第4話
「・・・現れないですね」
『現れませんね』
譲はあれからかれこれ二時間弱、何事もなく女装した姿で歩きまわった。
どうしようもない虚しい気持ちになっていた。
これだけ歩き回っているのに、変質者を見つけられず、ただ無意味な時間経過。事情を知らないものがみれば、間違いなく自分が変質者に間違いられかねない。
時間経過とともに冷静になればなるほど、馬鹿馬鹿しいことこの上ないのである。
それに歩きまわったため、結構疲れてきていた。
同じところをぐるぐる歩いていては怪しまれると思い、最寄りの駅に近づいたら、忘れ物をとりにいく芝居を何度もさせられて泣きたくなってきた。
「今日はどうやらハズレっぽいな」
誰に聞かせるでもなくついつい独り言を呟いていた。
それにまわりのことも気になる。
なんでも理事長が確保要員を配置しているらしいのだ。ただ歩きまわってるだけでもこれだけ疲れるのに、人目もつかないように気にしながらとなると、その疲労も相当なものだろう。
そろそろ引き際かもしれない。
「先生、そろそろ撤収しませんか」
『・・・』
「先生、律子先生?」
返事がない。まるで屍のようだ。
なにかあったのかと思い、心配するもその疑問は『すぅー、すぅー』という音で解決した。
あの人、寝落ちしてる。
人がさらし者になりながら、頑張ってるのに、と思うと同時にばかばかしくなってしまった。
L⚪NEアプリをいじり撤収する旨を伝えようとしてるとき、譲は気づいた。
暗い路地裏の闇のなかに、男がたっていた。
いつからそこにいたのか、全くわからない。気配が全く感じられないのだ。
背丈が高く、肩幅も広くがっしりとした体格。相当鍛え抜かれていることから、もしやりあってもとてもではないが、勝てそうにないことが一目でわかった。
シルバーブロンドの髪にサングラスをかけた外国人。全身をグレイのロングコートにつつんでいる。
さすがにこれだけでは国籍まではわからない。
そんな人物の視線が自分を射抜くようにみつめている。
まるで値踏みでもしているような、そんなかんじである。
夜とはいえまだ暑さの残る時期にもかかわらず、汗をかいてる様子もない。あんなに厚着をしているにも関わらずである。
とてもまともとはおもえない。
『で、で、出たぁーーー』
譲はおもわず心のなかで叫び声をあげながら、その場からあとずさった。
「先生、でたよ。現れたよ」
『・・・』
だぁぁぁーーー、しまった。熟睡中だった。慌ててアプリで呼び掛けるも、応答がない。
辛うじて『つ、疲れた』や『無念なり』など返答があった。
がぁぁぁーーー、やくにたたねぇ。
どうやらとっくにリタイアしていたようだ。
こうなったら自分の身は自分で何とかするしかないようだ。
こうなったらあれをやるしかない。
「モシモシ、すこしオハナシしてもヨロしいですか?」
ロングコートの男が話しかけてきた。変質者のわりに、丁寧ながらも妙にカタコトの日本語だった。
「あっ、すみません。間に合ってますから」
これぞ秘技『間に合ってますから』。
しつこい散らし配りや勧誘、果てはチャラいナンパから逃れるために編み出されたという伝説のテクニック。
フフフ、これでしのげるはず。
現に変質者の男も戸惑っている。
今しかない。慌てず、騒がず、慎重に。でも全力で離脱。
自然と歩みも競歩になっていく。
「チョッとまってクダさい。スコシおはなしヲ」
ある程度距離ができてから、正気に戻ったのか男がおってきた。あれだけの巨体なのにものすごい早さで猛追してくる。
僕もそれにあわせて競歩から全力疾走で逃げる。
闇夜には僕の叫び声がこだましていた。
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