第7話

「・・・・・・」



 なにかが起こった。この瞬間、確かになにかが起こった。しかしここにいる誰一人として、明確な答えがみつからなかった。


 譲もまた今混乱の中にいる一人である。

たしか自分は落下する鉄骨の下敷きになって死んだはずだ。

 鉄骨に押し潰される感触。骨が砕け、あるいは折れ内蔵すに突き刺さる感触。そして視界が全て黒く塗りつぶされていく感触。

全て覚えている。あの生々しい感触が全て偽りであったはずがない。

はずがないのだが、しかしだ。現実に自分は生きている。


 周りを見回すと、ちょうど変質者がさきほど入ってきた車に土埃で汚れたロングコート引きずりながら乗り込んでいるところだった。


 爛々と光輝くヘッドライトに目がくらみ、ナンバーもなにもかもが確認できない。


 その時譲は車とビルに挟まれるような位置にいた。


 服装も囮捜査のため着せられた、学校指定の女子の制服。


 この光景を譲ははっきりと覚えている。


 星々は漆黒の夜空に輝く。

 気絶している人々。


 すべて知っている。全てがあの時と同じ。


 だからこそわかる。このあとに起こることも。


 暴走する車が壁に激突し、バランスを崩す鉄骨。それらが今譲のいる場所に落ちてくること。


 あの生々しい死の体験はデジャヴなどでは決してあり得ない。

 すべて彼が体験したことだ。


「なんなんだよ、いったい」


 彼はカラカラに渇いたはずの喉をならしながら呻いた。

 自然と握りこぶしを作っていた手は汗でぬれている。


 甲高いタイヤの摩擦音をたてながら黒い車が発進した。そして譲はそれを避けるように地面を転がった。


 その直後、バランスを失った車はそのままのスピードで壁に激突した。

 そして頭上で響く金属同士の破裂音。

 もはや見上げて確認するまでもない。

 先程の衝撃で鉄骨が崩れたのだ。


 逃げようにも足を痛めて、おもうように動くことができない。この僅か数秒の出来事が数十分にの引き伸ばされてるような感覚だ。


 もしかしたら、自分はこの死を何度も繰り返されるのではないか。

 ふと、そんな恐ろしい考えが頭のなかによぎった。

 死ぬことも許されず繰り返される死。気が狂おうとも繰り返される。

どんな拷問よりも恐ろしい。

  自分はいったい何をしたのか。

 そこまで苦しめられるようなことをしたのだろうか。

 

 そんなことを考えながらも、確実に死が迫ってきた。


 あぁ、あの鉄骨は胸に。あれは足に。一度体験したためか妙に冷静になっていた。


 また僕は死ぬのか。

 

 そんなことを譲は考えていた。


 だがそうはならなかった。


「ワールドコードにアクセス終了。境界を解除して、現状復帰」


『Yes、my Master』


 一つは女性の声だった。

 自信に充ち溢れ、自分こそ世界の中心にいる、そんなことを主張しているかのような力強く凛々しい声だった。

それに機械的な声が応えた。


 その直後、見たこともないシルエットが譲の前に現れたのだった。

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