第3話 窓居圭太、稲荷の神様より姉の秘密を聞かされる

三百坪あまりの広さの境内けいだい。その社殿の手前、石畳の上で、姉は歩みを止めた。


そしてぼくと明里あかりも、神社を取り巻くように配された石垣の陰に身を隠して、彼女の様子を伺った。


と、息を呑むような光景が、なんの前触れもなく始まった。


一瞬、天空より閃光が走ったかと思うと、それが消えることなく地上にとどまり、姉の全身を包み込んだ。


ぼくたちはしばらく、ぼうっと光る姉の身体の内側から、紅、朱、緋、橙、藍、紫といったさまざまな光の渦が湧いては消え、湧いては消えしていくのを目撃していた。


「明里、これはチャネリングしている、そういうことだよな?」


「まさしく、そうや。稲荷の神様としのぶちゃんが交信しとる」


神々しい光の饗宴を目にして、ぼくはゴクリと唾を飲み込んだ。


お姉ちゃんは、生身の人間のまま、神の使い、神使しんしとなっているのだ。


「こうやって見るべきものを見た以上、もはや長居は無用、だな」


「ああ、そうや」


ぼくらは、本能的にその場所に居続けることのリスクを察知していたのだろう、来た方角に向きなおろうとした。


が、その瞬間。


光を放っているお姉ちゃんの身体から、一筋の閃光が飛んで、こちらを直撃した。


ついに、神に悟られた!


身構える余裕すらなく、あっさりぼくらの身体は吹っ飛んだ。


いや、吹っ飛んだだけじゃない。意識が、途切れた。



どのくらい経ったのだろう。何時間も経ったような気がするが、ほんの数十秒だったのかもしれない、とにかくぼくは目を覚ました。


地面にうずくまった状態で。


あたりを見回した。


五メートルほど離れたところに、お姉ちゃんが光をまといながら、こちらを向いて立っていた。


いや、見た目は姉だったが、明らかに別人だった。


その両眼は黒目を失い、真っ白だった。


ふと気づいて、ぼくは自分のすぐ周囲を確認した。明里はどうなった?


果たして明里は、隣で仰向けになって倒れていた。


意識はない。


「明里、起き…」


呼びかけようとしたとたん、姉モドキは口を開いた。淡々とした口調で。


「無駄じゃ。そのおなごの心はわれが封じ込めた。


声をかけたところで、目を覚ますことはない」


「うっ」


ぼくは言葉を失った。


「われはこの地をおさむる、ウカノミタマなり。


われはなんじと話がしたいのじゃ」


そう言って、白い瞳でぼくを直視した。


もう、逃げも隠れも出来ない。


ぼくは覚悟を決めた。


姉モドキがみずから名乗った通り、今の彼女は稲荷神社に祀られている神様に他ならなかった。


「われの使いにして汝の姉、窓居まどいしのぶは、われにひとつの願をかけた。


汝窓居圭太けいたと未来永劫、共に過ごせること、それじゃ」


「そのために、汝の姉はわれにかくのごとく乞うた。


弟の懸想けそうが全て実らぬよう計らい給えと」


懸想? ああ、それはぼくでも知っている。


古典の授業で聞いたことがある。恋、恋愛のことだ。


…えっ? となると、こういう意味じゃないか。


「弟の全ての恋愛を妨害してくれ」


なんと! なななんと!


ぼくがかつて恋の告白で三十連敗を喫した陰に、この神様の暗躍があったとは!


ぼくは絶句した。


神様はこう続けた。


「昨夜、汝の姉はこの社にもうでてわれにかく伝えた。


従妹いとこの色香より弟を守り給えと」


従妹とはもちろん、今ぼくの傍らで意識を失っている明里のことだ。


しかし、それにしても色香って。


中三女子に色香って……。


でも、あながち否定は出来ないか。


正直、生身の女性の裸身を初めて見てしまったのだが、とても十五才には見えなかった。


今日から水商売に飛び込んでもオッケーかも。


いやいやいや、それはさすがにまずいか。


神様の言葉で全てがに落ちた。


そこでようやく、ぼくは口を開いた。


「で、神様、あなたはぼくに何をお聞きになりたいのですか?」


神様は、おごそかにこう答えた。


「汝の心持ちを、知りたいのじゃ。


汝に、汝の姉の想いを受けとめる気はあるのかを」


ひと呼吸おいて、ぼくは答えた。


「姉がぼくのことを、肉親として大事にしてくれるだけでなく、異性としても好きであることは知っています。


しかし、ぼくには姉を恋の対象として見ることは、無理なのです」


それを聞いて神様はしばらく黙っていたが、おもむろにこう答えた。


「そうか。


われはこれまで汝の懸想をことごとく妨げることで、なんとか汝の目をその姉に向けようとしたのじゃが、どうやらそれは無駄だったようじゃの」


そうして、深く溜息をついた。


「じゃがの、われとてひとの心を変えることは出来ぬのじゃ。


汝の心を変えられぬように、汝の姉の心を変えることも出来ぬ。


よって、汝の姉の心が変わらぬ限り、われはその願いに沿うようにしか動けぬのじゃ。


汝の姉の想いを変えうるのは、ひとのみと心得るがよい。


今宵はこれまでじゃ」


そう言うと、神様はこれまでの何十倍もの光を放って、ぼくの目を眩ました。


ぼくの意識は、再び途切れた。(続く)

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