第12話 きつこ、窓居圭太にウサコ変身解除の秘策を伝授する
ミミコの唯一の親友、
まみはミミコの願いどおり、今夜もミミコを妖しい美女に変身させるつもりだ。
ぼく
ウサコ、そしてまみの暴走を、果たしてぼくは終わらせることができるのか?
⌘ ⌘ ⌘
ぼくはこれまでのきつこの報告に対して、感想というか、ひとつの分析を述べた。
「いまのおまえの話を聞くに、まみが、単純にミミコちゃんの願望をかなえてやろうとしているわけじゃないなと思えてきたよ。
まみの『なんとか見返してやろうとは思ってるよ』とか、『努力して、ランクアップを目指す以外にないんだよ』とかいう発言には、彼女の強い意志、というよりは『意地』があらわれているよな。
ミミコちゃんの願いはきっかけに過ぎなくて、むしろまみは自分の能力がどこまでのものか、確かめようとしている。
本来なら、まみの変身能力はまみ自身でこそ発現すべきものだけど、おそらくそれがうまくいかないのだろう。
しかし、あやかしの能力が強まる夜間限定ではあるが、まみは他の生物である人間を変身させることができたんだ。
ミミコちゃんは、この能力の実験材料にされているとも言える。
その実験はいまのところ、大きな不具合は起きていないようには見えるものの、まみの未熟な腕前を考えるに、今後ミミコちゃんに万が一の危険な事態をもたらさないという保証はない。
ミミコちゃんの願いが発端とはいえ、まみの勝手な実験を、いつまでも続けさせてはいけないんだろうな」
ぼくの言葉を聞いたきつこは、うなずいて同意を示した。
「ボクもそう思うよ。まみは自分自身が思うように化けることができないのを、引け目に思っている。
いわばこの一件は、まみ自身の願望をミミコっちが代理してかなえてやっているんだとも言える。
もしかしたら圭太のいうように、危険な事態、失敗が起きるかもしれない。
事実、大人ミミコっちがまみの想定外の行動を時にとってしまうのも、うまく制御が出来ていない証拠と言える。
最悪、元のミミコっちの状態に戻れなくなることだって、ありうる。
当然、それをいつまでも野放しにするべきじゃないんだろうが……」
そこで、きつこの言葉がいったん途切れた。
「でもさ、圭太、そんな簡単に大人ミミコっちを消してしまっていいのかい?」
見るときつこは、いつもの「ワルいことを考えているとき」の薄ら笑いを浮かべている。
「な、なんだよ。何が言いたいんだ?」
ぼくが少しうろたえながらたずねると、きつこはこう言った。
「だって、大人ミミコっちは、圭太のストライクゾーンど真ん中なんだろ?
そんなミミコっちに、二度と会えなくなるんだよ。
そういうことで、本当に構わないのかい?」
ドSな女王様そのものの表情で、きつこはぼくをウリウリと責め立ててきた。
ぼくはあわてて手を振り、こう否定した。
「だからぁ、ぼくが大人なミミコちゃんに惚れてるなんて、完全な誤解だって!
ミミコちゃんが完全に元に戻ってしまっても、何も問題ないんだって!!」
それを聞いて、きつこはあごに手を当ててしばらく考えていたが、やがてこう答えを出した。
「わかった。そうまで言うのなら、今夜、ケリをつけてしまおう。
言っとくけど、『前言撤回』はなしだぜ。
けさがた、神様にも具体的な解決策を伝授してもらったから、それに従って圭太にも動いてもらうよ」
ちょうどその時、午後イチの授業の予鈴が、校舎に鳴り響いた。
「じゃあ、これからボクは保健室で仮眠をとって、そのあと
きつこはそう言って、そそくさとその場を立ち去ってしまった。
結局、授業は最後の一時限だけ出るのかい。やれやれだな。
⌘ ⌘ ⌘
放課後の部活、吹奏楽部の練習が終わった。
ぼくは隣りに座っていた榛原に小さく声をかけた。
「榛原、ちょっと話をしよう」
榛原は、無言でうなずいた。
”きつこは、そのあとな”
ぼくは離れたところにいるきつこに目配せをしながら、〈念〉でそう告げた。
きつこは右手の親指と人差し指でOKサインを作ってそれに応えた。
ぼくと榛原はさっそく三階にある音楽室を出て一階に降り、校舎裏へと向かった。
適当な場所を見つけると、まずぼくから話を切り出した。
「榛原、きつこが時間をかけて調べてくれたので、ほぼ準備は整った。
きょうこそぼくは、ミミコちゃんの問題を終わらせるつもりだ。
あの変身がミミコちゃんのただひとりの親友、絹田さんの
いまの自分の幼い外見を気にして、もっと大人っぽくなりたいというミミコちゃんの願望を、絹田さん、いやその正体である狸のあやかし、まみがひとりで勝手にかなえてやっているんだ。
それはミミコちゃんのためを思ってやっているというよりは、自らはうまく人間に化けることの出来ないまみが、代わりにミミコちゃんの体を借りておのれの願望を実現させている、いわば危険な生体実験のようなものなんだ。
どこかでアクシデントが起きても、おかしくない。
だから、この状況は早く終わらせないといけない。
ぼくときつこは、万が一にもミミコちゃんの身に危険な事態が起きないよう細心の注意をはらって、今夜中に決着をつけるつもりだ。
