をたたえていた。


ぼくは話の間ずっと沈黙を続けていたウサコに、こう尋ねた。


「ウサコ、どうだ。いまのまみ子さんの話を聞いて、どういうふうに感じた?」


ウサコは、ことのほか涼やかな表情で答えた。


「いまの話、なんだか他人ひとのことのように聞いていたのは事実だよ。


ミミコって子が、あたしの本来の姿だそうだけど。


ミミコがまみちゃんと呼んでいたそこにいる子があたし、というかミミコを利用してやったことだと知っても、とりたてて怒りとかいきどおりとかの感情は起きなかった。


もちろん、彼女が本当は狸のあやかしで、それをミミコにずっと隠していたということにも。


だってあたしは、さっきあんたの首を締める羽目になったことを別にすれば、まみ子に何かをされて困ったとか、そういうことはほとんどなかったからね。


この6日ばかり、彼女があたしに与えてくれた経験は、おおかた許せることだし、それどころか悪くない思い出にもなったと思う。


なにより、あんたと知り合えたからね。


これは推測に過ぎないけど、もしミミコ本人が直接まみ子のやったことを知り、その正体を知ったとしても、たぶん笑って許したんじゃないかと思うよ。


もし、ミミコがその行いを許せないような性根しょうねの子なら、おそらく最初からまみ子を友だちなどにはしなかったろうさ。


クラス内でずっと孤立していたまみ子に手を差し伸べるような子なら、多少彼女に利用されたとしても、文句を言わずに許してあげたはずだ。


もっとも、あたしが元のミミコに戻ってしまえば、こういった話もきれいに忘れちまうんだろうから、そんな想像、してみても意味がないっちゃないんだろうけど」


ウサコはそう言って、かすかに笑った。


ぼくはウサコの話を聞いて、ほっとしていた。


ウサコが言うように、この場でウサコが見聞きしたことは、本来のミミコに戻ってしまえば、記憶としては大半が消えてしまう。


が、とりあえず他人事であったにせよ、ウサコがミミコの代わりにまみ子を許したという事実がとても重要なのだ。


何故ならそれはミミコの記憶に残っていなくても、一方のまみ子の記憶にはしっかりと残るからだ。


まみ子はもうひとりのミミコに感謝して、今後はミミコ本人とのかけがえのない関係を大切にするだろう。


そうであれば、今後もミミコとまみ子の友情はずっと続くに違いない、ぼくはそう思ったのだ。


「ありがとう、ミミちゃん」


まみ子は、ウサコに向かってそう謝意を伝え、ウサコもそれにうなずいた。


「よかった。まみ子さんの気持ちがウサコにも伝わったようだな」


ぼくはふたりを見守りながら、そう言ったのだった。


        ⌘ ⌘ ⌘


それからぼくは、今度はきつこの方を見てこう言った。


「きつこ、おまえはどう思った。まみ子さんの話、そしてウサコの話を聞いて」


きつこは、穏やかな口調でこう答えた。


「ボクもふたりがお互いのことを大切にし、理解し合っているのを感じたよ。


こういうかたちでふたりが気持ちをひとつに出来て、本当によかった」


続いて、きつこはまみ子の方を向いて語りかけた。


「絹田っち、おまえのやったことは決してほめられたことではないけど、同じあやかしとして、共感出来るところもあったよ。


ボクたちは、神様や人間と違って日陰者だ。


常に彼らに引け目を感じながら生きている。


でもあやかしだってたまには日の目を見たっていいんじゃないかと、ボクも思うよ。


ここまで正直に話してくれたことに免じて、お縄ははずしてやるよ。


神様のところに連れて行くこともしない。


神様には、すべてが解決したあとにボクから報告しとくよ。


ボクへの心配は無用だ。たぶん、ちょっと文句を言われる程度で済むだろう」


さっそく、きつこはまみ子の縄を解いてやった。


縄は、きつこが手を触れただけではらりと解け、すぐに消えてなくなった。


まみ子はきつこに頭を下げて、こう言った。


「ありがとうございます、きつこさん。恩に着ます」


きつこはそれにこう答えた。


「いいってことさ。ボクもおまえにちっとばかし手荒な真似をしちまったし」


そう言って、舌をペロッと出して笑った。


その様子を見て、ぼくの気持ちはほっこりなごんだのだった。


       ⌘ ⌘ ⌘


しかし、そうのんびりとしてばかりもいられなかった。


ぼくはそろそろ最後のまとめ、というか一番の大仕事に入るべきタイミングが来たなと感じていた。


「あー、きつこ」


ぼくは改まった口調で、こう言った。


「そろそろ、ウサコとも折り入った話をしなきゃいけないと思うんだ。


そ、その、しばらくまみ子さんと一緒に、離れた場所で待機しててくれないかな?」


その言葉を聞いて、きつこはぼくのいわんことを一瞬で理解したようだった。


「あー、そゆことね。


はいはい、全然オッケーだよ。


ボクたちは、あそこの茂みの向こうで待っているから」


と、10メートルほど離れた植え込みを指差した。


「じゃあ、何かあったら合図して。


おふたりさん、ごゆっくりー」


と、きつこはどこかの旅館の仲居さんみたいにニヤリと笑い、まみ子とともに植え込みの向こう側に消えていった。


ようやく、ウサコとふたりだけになれた。


ふぅ。ぼくは安堵の吐息をつく。


きつこたちがいたら、落ち着いて最後の詰めが出来ないからな。


地面ここじゃなんだからベンチにでも座るか、ウサコ」


ぼくは少し離れた場所にあるベンチを指差した。


先だって、ふたりで座っていたベンチだ。


ウサコは「そうだね」とうなずいた。


そして彼女は、地面に座っていたせいで少し汚れていたパジャマを手ではたきながら立ち上がった。


