第13話 きつこ、ウサコにキスすべき理由を窓居圭太に説く

夜毎妖しい美女へと変身する榛原はいばらミミコとの再対決を控えた、ぼく窓居まどい圭太けいた神使しんしきつこ。


きつこいわく、ミミコを元通りにするには「大人の姿をとっていても何も得られない。元の姿に戻りたい」と思うよう、ぼくがミミコを説得しなければならない。


しかも、そうやって説得するだけではミミコの再度の変身を防ぐには十分でないという。


きつこはぼくにもうひとつ、とんでもない注文をしてきた。


       ⌘ ⌘ ⌘


「おいきつこ、いま何て言った?」


きつこは「よく聞いとけよ、タコ」と言わんばかりのドヤ顔でこう答えた。


「何度でも言おう。圭太がミミコっちに、キスするんだ」


二回聞いても、答えはまったく同じだ。


ぼくの脳幹細胞は、クラッシュした。


「@&#?〒々!%*〆!!!!」


「なにシステムエラー起こしてんだ。しっかりしろ!」


5秒後、ぼくのプロセッサはようやく復旧した。


「ん、ん、マ、マジかよ!! ぼくをからかってんのか?」


きつこは仏頂面のまま、こう答えた。


「マジだ。1パーセントもジョークは含まれてない」


「と、と、とにかくだ。その根拠を示せよ!」


「わかった。すぐフリーズする旧式PCの圭太にもよくわかるよう、懇切丁寧に説明してあげよう」


腕組みをしてあごをすくい上げた姿勢で、きつこは話を続けた。


「そもそも、なぜミミコっちは、大人っぽい外見になりたいと思うようになったかのか?


これぐらいは、圭太にもわかるよな? 答えてごらん」


きつこの、かなり上からの物言いに内心抵抗を感じながらも、ぼくはこう答えた。


「そりゃあ、ミミコちゃんは兄の榛原からここ数年、距離をとられたことを淋しく思った。


自分も大人っぽい容姿になれば、こんなことにはならないはず。だから、早く大人になりたいと願った。


そういうことだろ?」


「正解だ。もちろん、それで間違いではない。


だが、十分とはいえない」


「と言うと?」


「マサルっちのことは、いわば引きがねに過ぎない。その背景にあるものにも、視野を広げてみよう。


ミミコっちは、兄のことしか異性と意識できないようなブラコンってわけじゃない。


それは圭太だって、榛原家に行ったときの経験でわかるだろ?


ブラコン女子、あるいはシスコン女子もそうだが、好きなきょうだいに対する目線ひとつとっても、その好意が露骨にわかってしまうものだ。


身近にはっきりした例を知っている圭太なら、当然、実感できるよな?」


これには、さすがに反論の余地もない。


お姉ちゃんしかり、高槻たかつき姉妹しかり……。


「ミミコっちは、普通に同世代の男子のことも異性、交際の対象として意識している。


いやむしろ、たとえはアレだが、『耳年増』といっていいほど、男女間のことについては広範な情報と大人びた意識を持っている。


その明らかな証拠が、大人に変身した時のミミコっちの言動なんだ。


はすっぱで、馴れ馴れしい、圭太を翻弄ほんろうし続けたあのビッチキャラは、まみがわざわざ付与したものではない。


むしろ、ミミコっちの心の中で誰にも知られないままに育っていた、ひょっとするとミミコっち自身にもほとんど自覚のないまま醸成されていた、もうひとりの自分だったんじゃないかな。


それが、中身にふさわしいアダルトな外見をまとうことによって、初めて完全体となってボクたちの前に登場した。


そういうことだよ。


圭太によるとミミコっちは、ふだんは幼児向けアニメ「キュープリ」を愛好するようなおぼこい少女をよそおっているそうだが、それはあくまでも隠れ蓑で、その幼い容姿に見合った行動を意図的にとっているに過ぎない。


