第11話 きつこ、榛原ミミコと絹田まみ子を偵察、ふたりの会話を聞く

友人榛原はいばらマサルの妹、ミミコ変身の謎を神使しんしきつことともに追う、ぼく窓居まどい圭太けいた


第一夜は、謎の解明は残念ながら不首尾に終わったものの、いくつかの手ががりを得て、半歩ほどの前進となった。


きつこはミミコの通う中学校に潜入、ミミコとその親友の会話を聞くことに成功する。


いま明らかになる、彼女たちの「願望」とは?


       ⌘ ⌘ ⌘


きつこは、こう話を続けた。


「ボクがマサルっちの家に行ってまもなく、親友の絹田きぬたっち、つまり人間の姿のまみが、ミミコっちと一緒に登校するためにやってきた。


ミミコっちは親友のことを『まみちゃん』と呼び、まみは『ミミちゃん』と呼んでいた。昨夜のように。


ボクは完全に気配を消してふたりを尾行し、彼女たちの通う本町ほんまち中学までつけて行った。


ふたりは中三の同じクラス、3Bに所属していた。席はまみが前の方、ミミコっちがうしろの方でだいぶん離れていたけどね。


それから、先生が出席をとった時にわかったことだけど、まみは人間界では『絹田まみ」という名前だった。


授業時間中ボクは、あるときはミミコっち、あるときはまみの様子を後ろから観察していた。もちろん、先生や生徒からはわからないように、完全に気配を消してね。


で、ミミコを観察していたときは、とりたてて収穫はなかったんだけど、まみを見続けていて、思わぬ特ダネに遭遇したんだな」


そこで、ぼくはきつこの話をさえぎって質問した。


「なんだ、それは?


