貴方と私の地平線
「ねぇ、私を見届けて」
彼女は小鳥の囀りの声色で私の耳元に語りかけてきた。
「私でいいの?」
「貴方がいいの」
「でも、私あなたのこと全然知らない。名前しか」
「名前を覚えてくれているだけで十分よ」
微笑を浮かべる彼女。
私は彼女のことについて何も知らない。
何が好きなのかも。
過去に何があったのかも。
唯、この出来事に事件に巻き込まれただけ。
でも、見捨てることなんて出来なかった。
だって、私は貴方で貴方は私だから。
一緒に逃げてきた。
奴らから。
政府から。
ヴァンパイアハンターから。
それは猛烈で強烈で情熱的で過激で刺激的な物語。
--冒険。
きっと、私が彼女に付いて行ったのはミルサが私だったからだ。
この子の死を見届けたかったからだ。
陽光が地を明るく照らし出す。
ジリッ、と彼女の髪に火が灯ると、そこから細胞から細胞へと伝染していった。
----黄金の炎。
これが彼女の輝き。
「ありがとう」
彼女は笑みを浮かべながら、踊り狂う業火に包まれ、灰へと化していく。
昇天していく。
「私を食べてね」
彼女は美麗で官能的な声色で言葉を吐き出した。
「うん」
私には彼女の考えていることが手取り足取り分かった。
私と貴方は一緒だから。
これは、私が私を食べる物語。
貴方が私になって、私が貴方になる物語。
太陽が天と地を照らせば照らすほど、彼女の存在が薄くなっていく。
影の世界でしか生きてはいけない。
これは吸血鬼の宿命。
影の克服は吸血鬼の悲願であるが、それを求めるのは桃源郷を探して旅をするようなもの。
これが彼女の生き様で、死に様なのだろう。
それを見届けることが7日間彼女と付き合った私の義務だ。
彼女もそれを望んでいる。
私の腕の中で。
語ることはもう何も無いと。
語り得ることはもう何も無いと。
故に、その死が全てを雄弁に語っていた。
彼女の今までの生き様を。
そして、死に様を。
彼女と死と生が同化していく。
言葉に出来ないその想いが、彼女の心象世界が私の中にほろほろと溶けていく。
両腕を彼女の背中に回して唇と唇を重ね合わせる。
ここには私たちしかいないと証明するために。
世界を私達だけの存在で埋め尽くすように。
強く抱きしめ、妖艶に唇を重ね、舌を絡め合わせる。
黎明の光よりも強く。
私たちの光で全てを消し去る為に。
宇宙--世界--は私達だ。
「いたぞ!」
複数の足音が慌ただしく近づいてくる。
しかし、時は既に遅く。
ミルサの唇は肌を伝い、首筋を這い、鋭い乳白色の刃で私の肌を突き破る。
彼女が消えるその前に。
彼女の痕跡を、存在証明を私に刻み込む為に。
「んあぁん」
血管と肌を通してミルサの肉体へ私の血液が移動する。
傷の部分がくすぐったい。
微かな快感が私の中へ流れ込んでくる。
ミルサは恍惚な表情を浮かべながら、唇を肌から離す。
「
紺清の炎は白磁の肌を包み込み、地獄へと誘う。
金色の陽光に照らされて、美しき吸血鬼は魂を肉体と言う名の器から解放させようとしていた。
それくらい彼女の表情は穏やかだった。
彼女は自らの意志で死んだ。
死はその人の生を写し出す。
その人の世界――――心象世界――――を投影する。
生き様は死に様で、死に様は生き様だ。
両手が解け、ミルサは金色の浜辺で1人だけの舞踏会を始める。
「ミルサ……!!」
手を伸ばすも、もう彼女の姿はそこにはなく。
私に残ったのは彼女との思い出だけ。
消える直前のあの明鏡止水のような、透明で波1つ無い純粋そのもののあの顔だけ。
彼女は死んだ。
されど、物語は続いていく。
吸血鬼とは、影を背負って生きていく者の名だ。
彼女から受け継いだ
自分の血で影を作り、背中に羽を生やし、その場を離れる。
これからどうすればいいのかも分からない。
人生の目的は無い。
生きる理由も無い。
価値も、意義も無い。
けれど、彼女が私の中に遺したこの血と刻印だけはこの世に留めておきたい。
これだけが彼女が私に遺した存在理由。これが彼女の存在証明。
だから、これを消す訳にはいかない。
彼女と共に。
彼女を永遠に。
生きる意味なんか無いのかもしれない。
けれど、意義は今見つけた。
それは細い糸のようなもの。
それが無くなれば私は生きる理由を無くしてしまう。
生きる理由なんて所詮そんなものかもしれない。
細い糸のようなもので、いつ切れてもおかしくない。
それでも、それを頼りにどこかへ向かって生きて、自分の体で、足で未来を歩んでいく。
その先に私の世界と死が待っているはず。
私は世界の表現者だ。
生きることは、世界を破壊し、構築し続けることだ。
死に様の為に私たちは生きる。
私の、私だけの死に様。
その為に今を生きる。
生き様とはこの一瞬。〈今〉だ。永遠だ。
今は私。
私はこの〈今〉の為に未来へと足を一歩踏み入れる。
宝石・花・少女 百合短編集 阿賀沢 隼尾 @okhamu
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