だから、ミミコっち本人には気の毒な言い方だが、大人ミミコっちは、内なるミミコっちそのものなんだ」


ぼくはそこで、大きくため息をついた。


「そうか。やっぱり、そういうことなんだ。


でももし、その事実をミミコちゃんがもし知ってしまったら、彼女はすごくショックを受けるだろうな」


きつこは、それに対して少し黙っていたが、おもむろに口を開いた。


「心配は、たぶんいらないと思う。


ミミコっちと大人ミミコっちは月やコインの表裏のようなもので、たがいの姿を直接見ることはない。


かすかに、反対側の自分を意識することはあるだろうけど、致命的なショックを受けることはないさ」


「ああ、だといいんだがな」


ぼくも、その可能性については、それ以上気に病まないことにした。


きつこは、いずまいを正して、再び語り始めた。


「じゃあ、本題に戻ろう。


ミミコっちの変身願望の根っこには、まわりの男性から一人前の女性として普通に認められ、愛されたいという気持ちがある。


だが現実のミミコっちは、その大人びた意識とは裏腹に、この上なく幼い容姿だ。


まわりの男子にも、恋愛対象として扱ってもらえない。


それでも、数年前までは兄マサルっちがミミコっちをちゃんとかまってくれていたから、現実の恋愛に代わる代償機制として働いていた。


だが、マサルっちに距離をとられたことで、それもなくなってしまい、ミミコっちは現状に対する強い不安に陥り、唯一の友、絹田きぬたまみ子ことまみに打ち明けたのだ。


ミミコっち本人的には、打ち明けただけで気持ちはだいぶん楽になったんだろうが、打ち明けた相手がまずかった。


まみは常日頃、無力感にさいなまれていたから、これをきっかけに自分のコンプレックスを解消できるのではないかと考え、ミミコっちにはことわりなしに彼女の改造実験を始めたのだ。


それが、まみの予想を上回る結果を生み出してしまい、まみとしてはこの実験を続行したものかどうか躊躇するまでの事態になっている。


しかし、ミミコっち自身は大人っぽくなりたいという願望を捨て切れずにいる。


だから、まみとしても、その願望に沿わざるを得ないのさ。


ふたりの少女の承認欲求、女性として認められ愛されたいという願い、自分の能力を証明したいという願いがクロスすることで生み出された怪現象、それが今回の一件なんだ。


だから、ミミコっちの『承認欲求』を少しでも認めてあげないことには、彼女の心に夢がかなえられなかったという不満感、しこりのようなものが残る。


それが残ってしまう限り、ミミコっちの変身願望はいずれ鎌首かまくびをもたげてくることは、間違いない。


圭太は、ミミコっちに対して『ツン』の戦略で最後まで押し切ろうと考えているだろうが、それでは問題の根本的解決にはならない。


最後の最後ぐらい、デレてあげなきゃ。


ご褒美をあげなきゃ、ミミコっちは安心して成仏じょうぶつできないから」


「こらこら、ミミコちゃんはまだ死んでないから!!」


ぼくが渾身のツッコミを入れると、きつこは長い舌をペロッと出した。


「ま、それはジャパニーズジョークだけどね。


でも、大人ミミコっちは、ある意味幽霊のような存在なんで、この不謹慎なたとえもあながち間違っちゃいない。


なにしろ、現世に大いなる未練を残しているわけだから。


ここはひとつ、人助けだと思って、ミミコっちに手を差し伸べてあげなよ、キスというかたちで」


そう言って、きつこは軽やかにほほえんだ。


ぼくとしては、きつこのその説明を聞いても、なんだか納得いかない感はあった。


が、ここまで長尺の熱弁を聞かされてしまっては、その勢いにはあらがいがたいものがある。


「ほ、ほんとうに、人助けになるのか、ぼ、ぼくのキスが?」


ぼくの気弱な問いに、きつこは満面の笑みをもって答えた。


「うん、もちろんだとも。


神様もそう言っていたから」


「そうか、そういうことなら、覚悟を決めなきゃならないかなぁ……」


「おや、まだためらいがあるみたいだね。


まあ、気持ちはわからないではないよ、ファーストキスを人助けであげなきゃいけないんだから、ビビるのも無理はない」


「な、なにを言うんだ。ビビるとか」


「でもさ、キスなんて一瞬のことじゃないか。


減るものじゃないし、パパパって済ませちゃえばいいんだよ」


きつこお前、その考え、いろいろ間違ってない!?


