第6話

 一瞬何が起こったのか、僕にはわからなかった。いったいなにがあったのだろう。

 そうおもい辺りをキョロキョロと見回してみる。


 僕にかぎっていえば、さっきまでの耳鳴りや頭痛が嘘のように引いていた。

 ただ先程の爆発のせいか、若干しびれと耳の麻痺があるくらいだ。


「・・・。な、なんだったんだ」


 少しボーッとする意識のなか無意識に自分自身に問いかけるようにつぶやいていた。

 見上げた夜空には星ぼしが輝いている。

はっきりいて快晴である。なにか落下してきたとかそういうことはなさそうだ。

本当にいったいなにがあったんだ。


 ふと他の人はどうなったのかとおもい見回してみると、皆気絶してその場に倒れ伏していた。ちゃんと呼吸もしてるし怪我もなさそうだ。

 律子先生も気絶していた。足をピンと伸ばし腕をクロスさせ、めちゃくちゃ幸せそうな笑顔で気絶していた。いったいどこのツタンカーメンだよ、とつっこみたくなる。


 ただ一人だけ、そうあの変質者だけが、ふらつきながらではあるが、起き上がり逃げ出そうとしていた。なにやら携帯にむかってまくしたてている。よくわからないが、何となく仲間を呼んでるようだ。


 その直後まばゆいヘッドライトの光が辺りを照らす。そして一台の黒塗りの車がものすごい勢いで入ってきた。


「変質者なのに仲間がいるとか・・・」


 純粋な驚きとともに、このままでは逃げられてしまう、という焦りを感じる。

 みんなで(主に僕の)苦労が水の泡になってしまう。なんとかしないと。


 だるい身体に鞭うってなんとか起き上がる。しかし先程のダメージから回復していないため、いい考えも浮かばずフラフラと車の方にむかうだえだった。


 そうこうしているうちに、土埃で汚れたロングコート引きずりながら、車の後部座席に乗り込む変質者。


 せめて車のナンバーだけでもとおもっても、ヘッドライトのまぶしさで正面からはみることが出来なかった。


 僕がもたついている間にブルン、ブルンとエンジンがけたたましい音をあげ、変質者を乗せた車はキィキィキーという音とともに急発進した。


 急発信のせいかそれとも後部座席に乗り込んだ人物のためか、酷くバランスを欠き左右に蛇行しながら走っている。


 このままでは危ないと、自分に迫る車を地面に転がるようになんとか避ける。

 そして避けられた車は、ガシャーンという大きな音を発しながら、後方の工事現場に突っ込んでいった。


 そこでふと気づいた。自分を覆い隠すように大きな影が出来ていることを。

 ふと見上げて「なっ」と絶句。


 先程の衝撃で解体作業中のビルに組まれていた足場が、今にも崩れ頭上に落下しそうになっていた。


 急いで離れないと。そうおもいすぐに立ち上がろうとすると鈍い痛みが足をかけぬける。

 先程、無理な体制で避けたことにより、足首を痛めてしまったようだ。


 早くしないと。

 

 脂汗を額にかきながら、必死に立ち上がろうとするも痛みが邪魔をする。

 這いつくばってでも動かないと。

 気持ちばかりが空回りする。


 終わりは唐突に訪れた。

 

 頭上より鉄骨が落下してくる。


 一秒とかからないような刹那の瞬間なのに、僕にはそれが数十分にも感じる。

 まるでスローモーションでも見ているようである。


 これが走馬灯というものなのだろうか。

 それにしてもひどいものだ。

 走馬灯なら今までの過去の思い出が浮かぶって聞いていたのに、全然浮かんでこない。

 ただゆっくりと真綿で首をしめられるように、自分に迫る死を眺めるだけしかないとは。

 自分のことのはずなのに、ひどく他人事のように冷静な自分がいた。

 いやこれはただの現実逃避でしかない。


 この思考は鋼の衝撃によって終わりになる。

 全身を襲う鉄骨。肋骨は折れ、内蔵に突き刺さる。声にならない悲鳴をあげるも、こみあげてきた血液によって遮られる。

 視界が紅く染まる。

 まぶたは完全に見開き、手が小刻みに震え出す。

 

 あんなに暑かった身体は急速に冷えていく。

 鼻で息をしようとするも、うまく呼吸ができない。

 

 次第になにも感じなくなってきた。


 突き刺さる鉄骨の冷たさ。


 生暖かい空気も。


 口のなかいっぱいにひろがる錆びた鉄のような血の味も。


 なにもかもが感じられない。


 紅一色だった視界が端の方から、黒に塗りつぶされていく。


 そうかこれが・・・・。


 死だ。


 あぁ、もうどうでもいいや。


**********************


 滝本譲、死亡。

 

 享年十六歳。


 崩れた鉄骨の下敷きになったことによる、内蔵破裂。および肋骨骨折による肺の損傷。

 

 唯一の救いは彼が即死であったことである。


 

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