第5話

 とにかく逃げた。全力疾走で。

ただ全力で走って、走って、走りまくった。

 心臓の鼓動は早鐘をうち悲鳴をあげようが、血液が熱を持ったかのように全身へと駆け巡ろうが。


 全身からは汗が間欠泉のようにふきだす。

拭っても拭ってもふきだす。雑巾を絞ったかのようにこれでもか、というかんじにでてくるのだ。

 肺も出ては入ってくる空気のせいで痛かった。


 これが学校の授業とかだったら、そいつを訴えてやりたい。走らせすぎだと。

このドSヤローがと。


 でもこれは授業でもなければ趣味で走ってるわけでもない。

 これは逃走なのだから。


 捕まったらあの変質者にナニされるかわからない。

 もう人間としてのかけがえのないなにかを失う。

 そーんなのぉーはー、いーやだぁ!

 某子供番組のアンパンが主人公の歌が脳内に響く。

 あぁ、相当やんでるわぁ、自分。


「きみ、無事か?」


 唐突に第三者の声がした。


 振り返ると複数の屈強な男達に組み伏せられてる変質者がいた。

ようやく使い物になるようになった、捕獲要員が追いついてきてくれたようだ。



「この変質者め」


「よくも破廉恥なまねを。恥をしれ」


「NO。や、ヤめてクださイ。は、ハナしてくださイ」


「うるせぇー。お前を捕まえれば、律子さんとデートさせてもらえるんだ。俺の幸せ

ためにも観念しろ」


「Stop。へ、Help me」



 10人もの屈強な男性に組み敷かれても、変質者はジタバタと暴れ抵抗をやめなかった。

 どうやら変な奴も混ざってはいるが、とにかく犯人を捕まえることはできた。


 助かったことの安堵と無理をしての逃走による疲労から地面に座り込んでしまった。


「譲さん、大丈夫でしたか?」


 そこに息を切らせながらやって来た律子先生の姿が。相変わらず、年相応には見えないよなぁ。


「はぁ、先生、はぁ、どうやってここに?」


「譲さんに持たせてたスマフォのGPSを追って来たんですよ。ちなみに確保要員さんを誘導したのも先生なんですよ」


 どうりで僕の居場所がわかったわけだ。


 いまだに変質者は抵抗してるものの、どうやら解決のようだ。ホッとひと安心だ。


「・・・・。・・・・・・・」


 突然、かすかに誰かの声が聴こえたような気がした。しかし、周囲を見渡しても僕の近くにいるのは律子先生のみ。


 なにか言ったか聞いてみても「なにもいってない」とのこたえ。からかってるとかふざけてる、とかそういった様子もない。ついに疲れすぎて幻聴でもきいたのか。


「****。******」


 また聴こえた。今度はよりはっきりと。


 ザヒョウ計測。ジカン軸固定。

 かすかにだが、今度はさっきよりも鮮明にきこえた。


 妙な胸騒ぎがする。背中を先程とは違う類いの汗がでる。心なしか耳鳴りもしてきた。

 心配そうに律子先生が僕の顔を覗きこむ。


 気持ちがざわつき、妙な圧迫感を感じる。自然と過呼吸になる。

 頭痛と耳鳴りがより激しく、僕を襲う。


痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたいィぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーー・・・。


あまりの痛さに声にならない悲鳴をあげる。


「あっ、しまった」


「まて、こら」


 そんな場違いな声がきこえたような気がする。


 いまだに続いていた捕物帖の犯人である変質者が逃げ出したようだった。

 本来なら大変なことなのだが、そんなことを気にしてる余裕が今の僕にはない。


 ますます激しくなる耳鳴りと圧迫感。

なんだか辺り一面が蜃気楼でもあるように歪み始める。

 

 そして自ずと悟る。すべてが限界に達するっと。

 

 轟音とともに猛烈な光の爆発が起こり、周囲すべてをのみ込んでいった。

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