第4話 窓居圭太と財前明里、奇策で窓居しのぶのブラコンを解く

ぼくが次に目覚めたときは、すでに朝だった。


しかも場所は稲荷神社ではなく、自分の寝床の中だった。


神様はぼくを家までテレポートさせたのに違いない。


ぼくが洗面所で顔を洗っていると、果たして、明里あかりがげっそりとした顔で現れた。


「おはよう、というかお疲れ、だな」


明里は無言でうなずいた。


「お前が気を失っている間に、お姉ちゃんに憑依した神様から、彼女がどういうがんをかけているかを聞いた。


やっぱりお姉ちゃんは、ぼくの全ての恋愛を神様の力によって妨害していたんだ。


なんとかしないと、ぼくは一生恋愛出来ない、ということなんだな」


「ふーん、やっぱりやね。


それでどないすんの、けーくん」


「いくつかアイデアはないではないけど、果たしてうまく行くかどうかは、わからない。


でも、今日中に結論は出すから、お前も協力してくれ。


作戦実行は、今晩だ」


ちょうどそこへ、こちらも疲れを顔ににじませた姉がやって来た。


「ふあぁ〜、眠い。なんか夕べは悪い夢を見たみたいで、まったく疲れが取れなかったわ、お姉ちゃん」


どうやら、夜中の出来事は全く記憶に残っていないようだ。


これもまた神様の計らい、だな。


ぼくは密かに、明里にウインクを送った。



その日は明里の入学試験の二日目だったが、場所は昨日と同じだったので、全て明里に任せて、ぼくは学校でずっと解決策を練って過ごした。


ぼくが自己犠牲で姉の求愛を受け入れればことは解決するのだろうが、それはまっぴら御免だ。


となれば、取りうる策は何か。


ぼくが明里とラブラブであるということにして、あきらめさせるってのは?


いやいや、それは危険過ぎる。


姉の性格を考えたら、火に油を注ぐようなもんだ。


嫉妬に狂って、最悪明里を呪い殺す、なんてことになりかねない。


あれこれ悩んだあげく、ぼくはウルトラC級の秘策を考え出した。


それとて成功の保証はない。


でも、一か八かやってみるしかない。



夕方、時間に余裕があったので、無事入試日程を終えた明里を、会場まで迎えに行った。


この二日間のドタバタで、入試どころではなかった明里だが、なんとか最後まで試験をこなし、肩の荷が下りたようだった。


「もともと記念受験やからね。落ちてても、しゃーないわ」


そう笑った彼女にぼくはねぎらいの言葉をかけ、今晩の作戦内容を告げた。


一瞬、ただでさえ大きい彼女の目が、極限まで開かれた。



さて、その夜の午前二時過ぎ。


昨晩のようにお姉ちゃんは稲荷神社までふらふらとたどり着き、昨晩と同じく神様との交信を始めていた。


もちろん、ぼくと明里も彼女を尾行し、その様子を陰から見守った。


そして、再び稲荷の神様は降臨した。


お姉ちゃんは白目となり、神々しい光をまとっていた。


そこでぼくは、身を隠さずに、神様の前に歩み出た。


「神様、今晩もまた参りました。


ぼくの気持ちはやはり変わりようがなく、姉の気持ちを受け入れることは出来ません。


でも、ぼくはひとつ重要なことをお伝えしに来たのです。それは…」


ぼくは手で後方に合図を送った。


陰に潜んでいた明里がすっと寄って来て、神様のすぐ前に出た。


ぼくは再び合図をした。


明里は、神様の手を取って、ちょっと言いにくげに話し出した。


「実はな……しのぶちゃん、うち、あんたのこと、昔から大好きやったんよ。


今回東京の高校を受けたい思たんも、しのぶちゃんとずっと一緒に過ごしたい思って…」


その言葉を言い切らないうちに、神様の様子が急変した。


みるみる光が失せて黒目も復活し、身体をわなわなと震わせ出した。


「えええぇっ、そんなこと言っても、わたし、わたし…」


それ以上、言葉が続かなかった。


そして、へなへなと石畳に崩れ落ちた。


明里は姉を優しく抱きかかえるようにして、こうささやいた。


「まだ誰にも、好きやって言われたことなかったんやね。かわいいわぁ、しのぶちゃん」


姉は少し涙ぐみ、明里の豊かな胸に顔を埋めた。


「うん、わたしもあかりちゃん、好きかも」


その後、明里と姉は互いに寄り添うようにして、家路を辿っていった。



打ち合わせ内容を大幅に上回る、見事な明里の演技だった。


予想だにしなかった従妹からの告白という揺さぶりで、姉の心に大きな異変が生じ、自身の中に眠っていた百合志向を呼びさまされたのだ。


乾坤一擲けんこんいってき、百合役を演じてくれた明里には、感謝の言葉もない。



翌朝、明里は荷物をまとめて大阪へ帰って行った。


そして数日後、こんなメールをぼくによこして来た。


「先日はお世話になりました。


けーくんの作戦、最初はビックリしたけど、実はうち、ほんまにしのぶちゃんのこと好きやったん。


でも、けーくんの手前、これまで言い出せんかった。


今回、しのぶちゃんに告るきっかけが出来て、よかったわ。おおきに」



なんとまあ、嘘から出た誠かよ。


サバサバしたその性格を見込んで頼んだとはいえ、明里があの奇策をすんなり引き受けてくれたのも、これで納得がいった。


この分だと、姉が神様に願って、明里の合否も操作してしまいそうだな、うん。



そういうことで、姉のぼくへの執着という積年の問題は、ついに解消したのだった。


だが、一番肝心の問題はどうなったかといえば……。


相変わらず、ぼくの初恋は始まっていない。やれやれ。


(第1章・了 第2章に続きます)

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