叶わない恋

 兄に恋人が出来た。

 とても綺麗で可愛らしい人だった。


 ミニマムな体にアンバランスな豊満な胸。

 お人形さんのように整った顔。

 私にとても優しくしてくれて、良いお姉さんだった。

 兄がこの人のことを好きになる理由がとてもよくわかった。


 「私もね、彼のことが好きなのよ」


 2人きりの時に、兄と成り染めの話をしてもらった時に彼女が言っていた言葉。

 ショッピングモールで一緒にお洋服を買いに行った時、彼女の横顔がとても大人びて見えた。端正な顔立ちと耳にかけた手の平が妙に色っぽくて。その時、胸の高まりが止まらなかった。


 もうその時から既に私の絶望は始まっていたのだと思う。

 その気持ちが恋だと気付くのにそう長くはかからなかった。


 このことを友人の美菜子ちゃんに話すと、


 「んー、それってやっぱり恋だと思う」


 と真顔で言われてしまった。


 「そ、そっか」


 彼女の性格からして、本当にそう思っているのだろう。

 結構、サバサバしている性格だし。

 私は恋を自覚してしまった。でも、これは許されない恋。

 女同士だし。それに、何よりもお兄ちゃんの恋人だし。手を出すことなんてできっこない。


 それでも、お兄ちゃんと美恵奈さんが一緒にいる所を見ると、胸の奥が焼けるように熱く、締めつけられる思いに駆られてしまう。その感情は日に日に増していくばかりで、美恵奈さんが兄と一緒にいる所を見るだけで激情に駆られる。


 「なぁ、結婚したらどれくらい子どもが欲しい?」

 「そうねぇ、二人は欲しいわね。男の子と女の子一人ずつ」

 「いいな。早く結婚出来たら良いな」

 「ええ。そうね」

 「真理、おかえり」


 最近は居間で幸せそうに話す二人の姿を見るなり、二階の自分の部屋に引きこもる事が多くなった。

 大好きだった兄も今では嫌いになってしまった。


 性格の良さも愛情の深さも優しさも全て分かっている。それは、兄の一番近くにいた私が誰よりも分かっている。

 それなのに、嫉妬心を抑えることは難しかった。


 「こんな恋したくなかった」


 大好きな人に嫉妬して、嫌いになって。

 昨日まで好きだった人が今では一番憎い存在に成り代わっていた。


 兄が憎い。憎い憎い憎い憎い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い死ねばいい死ねばいい死ね死ね死ね死ね死ね死ね——-。


 でも、そう思ってしまう自分が一番嫌いだ。自分がこんなにも醜く嫉妬深い人間だとは思わなかった。


 「お風呂入るか」


 グチグチ考えても仕方がない。

 このままじゃ私の思考は迷宮入りだ。気分転換をしないと。


 お風呂場のドアを開けると、タオルを全身に巻いた美恵奈さんが立っていた。


 「み、み、みみみみ美恵奈さん!?」

 「一緒に入りましょ」

 「え、あ、え…………?」


 はわはわと私が混乱している間に美恵奈さんは引っペがしてすっぽんぽんになってしまった。


 「ほらほら、入るわよ」

 「ちょっ———」


 気が付いたら、あっという間に二人でお風呂に入っていた。

 横にいる美恵奈さんの肉体美に思わず見惚れてしまった。

 流石のプロポーションだ。ボンキュッボンだ。


 白磁のように滑らかで傷一つない透明な肌。

 卵型の豊満な胸に桃色の蕾が二つ。

 その癖、滑らかなくびれ。更に視線を下に移すと、まんまるとした安産型の形の良いお尻に、程よい肉付きの生脚がスラリと伸びる。


 「ん? どうしたの?」

 「あ、いや、なんでもないです」


 慌てて目を逸らす。それでも、美恵奈さんの肉体が目に焼き付いて離れない。


 「折角だから背中流してあげるわ」

 「あ、いえ、そんな……」

 「いいからいいから」


 私は逆らえずに美恵奈さんの言われるがまま背中を流してもらった。タオル越しから伝わる美恵奈さんの優しい手の感触が伝わってくる。

 美奈恵さんの微かな息遣いが反響して艶めかしく聞こえてしまう。


 緊張で耐えられない。

 そう思い、何か話そうとした時、美恵奈さんの方から私に話しかけてきた。


 「あのね、一緒にお風呂に入ろうと思ったのは真理ちゃんに聞きたいことがあったからなのよ」


 美恵奈さんの小鳥の囀りのような声がお風呂場で響く。

 「聞きたいこと?」

 「ええ。そうよ。真理ちゃん、最近私達と話してくれないから。最初の頃は三人で楽しく話せていたのに、最近はとても辛そうだもの。秀俊さんが言っていたわ。『俺、真理に嫌われたのかな』って。『何か悪いことしたのかな』って。そこで、二人で女子会をしようと思ってね。同性同士なら話せることってあるでしょ」


