第8話

 その光景は先程のデジャヴにはでてこなかった。

 白銀の甲冑に身を包んだそれは、ひどく場違いな感じがして、ついつい我が目を疑ってしまう。


 この闇夜のなかでもその存在感を示すように爛々と輝く甲冑。

 そしてそれを身に纏う存在。

 重力を感じさせないような足取りで、地面に膝をつく。


 その美しい光景に、さっきまでの恐怖を忘れ、ただただみいっていた。

 よく映画などでみるような作り物っぽさは皆無。

 腕や足だけでいったい何十キロあるのやら。

 そんなものを着込んでるのに、どうしてあんなに軽やかに動けるのか、全然わからない。

 また甲冑の繋ぎ目などから、ときおり微かな機械音をはっしていた。

 なんらかのアシスト機能があるのかもしれない。


「始めるわよ」


『Yes、MY Master』


そういってなぞの人物は鉄骨へとむかって飛び出す。


 殴る。あるいは蹴るなどして次々に鉄骨をさばいていく。

 金属と金属がぶつかり合いが甲高い音が響き渡る。


 それらが片付くと、それは別の方に視線を移した。

 譲もその視線にひきづられるように向けると、壁に突っ込んでいたはずの車がいつのまにか抜け出していた。

 そしてこちらのほうに猛スピードでむかってきた。


「ウエポン選択。ソードデヴァイス」


 少女がそう呟くと虚空から一振りの剣が現れた。

 少女はそれを手に車にむかって走り出し車めがけて叩きつけた。

 何度も何度も。

 しかし譲には剣の残像しかみえなかった。


 そこには信じられない光景がひろがる。

 車が縦にまた横にと幾千にも切り裂かれていた。

 紙をナイフで切り裂くように、すっぱりと切ったのだ。

 切り裂かれた車体から、変質者とその仲間が這い出してきた。


 なにやらお互いに言い争ってるようだが、知らない言語のため内容はわからなかった。

 わからなっかたが、何となく責任の擦り付けをしてるのかもしれない。

 当事者である彼らも、自分達に起きたことが理解できていないようだ。


 こちらもなにがなにやらで頭がついていかないのだから。

 とりあえず見たところ怪我とかはしてなさそうであった。

 意味もなく頑丈なんだな変質者とその仲間。


『・・・Master』


「必要ないわ。彼らは汚染されてない」


『しかし・・・』


「この時代にはまだヤツらはあらわれていないわ」


 そう少女がいうとしばらくの沈黙の後 『Yes、MY Master』という声がきこえた。


 譲は呆然と後ろ姿を見つめていた。


 疑問は数えきれないほどある。

 自分は確かに死んだ。一度確実に死んだのだ。これでもかってぐらい確実に。それをどうやら彼女らに救われたようだ。


 なにをどうやったのか全くわからない。わからないが、他に説明がつかない。なぜなら譲の身体には、鉄骨に押し潰された時の生々しい感触が今なお残っているからだ。


「・・・なんなんだよ。なんなんだよ、お前ら」


譲はかすれた声でたずねた。


甲冑をまとった少女が、ゆったりと振り返る。

甲冑からこちらを射抜くような視線で見られる。まるでこちらを値踏みしてるような、そんな感じだった。


「・・・。私は」


『Master、緊急事態です』


 何か言おうとした少女の言葉を機械的な声が遮った。


「なに?」


『申し上げにくいのですが、残存する霊子エネルギーが僅かになっています』


「どうしてそんなことに?貴方あんなに喰っていたじゃない」


 さっきまで自信に溢れていた声に焦りの影が差し込んでいた。


『申し訳ございません。ですが時空間移動にはかなりのエネルギーを消費してしまいます。その上、《アレ》を使われましたので』


「ちょ、ちょっと、ふざけないで。なんとかしなさい」


『霊子残存量低下に伴い、武装モードを解除及び節電モードに移行します』


「バ、バカが。今、解除なんかしたら」


 なんだかめちゃくちゃ焦っているようですが、少女が話かけているのがどうやら自身のまとっている甲冑のようだ。


 傍から見たら一人芝居をしているなんだか痛い人にしか見えない。

そんな様子にさっきまでの死への恐怖も薄らぐ。代わりに話しかけても無視されてることに対してだんだん腹がたってきた。


「おい、お前ら。さっきから訊いてるのに無視すんなよ」


「うるさい。今こっちは取り込み中よ。後にして」


 振り返りもせずに肩越しにそう答こたえられ、さっきまでの事なんかすっかり忘れて興奮とともにさらなる怒りが込み上げてきた。


「いい加減にしろよ。いいからこっちを」


 そう言いながら肩に手をかけ、こちらを振り返らせようとしたその時。

 甲冑が突然、発光し始めた。

そして発光が収まると、そこには少女が現れた。


 肌は白磁器のように白く、艶やかなシルバープラチナの髪。

 そんな少女が目の前にいた。

 

 ただし、産まれたままの姿で。


「き」


「き?」


「キャーーー、この変態がぁーーー」


 黄金の右ストレートが譲にクリーンヒット。世界を取れる右ストレート。


 崩れゆく意識のなかで、譲は思わず呟いた。


「オッパイがイッパーイ」


「えっち。すけべ。変態がぁーーー」


 止めの一撃が譲の意識を完全に闇へと誘ったのはいうまでもなかった。




**************************



『ギャーはっはっはっ。く、くるし。苦しいよ。み、みたアレ。右ストレートもろ入ってんの。これだけで一週間は戦えるわ。ギャーはっはっはっ』


 どこかで誰かが笑う。


『なんだい、その目は。えっ趣味が悪いって。何言ってんだよ。これは事故じゃないか。不幸な事故。いやあの人もいいもの見れたんだしいいじゃないか。それに』


 誰かの雰囲気が一変した。


『命が助かったんだからさ。フフフフフフ』


 先程の無邪気さは消え失せ冷徹な雰囲気へと。


『せいぜい、派手に踊ってくださいな』


 

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