第22話

「だめだ。誰かと話してんのかも」

 ぼくはスマートフォンをポケットに突っ込んだ。新幹線の駅が視界に入る。

 駅前の時計は8時55分を示している。

 もう新幹線が来てしまっただろうか。

「諦めんなよ」佐藤が言った。

「わかってるよ」

 駅へと進む階段の近くで佐藤はバイクを止めた。僕は飛び降りてヘルメットを返す。

 階段を二段飛ばして駆ける。

 雨宮まだ行かないでくれ。

 案内掲示板を見て新幹線がどの場所が探す。もう一つ上の階だと思って階段を探したら、階段の奥から駆け降りてくる姿があった。

 どうして雨宮がここに?

 理由はわからなかった。けど、僕は雨宮に向かって走り出す。

 雨宮も僕の姿に気づいて走ってきた。

 駅の中で僕らは出会う。息を整える。

「雨宮、あのさ」

 言いたいことが沢山あった。伝えたいことが溢れていた。

 けれども、それらが全然整理がつかなくて、僕は口を開けたり閉じたりすることしかできない。

「雨宮、僕は」それ以上が出てこない。

 僕が雨宮に伝えたいこと、それは。

 そこで僕はヘッドエモーションを取り出してプラグを雨宮に差し出した。

 雨宮は瞬間的に驚いた顔になるが、すぐに笑顔になった。そして首にかけていたヘッドエモーションを頭につける。僕が差し出したプラグをヘッドエモーションに接続する。

 直結だ。

 僕がいま抱いている感情、気持ちがそのまま雨宮へと流れていく。

 雨宮はそれを噛みしめるように笑った。

「ありがとう。今までで一番きゅんきゅんしたよ」

 その笑顔は僕がそれまでずっと雨宮にして欲しいと思っていた表情だった。

 僕も一緒に笑った。

 博物館で見た説明文を思い出す。

 ESSの開発者がどうしてこの装置を作ったのか。

 その発明者は男の人だった。彼にはある女の人に伝えたい感情があった。男の人は口べたで、どうしても言葉ではこの気持ちを100%伝えられないと思いESSを発明した。

 ESSができて、最初に伝えられた感情がその男の人が女の人に送った感情で、それは男の人が亡くなった後も女の人の元に残った。

 最初に伝えられた感情はESSの原点にもなった。君に伝えたいたったひとつの気持ち。

 それはどんなに言葉の限りを尽くしても伝えられない複雑で深い感情だった。

 男の人がどうしても大切な女の人に伝えたかった愛の感情。

 風が吹く。

 喧噪の中、新幹線の発車のベルが耳に届いた。

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君に伝えたい、たったひとつの気持ち 山橋和弥 @ASABANMAKURU

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