ヤツの心を読むことでも、できたのか?」


きつこは、かぶりを振った。


「もちろん、そんな真似はボクには出来ない。


でも、問わず語りっていうか、中学生くらいの女子のよくやっている『習慣』のおかげで、予想外の獲物があった。


まみは、授業なんかろくに聞かずに、小さな日記帳に昨夜起きたことのあれこれを書いていたんだよ。


思わず、近くまでにじり寄っていって、ガン見しちゃったよ」


「おまえ、よく気づかれなかったな。


昨夜はずっとまみのことを探していたのに、おまえ、まったく見つからなかったじゃないか。


黒幕さん、えらく用心深いヤツだとなと思っていたんだが……。


あっ! もしかして?」


ぼくの突然の叫びに、きつこは怪訝けげんそうな顔をした。


「ん、どうした圭太?」


「さっきおまえ、『まみはすべてのものに化けることが不得意なわけではなく、道具類のような無生物に化けるのは得意だった』とかなんとか言ったよな?」


「ああ、そうだけど」


「だとすれば、こういうことじゃないか。


まみは夜の間、ずっとミミコと一緒にいたんだよ。とても小さな、アクセサリーか何かに姿を変えて。


だとしたら、おまえはもちろん、近くにいたぼくにだってわかりゃしない。


いま思えば、ミミコがおろした前髪につけていた、ごくありふれた髪留め、それがまみじゃなかったかって気がする。


最後のまみの叫びがぼくにはやたら鮮明に聞こえたってのも、それで納得がいく。


まみは、ずっとミミコちゃんとぼくのことだけ見続けていたんだ」


ぼくの説明を聞いて、きつこも納得したようだった。


「あのとき、まみはミミコっちとずっと一緒だったから、他の場所をいくら探しても見つかるわけがなかった。


ボクは小一時間、骨折り損のくたびれ儲けだったってことか。あーあ」


「ああ、残念ながら、そのようだね」


ぼくは、きつこの言葉にうなずいた。


しばらく落胆のご様子のきつこだったが、また口を開いてこう言った。


「じゃ、気をとりなおして、話を本題に戻すね。


まみは、こんな感じで昨夜のことを記していた。


『昨夜は、予想外のことばかり起きて、わたしはものすごく焦った。


最初の日や二日目は、まあ大した問題が起きなくてよかった。


ミミちゃんが出会う男たちは、彼女をただ怖がっているだけだったし。


彼らはミミちゃんを幽霊か何かと思っているみたいだった。


でも三日目は、かなり困ったことになってしまった。


わたしも一度会ったことのある、ミミちゃんのお兄さんに夜中の外出を気づかれてしまったようで、彼と公園で出会う羽目になってしまった。


彼はあの姿のミミちゃんを、自分の妹だと察したようだった。


これって、相当まずい状況だよね。


で、わたしがどうこうしようとするより早く、お兄さんがミミちゃんを一発で気絶させて、かかえて家に持ち帰ってしまった。


あの瞬殺の手際、どう見ても普通の学生には見えなかったな。


まるで、映画やテレビドラマでよく見る、熟練のエージェントさんみたいだった。


その翌朝、わたしは今後どうしようかと考え込んでしまった。


下手すると、前の夜よりさらに危ない事態になるかもしれない。


もともと、ミミちゃんの同意を得ずにやっていることだけに、もし今度、ミミちゃんの身にまさかの事態が起きたら、本当に申し訳のつかないことになる。


考えあぐねた末、わたしは昼休みに、それとなくミミちゃんにたずねた。


いまでもやっぱり、あの願いは持ち続けているのって。


ミミちゃんは、ためらうことなく〈そうだよ〉と首を縦にふった。


そうか、そう思い続けているのなら、あの願いはこれからもかなえてあげるべきなんだろうな、そう思った。


だから、昨夜もまた、ミミちゃんを大人の姿に変えることにした。


もし、ミミちゃんが危険な事態になったときは、彼女の安全を最優先で行動しようと決意して。


そうしたら、今度はまた違う男性がやってきて、しばらくミミちゃんの話し相手になった。


彼は、わたしたちとあまり年齢が違うように見えなかったけれど、どう見ても年上な感じのミミちゃんに対して、絶対に主導権をとられまいと、ひどく気負っているように見えた。