いろいろ、「人」としてアウトなんじゃない?


あ、あやかしだったか。


「そんなに緊張するんなら、本番で失敗しないように、ボクと予行演習しとく?」


そう言って、きつこはぼくに唇を突き出してきた。


おまけに目まで閉じて、うっとりとした表情で。


「するわけ、あるか〜〜っ!!!」


ぼくはもう一回、全力でツッコミを入れた。


そうしたら、


「ちぇっ」


露骨に舌打ちされた。


乙女として、その行動はありなのかよ。


「それに、ファーストキスといっても、いずれ存在しなくなるキャラクター相手にするキスなんだから、ノーカウントって言えるんじゃない?


きみのママや、アイドル写真や、アニメキャラとのキスみたいなもんで」


きつこと話していると、あたまの頭痛がいたくなってくる。こりゃ、ダメだ。


「しょうがねぇな。そうまで言うのなら、義のためにひと肌脱ぐか」


ぼくはついに根負けして、白旗を上げた。


そうすると、大向こうから、


「よっ、窓居屋! 日本一!」


ときたもんだ。


お調子者め。ひとを乗せるのも、たいがいにしろ!


もちろん、一応ひと肌脱ぐなどと言ってはみたものの、ぼくはきつこの無茶振りを、本気で引き受けたつもりはなかった。


事の成り行きによってはうまく誤魔化せばいい、そう思っていたのだ。


       ⌘ ⌘ ⌘


その打ち合わせを終えたのち、ぼくときつこは「意識の結界」を抜け出て、再び現実空間に戻った。


家に帰ろうとふたりして校舎の靴箱のところまでやって来ると、高槻がいかにも所在なげに立っていた。


彼女はきつこと一緒に帰ろうとしていたのだろう。


「あ、高槻さん。きつこを待っていたんだね。しばらく待たせてごめんね」


ぼくがそう声をかけると、高槻はこくりとうなずいた。


そして、こう切り出した。


「窓居くん、昼休みのときもそうだったと思うけど、榛原くんの妹さんの件を相談していたんだよね?


きつこさんからも、事情をざっと聞いたわ。


今夜また本町ほんまち公園に行って、今回でなんとか解決するってことだけど、本当に大丈夫そうなの?」


高槻は不安げな表情で、ぼくにそう尋ねてきた。


「ああ、きつこのおかげで、うまくいきそうな秘策も見つかったから、大丈夫だと思うよ」


「そうなの……」


高槻はその返事を聞いたあとも、まだ、もじもじとしている。


そして、思い切ったかのように、こう口に出した。


「わたしと、それにみつきちゃんも、ふたりだけでほんとうに大丈夫なのか、ものすごく心配しているの。


もし、わたしたちに出来ることがあるんだったら、力になりたいの!


ダメかしら?」


そう言って、ぼくやきつこの表情をうかがう高槻。


きつこは、わざとだろうな、高槻と目を合わせないように、あさっての方角を向いて軽く口笛を吹いている。


この狸め、いや狐め!


しょうがないので、ぼくがその問いに答える。


「高槻さん、気持ちはとてもうれしいけれど、そこまで大変な仕事にはならないと思うよ。


もし、万が一の事態になったら、高槻さんたちにも加勢を頼むから、まずはおうちで待機していてくれないかな」


その答えを聞くと、さすがにそれ以上言ってもムダだと悟ったのだろう、高槻はこう言ってほこを収めた。


「わかったわ、窓居くんときつこさんにすべてお任せするわ。


くれぐれも、危険なことはしないでね」


「わかってくれて、ありがとう。


ぼくたちもベストを尽くすよ。なあ、きつこ」


きつこも、それにはクイック・レスポンスで、


「ああ、もちろんさ」


と答えた。まったく調子のいいヤツだ。


しかし、このタイミングで、高槻が加勢を申し出てきたのには、正直ヒヤッとした。


だって、もし、ぼくが今夜ウサコつまり大人ミミコと、昨日のようなきわどい状況にまたなっちまったら、そんな姿、高槻姉妹には絶対見せられないじゃないか。


ぼくは内心胸を撫でおろしながら、家路へと向かう高槻ときつこに別れを告げたのだった。(続く)

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