第2話 いきなりヒロインに転生

 いきなり無重力のような状態になったから、私の頭の中に混乱していた。

 ここはどこ?地球なの?それとも別の世界?このような一連の質問が頭に浮かべている。

 白く光っている渦に巻きこまれ、耳に入ってくるのは無数の人々の叫び声と電子音が混ざり合った雑音だけだ。何を起こしているのだろう、と目眩のする気分になった。

 足が地につくと、目の前にあるのは先と同じく、ヴェルディアナ学園の校門だ。私が立っているところも、同じ歩道である。ただ、VRスーツの触感がなくなった。代わりに感じるのは、肌に触れる暖かい風だ。丹念に見ていくと、自分の手足が前より少し長くなったかもしれない。ここに来る前のことを思い出そうとしていると、洗脳されたように、無数の記憶の欠片が勝手に私の頭に入ってきた。

 そうだ。今の私はオリヴィア・グラノジェルス。ごく普通の家に生まれたが魔法の使える人間だ。今日からこのヴェルディアナ学園に入るのだ。


 そして、もう一つのメッセージが、私の頭に残っている。

「ようこそエタニティモードへ、この先の選択肢は、あなたのすべての行動の中にあります。どのエンディングに辿り着くのがあなた次第です。一つのルートをクリアする際に、ゲーム進行度はリセットされ、最初から起動されます。つまり、永遠にプレーし続けられます。ただし、大団円エンドを達成する場合には、ゲームを終了させることが可能になります。それでは、エタニティモードを楽しんでください。最高の結末を迎えることを祈ります。」


 ところが、懸命に理解しているの最中に、遠方から車の音がまた近づいた。クラクション音は私を呼び返した。でももう遅い。いっそそのまま死んじゃえば、元の世界へ戻せるじゃないかなと思いながら、私は歩道に立ち止まる。

 しかし、轢かれる寸前に車は止まった。後ろの席に座っている男を、私はじっと見ていた。今度はちゃんとロード済み。銀髪と白い肌に整った顔立ち。欧米系のモデルみたいな人だけど、ちょっと残念なのは無愛想な表情だ。

 運転手が車に降りたが、また後ろの男に呼び戻された。二人は何か言葉を交わしていたら、銀髪の男も降りた。まだ無愛想なままだ。

 私は背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。これは、パターンAでもなくBでもない。珍しいパターンとは言えないが、そういうのが好みのタイプじゃないから忘れかけた。

 邪魔だ、と男は冷ややかな口調で言った。

 AやBとは大違いで、こういうパターンの要旨は、相手は自分を助ける方じゃなくて責める方だ。ゲームならストーリーの流れに身を任せたら何とかなるかもしれないが、今の自分はゲームの中にいるから、正直に言えば、ちょっと苦手。

 私は必死に考えている。素直に謝ってもたぶん「チッ」と言い返されそうだ。でも怒らしたら後に酷い目に合うかも。ああ、こういう時にもう一人のメインキャラが来れば良かったのになあ。

 そう考えながら私は周囲を見渡す。やはり私たち以外は誰もいない。

 そもそもこの人って本当にメインキャラなのかな?

「邪魔だって言ってるだろう。退け」と男が再びに言った。

 小さく息を呑み、私は自分自身を励ますように、強い声で言う。

「邪魔なのは、そっちでしょう!」

「なんだと?!」と男は驚いたように目を見開いた。

 私は地面を指差す。

「アリさんたちが通行しているんだから、邪魔しないでよ」

「アッ、アリ?」

 男は唖然としている。

「そうだよ。見えない?近眼?とにかく、轢かれたら可哀想だから、車を下げて」

 男はあっけにとられて口をあけていたが、もう一度催促されたら車に戻った。そして、大人しく運転手に車を下げさせた。

 車に向かって一礼とすると、私は軽やかな足取りで立ち去った。


 構内に入ったら、私は誰もいない廊下に行ってカーテンに身を隠した。

 今のうちに整理しておこう。

 つい先まで私は東京にあった自宅にいたが、今はまるで地球の真反対に飛び移ったみたいだ。つまり、これは私の夢でなければ、自分はすでにゲームに飛び込んだわけだ。

 エタニティモードとはこの意味かな。ゲームの世界に入れば、永遠にプレーし続けることができるようになる。

 残り問題はただ一つ:どうやって元の世界へ戻れるということ。

 一周目と書いてゲームオーバー回収と読むゲーム経験から見ると、どうやらゲームの中に死んだら終わっちゃう。でも今の状況じゃ死を求めることが到底できない。

 VRスーツを着た時に自分はゲームをプレーしていることを意識しながら進んだが、今の私にはそういう感じが全くない。メニューも呼び出せないし、ストーリーがどこまで進めているのがさえわからない。それより、乙女ゲームにとってもっとも重要な機能は、攻略対象の好感度チェックだ。これがなければ難易度が一気に高くなった。

 でも改めて考えれば現実世界にはむしろ好感度を示す機能があった方こそおかしい。リアルだな、このモード。

 と呟きながら、鐘を鳴らした。さっき頭に入り込んだ無数の記憶の中に、パーティー会場に行ってくださいとヒントを教えてくれる。


 扉からチラッと覗き込んだら、ものすごく大勢な若い男女がここに集まっている。どの人も気品が高く見えている。

 そうだ。私は思い出した。この世界にいる魔法の使える人間は、ほとんど貴族や、お金持ちの方なんだ。私みたいな平民はむしろ絶滅危惧種。

 という訳で、一旦人混みから離れ、屋上に行くことにした。


 冷たく澄んだ空気の中に、なんか平静を取り戻した気がする。

 似合わないというより、むしろ自分はこういう場面が苦手だと初めて気づいた。

 ゲームは所詮、非現実的な世界だ。ストーリーに進めればきっとエンディングに辿り着ける。バッドエンドに着いたこともあるけれど、セーブとロードを活用すればきっと幸せの結末を迎える。

 でも今のはちょっと違う気がする。

 例えば、もし今回はメインキャラAとの恋愛ENDをクリアしたら、次はまたAのルートに入ってしまって同じ結末を迎えるかもしれない。万が一、運が良く一人ずつ攻略できたら、すべてのエンディングをクリアしても、結局私はまたこのゲームに残っている。

 だから、この問題を解決するために、大団円ENDをクリアしなければならないのだ。

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