第15話
家に帰ったらすぐに考えていたことを実行に移した。佐藤の合成というアイディアを活用できるかもしれない。
古い感情ファイルと新しい感情ファイルの差を、別の違う感情と合成することによって埋められるかもしれない。
僕はまず古いバージョンのESSをダウンロードした。脳に悪影響とかそういうことは考えなくなっていた。雨宮の悩みを解決できるかもという期待が思考を支配していた。
結局は河名と佐藤と同じことを僕はしているのか。他人の失敗を見ても何も学んでいない。いや、僕は変な感情をつくりたいわけでなく、既にある感情に近づけるために合成するんだ。そう自分を納得させる。
まずは10年以上前に保存されたオリジナルのものを体験する。次に新しいファイルのも体験する。
なるほど。
確かになんとなくではあるけど、同じものじゃないって感覚がある。
新しいファイルに足りない要素はなんだ。どんな感情を足せばいいんだ。
そもそも感情の合成自体するのが初めてだった。
とりあえずは感覚で楽しそうな感情と合成してみる。
体験。
うわ。ちょっと気持ち悪くなってきた。大きさがバラバラのタイヤで走行する車に乗っているかのような不安定でぐちゃぐちゃした感情。
体験していると不安や圧倒的な違和感が押し寄せてくる。
別の感情とも合成してみよう。
そうして僕は古いものと新しいものが一致するように何度も何度も合成を繰り返した。
佐藤が成功できなかったことはわかっている。顧問が言った忠告も頭の中に残っている。
それでもこうするしかなかった。もう時間がない。
ヘッドエモーションが更新されるまで一週間を切っているのに、ほかの方法を見つけられなかったのだ。雨宮の悲しむ顔は見たくなかった。彼女が笑ってくれるなら、どんな可能性が低いことでもやらずにはいられなかった。
次の日の朝。いつも通りの様子で佐藤は登校してきた。
「どうした?」佐藤は僕の顔を認めると訊いた。
「ちょっと気分が悪くて」
結局昨晩は完全に一致させることはできなかった。
いや。完全にどころか合成した感情ファイルはどれもちぐはぐで、不自然すぎるものばかりだった。
元々の差異以上に近づけることはまだできていない。
「そっちはどうなったの?」僕は気になっていたことを訊ねた。
「雨宮の助言通りそのままの感情を送った」
「それで?」
「やっぱり喜ばれはしなかったな。けど軽蔑もされなかった。結果的にはちょっと引かれただけだ」
「それはいい結果だったってこと?」
「ずっとおれに嫌われてると思ってたらしいからな。そうじゃなくて向こうも安心したらしい。あのまま誤魔化して嘘つかなくてよかったよ」
「身体壊してたかもしれないしね」
僕が笑うと、佐藤も笑った。
「その通りだな」
「従姉妹との関係はこれまで通り?」
「というか、これからは隠れてこそこそしないで堂々としてって言われたわ。夜道が危なそうだったら、隠れてついてこないで横歩いてって言われたし、変な男が言い寄ってきたらわたし自身にその情報教えてだってさ。前より行動しやすくなったわ」
佐藤は嬉しそうに言った。そこまで従姉妹を大切に思って、これから佐藤はどうなっていくのだろうと一抹の不安を覚える。矢田花梨からも許可を得て、これから水を得た魚のように活動を大きくするのだろう。
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