第3話

「・・・。もう一度いってもらっていい?」


「変質者捕まえるから、さくっと囮役やって」


「なんでそうなるんだよ」


「ん。もちろん生徒を守るためよ」


ことのはじまりは約一ヶ月前にさかのぼる。

隣町の高校で帰宅途中の学生が変質者と遭遇したのだ。幸いにも生徒に怪我はなかったものの、精神的なダメージを負うことになったのだ。

 長いトレンチコートの下はすっぽんぽんという中年の裸を見せられたら、それはダメージも受けよう。

 そしてついに先週、ここ汐凪高校に通う生徒が被害に遭ってしまったのだ。


「そんなの警察に任せておけばいいんじゃなの」


「もちろん、周辺の警察には巡回してもらってるし、手の空いてる先生方にも協力してもらってるわよ


「だったらなんでわざわざ」


「でもね、それだと時間がどれだけかかるかわからないでしょ。ただでさえ市の教育委員会とかPTAとかうるさいのに、これ以上被害者とかでたら、ここの経営にも口出されかねないし、それに来年度の入学希望者も減ってしまうかもしれないのよ」


「だからってなんで僕がこんなことを。僕も一応はここのせいとだよ」


「そこは困ってる叔母さんを助けてあげるってことで」


「で、でも・・・」


「この通り、一生のお願いだから」


「これで何回目のお願いだよ。もはや何回も転生しないといけなくなってるよ」

 

「まぁまぁ、それはそれ。これはこれってことで。それに安全面はちゃんとしてるから・・・多分」


 うぉい、多分て。

 はっきりいえば断りたいのだが、僕も常日頃からなにかと面倒をみてもらってる身としては、少しくらい力になってやりたいという想いはある。


「わかったよ。それでどうすればいいの」


 一瞬、叔母は邪悪な笑みをうかべた。

それに気づいた瞬間自分は早まった、と後悔することになる。


 いやそれ以上にこの件に関わったことを死ぬほど後悔することになる。

そう、死ぬほどね。



**********************


 完全に日が暮れ月明かりがいっそう際立つ時間。人通りも減り、いよいよ行動開始である。


 汐凪高校から住宅地へと続く道。よく学校への近道とされる道だが、この時間帯はあまり人の通らない道である。


 あまり手入れの行き届いていない街路樹はうっそうと繁り、昼間でもあまり見遠しはよくない。

 そのため人が隠れようとするには事欠かない。

 そんな道を滝本譲は一人で歩いていた。

 女子の制服を着て。


『譲子さん、きこえますか』


「・・・」


『もしもし譲子さん、きこえますか』


「・・・聞こえてますよ、立花先生」


『よかった、聞こえてないかとおもって心配しちゃいましたよ』


 制服の胸ポケットに入っている、学校備品のスマフォのマイクにむかって応えた。


『いいですか。うちの学校のマスコミ研と犯罪プロファイリングチームによると、どうやら変質者は今日ここらへんに出没する確率が高いそうです。なので譲子さんはそのままそから辺をさ迷ってください』


 スマフォの向こう側から譲のクラス担任である立花律子(たちばなりつこ)(独身27歳)が指示を出してきた。


 律子は譲のクラス担任ということもあり、理事長との関係を知らされている数少ない人間の一人である。


 とても小柄で童顔な彼女は年齢よりもずっと若く見られる。いや若くというより幼くというほうがあてはまる。

 そのため仕事が遅くなっての帰宅時、ほぼ確実に補導される、という伝説の持ち主である。


 そのため本来であれば、囮役は律子がやるべきなのだが変質者がひっかかる前に補導される可能性があるため、譲が女装しての囮役となったのである。


「先生、なんで譲子ってよぶんですか」


『えっ、そのほうが譲くんが役にはいりこめるからって理事長が』


(犯人はあの人かぁぁぁ)


『それにしてもすごいですよね、理事長は。生徒一人一人のことを考えて、やる気の出させ方まで。仕事のできる女性は素敵ですね』 


(先生、それ絶対騙されてるから。この女装も絶対楽しんでやらせてるから)


  ここにはいないはずの叔母の爆笑している姿が浮かんだ。



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