たぶん、この男性はお兄さんと知り合いの人で、事前にミミちゃんの変身のことを彼から聞いて知っていたのだろうな、わたしはそう思った。


彼は最初のうちは、ミミちゃんに対して〈きみなんかに興味はない〉みたいな、ツンな態度をとり続けた。


ミミちゃんも、そのせいで少しへこんでいたけど、そのうちその態度が虚勢に過ぎないと読めてきたようで、行動が大胆になってきた。


自分に名前をつけさせ、さらには男性の膝の上に乗っかり、あげくの果てにはキスまで求めるなんて。


わたしが止めなかったら、そしてあの男性が拒まなかっら、どこまでいったかわからなかった、まったくの話。


大人化したミミちゃんがとった行動には、ミミちゃんの〈本当はこういうことをしたい〉というホンネが現れている。


このわたしが言うのもなんだけど、クラスでも一番小さくて子どもっぽいって言われているミミちゃんが、あんなことを自分からやり出すなんて、けっこうショック。


今夜は本当にどうしたらいいの。


ミミちゃんに、もう一度確認してから考えるしかないのかなぁ』


まみの日記は、そんな感じだったよ」


「そうか。だいたいのところは、これまでわかってきたことを裏打ちするような話だったけど、新たにわかったネタもいくつかあるな。


ミミコちゃんの願望を、まみが本人に言わずにかなえてしまっていることとか。


あるいは、ミミコちゃんの暴走は、彼女の潜在的願望がもたらしたものであるとか。


ぼくとしては、あのとき虚勢を張っていたのが向こうにもバレていたと聞いて、いささか凹むぜ」


ぼくがそうボヤくと、きつこがドヤ顔でこう言った。


「だからぁ〜、言ったじゃない。バレバレなんだって。


女の目から見りゃ、虚勢を張っているのも、大人ミミコっちに惚れちゃっているのも」


「いやいや、惚れてないから!!」


あわてて否定するも、自信顔のきつこにはまったく相手にされなかった。くそっ。


「でもさぁ、ひとつ気になっているんだけど、その日記の内容だけじゃ、ミミコちゃんが具体的に何を願っているのか、なぜそう願うのかはいまひとつよく見えないよな?」


ぼくが感想を述べると、きつこも同意を示した。


「ああ。その通りだ。まだ謎の核心は完全には見えていない。


そこでボクは、さらに一歩踏み込んでリサーチしてきた。


その収穫を、これから話そう」


そこできつこは、あたりに誰もいないことを改めて確認したのち、ふたたび話し始めた。


       ⌘ ⌘ ⌘


「席が離れている上に、周囲の目もあってだろうな、ミミコっちとまみは、昼休みまではほとんど会話を交わさなかった。


昼休みになると、ふたりはようやく人気ひとけのない校舎の屋上まで行って、一緒に弁当を食べ始めた。


食事が終わると、ようやくまみが話を切り出した。


『ミミちゃん、最近変わったことない?』なんて、遠回しな言い方で。


『ん? 特に変わったことはないよ?』と、ミミコっちは無邪気な返事をしてきたので、まみはホッとした表情になった。


そして、こうミミコっちに尋ねた。


「昨日も聞いたかもだけど、ミミちゃんが、いま一番かなえたい願いって、やっぱり大人っぽくなること?」


その問いを聞いて、ミミコっちはしばらく考えていた風だったけど、こう答えたんだ。


『うん。それは特に変わっていないよ。


マーにいがこの数年、なかなか一緒に外出してくれないのは、ミミコがこんなお子ちゃまだからだと思うんだ。


ミミコがもし、背も高くて顔立ちも大人っぽい妹なら、マー兄も、休みの日にもっといろんなところに連れてってくれるはずだよね。


だから、早く大人っぽくなりたいの。それに……』


ミミコっちは、ひと呼吸おいて次のように続けた。


『ミミコ、このままずっと、大人になれないんじゃないか、男のひとから、女性として認めてもらえないんじゃないかって、とても心配なんだ。


漫画やアニメで、合法ロリとかロリ婆さんとか呼ばれているキャラがいるじゃない。れっきとした成人女性なのに、子どもにしか見えないキャラ。


ミミコ、このままあれになっちゃうんじゃないかって。


一生大人に成長できないまま、子どものからだのままで生きるなんて、ミミコはいやなんだ」


ミミコっちは今にも泣き出しそうな、切羽詰まった顔つきになっていた。


あわてて、まみがなだめに入った。


『そんなことないよ、ミミちゃん。大丈夫だって。


お兄さんもあんなに背が高いんだから、ミミちゃんもそのうち大人っぽくなるって』


『ありがとう、まみちゃん。そう言ってくれるの、まみちゃんだけだよ。


ほかの子たちは、ミミコのこと〈ロリ〉って言ってからかうだけで、親身になって考えてくれないからね』


ようやく、ミミコっちも気持ちが落ち着いたようだった。


今度は、ミミコっちがまみに尋ねた。


『でもまみちゃんも、みんなにときどきいじられているよね。タヌ子とかドジ子とか言われたりして。失礼な話だよね。


言われてて、まみちゃん自身、平気なの?』


まみは、しみじみとした調子で答えた。


『そりゃあ、言われていい気はしないよ。


でも、わたし太めだし、何をやってもうまく出来ない不器用な子だって自覚してるからね、いまは言われても笑って我慢してるの。


でもそのうち、なんとか見返してやろうとは思ってるよ。


努力して、ランクアップを目指す以外に、そう言われなくなる道ってないんだよね』


まみのその言葉を聞いて、ミミコっちもいたく感心した風だった。


『そういうこと聞くと、まみちゃんって本当に大人だなって思うよ。


大人っぽいって、実は見た目よりも、考え方についてこそ言えるんじゃないかって、思えてきたよ。


ミミコも、そんなまみちゃんを目標にするよ』


まみは手を振って否定した。


『ほめ過ぎだって。努力はしてればいいってものじゃなくて、実を結んでこその努力だからね。


わたしなんて、まだまだだよ』


そう言って向き合ったふたりに、自然と笑いがこぼれ出た。


このふたりには、本当の意味で信頼関係があるんだなと思ったよ。


ボクもとてもうらやましく思った」


きつこは、ミミコとまみの人柄に触れるうちに、すっかり彼女たちの味方になっていたようだった。(続く)

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