 言葉という名の蛇が私の心に絡まり、締め付ける。

 無いよ。

 話せるわけないよ。

『あなたの事が好きなんです』だなんて言えるわけないよ。

 貴方だからこそ話せないんだよ。


 「いえ、ないです」

 「何か辛いことでもあるんじゃないの」

 「ないです。美恵奈さんに話せることは何も無いです」


 涙腺から涙が溢れだそうとする。

 だめだ。このままでは泣いてしまう。


 「ご、ごめんなさい」

 「ちょっと、真理ちゃん……」


 お風呂場なら涙なんて誤魔化せるはずなのに出来なかった。自室に入るとベットにうつ伏せになって泣きじゃくった。


 「あっぐ……えっぐ……ぞ…………ぞんなの………………いべるわげないじゃばひ……」


 心が痛い。

 こんなに苦しむくらいなら好きになりたくなかった。なんでよりによって兄の恋人のことを好きになってしまったのだろう。こんな恋なら知らないままで良かった。ただの生き地獄だ。嫉妬ばかりして醜く卑しい自分ばかり知ってしまう。


 ノックをする音がして、美恵奈さんの声がドア越しに聞こえてきた。


 「真理ちゃん。大丈夫? あのね、さっき言えなかったんだけど、私、真理ちゃんの気持ちに気付いていたの」

 「え?」

 「真理ちゃんの気持ちに気付いてたけれど、どうすればいいか分からなくて。私、秀俊さんの恋人でしょ? だから、真理ちゃんとどう接すればいいのか分からなくて。気づいたのは最近なんだけれど。それで、私分かったの。私、真理ちゃんの事が好きなんだって。秀俊さんのことはもちろん好きよ。でも、真理ちゃんの事も好きなの。このことをずっと、ずっと言いたくて言えなかったの。ごめんなさい」


 なにそれ。

 訳わかんない。

 頭の中は絶賛混乱中だった。


 美恵奈さんが私のことを好き?

 一体どういうこと?

 も、もしかしてこれ三角関係とか言うやつ?


 部屋のドアを開けると、美恵奈さんがパジャマ姿で立っていた。


 「今の話、本当ですか」

 「ええ。本当よ。嘘偽りなんて何一つも無いわ。私は貴方に恋をしている。それを真理ちゃんに伝えたかったの」

 「あの……。私も好きです。でも……」

 「私は秀俊さんのことも真理ちゃんの事も好きよ。大好き。想う気持ちは同じだわ。こんなの卑怯よね。でも、本当よ」


 両想いということが発覚したところでどうなるということも無い。私たちの関係が変わるということは———-。


 その瞬間、唇に柔らかい感触が伝わってきた。


 「んっ……」


 生暖かいものが唇に触れ続ける。

 私たちはそのまま情熱的で扇情的なキスを交わし続けた。


 「これも不倫のうちに入るかしら。私っていけない女ね」

 「でも、嬉しいです」

 「私もよ」


 再び、二度目のキスを交わす。

 今度は最初よりも更に深い愛を感じた。官能的な口付け。美恵奈さんの掌が私の体を愛撫する。服の上から始まり、服の中に侵入し私の生肌を愛おしそうに触り続ける。


 私たちはベットに移動してお互いに愛を確かめ合った。


 「こんなこといつまで続けられるかしら。秀俊さんに見つかったらとんでもないことになるわ」

 「誘ってきたのはそっちじゃないですか」

 「ふふふっ。そうね。でも、上手よ。真理ちゃん。やっぱり、女の子の方が良いわ。肌柔らかいし、優しいし。同性の方がお互いの体が分かっているのかしら」

 「そんなの……知りません。私、初めてですから」

 「そうなの? 意外ね。最近の子はもっとヤってるのかと思っていたわ」

 「わ、私を勝手にビッチにしないで下さい!!!! こ、この責任はしっかりと払って下さいね」

 「もちろん、最後まで取るつもりよ。ふふ。私のことお姉様と呼んでも良いのよ」

 「ば、馬鹿言わないでください。もう……」


 私達の三角関係はこの夜から始まったのだった。

 私と美恵奈さんの誰にも言えない関係。秘密の両想いの幕開けである。

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