ぼくのことを信用して、すべてを任せてくれないか?」
そう一気にたたみかけると、榛原はメタルフレームの眼鏡を直して、こう答えた。
ぼくの目を、正面から見つめながら。
「もとより俺は、圭太を信じて全権委任しているよ。
たとえミミコの身になんらかの問題が起きたとしても、圭太にすべてを任せての結果だから、何も言うつもりはない。
圭太が正しいと思うやり方で、やってくれ」
その言葉を聞いて、ぼくの胸にも熱くこみ上げるものがあった。
「ありがとう、榛原。そう言ってくれて。
本当に心強いよ。
こんなぼくだが、今回は絶対に失敗はしない。
ミミコちゃんの身にもしものことが起きないよう、最善を尽くすと誓うよ」
そこでぼくと榛原は、おたがいの両手を、固く握り締めあったのだった。
⌘ ⌘ ⌘
ぼくは榛原に、今夜もミミコが変身して家を出たら連絡をくれるように頼んでから、別れを告げた。
そののち、ぼくはその場所を離れずに、きつこに念を飛ばして、校舎裏に来てくれと頼んだ。
一瞬のうちに、きつこが現れた。
ぼくは、彼女に真剣な眼差しを向けて、こう話し始めた。
「榛原にも、今夜決着をつけるとはっきり伝えた。
もう、あと戻りは出来ない。
神様がおまえに授けてくれたという秘策を、ぼくにも教えてくれ」
きつこも、いつになく緊張した面持ちで答えた。
「わかった。では話すけれど、こればかりはいきなり口に出すわけにはいかない。
なにしろ、最大級のトップシークレットだからな。
例の狸さんがここまで密偵して話を聞いていたら、すべてがおじゃんになっちまう。
いまから、ここに『意識の結界』ともいうべきバリアを張る。
ちょっとインパクトがあるから、覚悟してくれ」
そういうと、きつこは小声で呪文とも念仏や題目ともつかぬ
一瞬、目の前が真っ白になり、意識が途切れた。
⌘ ⌘ ⌘
ほどなく、意識が
あたりには乳白色のもやがかかり、視界はせいぜい二メートルぐらいしかなかった。
ぼくの目の前には、ケモ耳をにょっきりとはやしたきつこが立っていた。
「これで、何を話しても大丈夫だ。
さっそく、圭太に神様に聞いた秘策を話そう。
昼休みの時に、ボクは神様の考えをこう伝えたよな。
『ミミコっち自身、そういう大人の女に変身したいと思わなくなれば、まみもその気持ちにしたがって、ミミコを変身させなくなる』
では、どのような策をとれば、ミミコっちがそういう思いを取り下げるのだろうか?
神様によれば、いくつか考えられるそうだが、その中でも一番確実なのは、次のやり方だという。
まずは、今回の仕掛け人である、まみの化けの皮をはぐ必要がある。それなくして、根本的な解決はない。
圭太によるとまみは、ミミコっちの髪留めに化けているそうだから、まずそいつをなんとかミミコっちから外させてしまう。
そのためには、圭太にも色男としての手腕をふるってもらわないとな。
そう。ミミコっちをうまく口説いて、髪留めを外させてくれ」
きつこは、そこでペロリと舌を出した。
「なんとか外させたら、それをボクにパスしてくれ。
狸にとって最大の天敵は犬だって、圭太も聞いたことがあるよね?
その
きつこは懐中から、小さな白札を取り出して、ぼくに見せた。
なにやら梵字のような古い文字が、書きつけてある。
「このお札を髪留めに貼り付けてまみの化けの皮をはぎ、ミミコっちに見せつけるんだ。
ミミコっちには、まみの策略によって、自分が本来の姿ではない大人の女に変身しているという事実を知らせないといけない。
そして、圭太、ここからが重要だ」
きつこは、そこで真顔になった。
「圭太には、ミミコっちに『大人の姿をとっていても、何も得られるものはない』と悟らせ、『元の姿に戻りたい』と思わせるよう、説得してほしいんだ。
ミミコっちが心底、そういうふうに願うようになれば、今回の張本人であるまみは、その願いをかなえる責任が生じて、いやでもミミコっちを元に戻さざるを得なくなる。
圭太は昨夜ミミコっちに、『自分はロリコンだからきみには興味がない』って拒否ったんだろ、実は
あの調子でミミコっちを説き伏せるのさ」
「ロリコン言うな。ぼくは成熟する前の青い果実が好みって言ったんだ」
「同じだと思うけどね」
「それに真逆の趣味ってのも、完全に誤解だ。何度も言うけど」
「どうなんだろうね。ま、それはさておき、ここは圭太の説得力が試されるところだ。
でも、昨夜のミミコっちの様子を見るに、けっこう圭太のことが嫌いじゃない感じだから、たぶん大丈夫な気がする」
「そんなに楽観的でいいのかよ」
「最後まで聞いとくれ。とどめの一手、絶対に大人の姿に戻らなくするダメ押しの一手があるんだ。
というか、それをしておかないと、ミミコっちはまた変身しかねないから、やらないとダメだ」
「なんだ、それは?」
ぼくの問いかけに、きつこは一瞬、息を整えて、こう答えた。
「圭太がミミコっちに、キスするんだ」(続く)
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