ふたり並んで、ベンチに座った。


間隔は20センチほど、先ほどよりは少しだけ縮まった感じで。


ぼくのほうから、話を始めた。


「ウサコ、さっきおまえは、この6日ほどの経験は、ぼくと知り合えたこともあって、そんなに悪くない思い出だったって言ってたよな。


それを聞いて、ぼくも悪い気はしなかったよ。


まみ子のやったことは、もと神様の使いだった者としても、いろいろルール違反だったと思う。


ぼくもそのへんは、彼女を弁護するつもりはない。


ただ、彼女は自分のプライドとか意地のためにことを起こしたとはいえ、決しておまえのことを粗末には扱っていなかったと思うよ。


おまえの心や身体が傷つくことがないように、十分気を遣っていたと思う。


守るべきときには、おまえをしっかりと守ろうとしていた。


そこはわかるよな?」


「ああ。それは感じたよ。


あたしが出会った男たちと不用意にトラブルに陥らないように、きっちり配慮してくれていた。


ミミコとの友情をそこないたくはないって気持ちが、はっきり感じられたな」


「よかった。おまえがそれを感じとってくれていて。


信頼関係って、築き上げるにはとても時間がかかるけど、壊れるのはほんの一瞬の出来事だからな。


ウサコ、変身が解けて昼間のおまえに戻っても、まみ子との友情をずっと大事にしてほしい。


おたがいに、かけがえのない存在であり続けてほしい」


ウサコは、ぼくのその言葉に深くうなずいた。


       ⌘ ⌘ ⌘


さあ、前ふりは終わった。いよいよ本題に入らねばならんな。


ぼくはそう思った。


覚悟を決めろ、圭太。そう心に言い聞かせた。


そして、切り出した。


「さて、ウサコ。おまえに聞きたいことがひとつあるんだが」


「なんだ改まって。なんでも答えてやるぞ」


「ウサコ、きつこがまみ子を神様に突き出さずにこのまま放免するからには、おまえの存在はこのままでは許されないものであること、それは理解しているよな。


つ、つまり、ミミコからウサコへの変身は今後出来ないし、おまえはこの世界にふたたび現れるわけにはいかないってことだ。


それをまみ子にもおまえにも納得してもらって初めて、きつこは神様に事件の報告が出来る。


わかるよな?」


一瞬の間があったが、ウサコはうなずいてこう言った。


「そう、そういうことだよな、やっぱり。


なんとなく、そうは思っていたよ。


あたしは、きょうを限りにいなくなるしか、選択肢はないんだよな」


街灯の光のもと、わずかではあるが、ウサコの頬が赤く染まっているように見えた。


「そういうことなんだ、ウサコ。


きつこだけでなく、ぼくも神使のはしくれである以上、それは守らないといけないことなんだ。


おまえの存在を、このまま見逃すわけにはいかないんだ。


どうかわかってくれ」


ぼくは、自分の声が少し上ずっているのを感じながら、頭を下げてこう言った。


ウサコは軽く笑いながら、こう答えた。


「ああ、あんたやきつこの立場はわかっているさ。


いまさらわがままを言うつもりはないよ。


まみ子も言っていたけど、彼女の力は数時間しか持たないから、待っていればそのうちにこの姿のあたしは消えてしまう。


それだけのことさ。


でも……」


そこでウサコは言いよどんだ。


そして、思い切ったように再び語り始めた。


「せっかくこうやってふたりで過ごせているんだから、もう少しだけ……。


もう少しだけ、あんたと一緒にいさせてくれないか?」


そう言って、大きな瞳で熱っぽい視線をぼくに向けてきた。


ああ、これだよ、これ。ウサコの必殺技は。


男殺しのまなざし。


ぼくは軽いめまいを覚えながら、こう答えた。


「わかった、ウサコ。


ぼくもおまえとの最後の時間を、もう少し過ごしたいと思っていた」


その言葉を聞くと、ごく自然な感じでウサコは腰を浮かし、ぼくとの間隔を縮めてきた。


20センチの距離は、肩が触れるか触れないかぐらいになった。


ぼくは、ウサコのほうを向くかわりに夜空を見やりながら、こう語った。


「ウサコ、おまえと2日間過ごして、おまえって意外といいやつなんだなと思うようになったよ。


最初は、はすっぱで馴れ馴れしいな女だなと思っていたけど、いろいろとプライベートな話もするようになり、有益なアドバイスをもらったりするうちにそう感じたんだ。


おまえはぼくのタイプじゃないけど、ひととしてはけっこういいやつだと思うようになったんだ」


ウサコは軽く舌打ちをしながら、口をはさんできた。


「こら、『タイプじゃない』は余計だろ。


でも、ありがとう。あんたもいいやつだよ。


こんな夜中にうろつくことしか出来ないおかしな女でも、まともに相手してくれて感謝してる。


ほんと、あんたと二度と会えなくなるって残念だよ。


マジな話、名残惜しいよ」


ウサコはそう呟くように言ったのち、しばらく沈黙していた。


そして思い出したかのように、ぼくにこう問いかけてきた。


「そういえば、あんたのこと、昨日から一度も名前で呼んだことがなかったよな」


「ああ、おまえにはぼくの名前、まだ教えていなかったからな」


ぼくのその答えを聞いて、ウサコは少し考えをめぐらせていた。


そして、こう言ったのだった。


「実は、最後にあんたにお願いしたいことが、ふたつだけある。


ひとつめは、その名前のことだ。


さっき、きつこがあんたを名前で呼んでいた気もするが、一瞬のことだったから、よく聞こえなかった。


ちゃんと、あんたの名前を教えてくれないか?」(続く)

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