第2話 僕はデートに行きたい
あの日から私は推しに会っていない。というより、なかなか会えないのだ。
何故大学という場所はこんなに広いのか。
そのために、姉を迎えに行くのもなかなかに骨が折れる。
そんなことを考えながら、サークル棟のある方へと向かっていた。
「結ちゃーん!」
推しの声が…聞こえる…だ、と…????
私は声の聞こえる方に勢いよく振り向いた。
そこには推しの天野さんが立っていた。
今日も麗しい。
「結ちゃんは今からお姉さんのところに行くのかな?」
「はい。サークル棟の前のベンチで姉を待ちながら本でも読もうかと思っていたところです。天野さんは姉のところに相談ですか?」
「よ、よくわかったね!相談…したいんだけど、僕の話はネタになっちゃうから…」
そう言って笑う天野さん。少し困った顔をしている。好き…。
いや、でも、さすがに最後の言葉は聞き捨てならない。
姉は推しが困っているのに、真面目に相談に乗らずにネタだけにするつもりか。
許しがたき所業ぞ。
「それならば、私もお話を聞きましょうか?恋愛事などに縁はなかったですが、相談役としては微力ながらお役に立てるかと」
「えっ?本当に?嬉しい!ありがとう!」
天野さんは私の両手をとり、嬉しそうに感謝を述べた。
正直推しが私の手に触れているという事実に、意識が持っていかれそうだった。
しかし、推しが困っている。私は気力で意識を保った。
私は姉のいる部屋に着くまでに、前回の醜態を謝罪した。
天野さんは天使なので、特に気にしていないようだった。むしろ心配してくれた。
本気で泣きかけたことは、黙っておこう。
私達がサークルの部屋に入ると、藤ヶ崎と前回紹介された男が立っていた。
「お、今日は結ちゃんも一緒なんだ。今回は倒れないのか?」
「ちょっと竜くん、その言い方はよくないよ」
藤ヶ崎さんは私をからかっているようでしたが、天野さんが注意してくだっさたので、それだけで嬉しい。
「ええ、前回はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
私は藤ヶ崎さんに謝罪した。藤ヶ崎さんはどうやら驚いているようでしたが。
藤ヶ崎さんはそういうキャラなんだと思えば、特に何も思わない。
私が現状腹が立っているのは、藤ヶ崎さんの後ろで黙々と作業している姉だ。
一向にこちらを見ない。
「お姉さん、結が来ましたが?」
「うーん」
君の漫画の主人公がいるんだけど???って気分ですね。
姉もそういうキャラだから仕方がないのかもしれないですけど。
「天野さん。では姉は置いておいて、話をしましょう」
「いいのかな?」
「人の話を聞こうともしないのならば、あれは置物同然です。どうせ、話を聞いてネタにするだけなんですから。ほうっておきましょう」
「う~ん、わかった?」
天野さんと私は向き合って座り、天野さんの話を聞き始めた。
「あのね、僕…彼と…いや、こんなこと言ってもいいものか迷うんだけどね」
「言いにくいことは無理に言わなくても大丈夫ですよ」
「その、なんていうのか…うーん。僕ね、彼とデート…したいんだ」
「えっ!?」
「えっ!?」
「えっ!?」
天野さんの発言に3人の声は重なった。
「天野、お前付き合って2ヶ月は経ってないか?それなのに一度もデートしたことないのか?」
「そんなことって…」
「本誌ではかなりデートしてたのに…」
普段相談に乗っているはずの姉でさえ知らなかったことに、さらにびっくりだ。
「その…デートではないんだけど、遊びに行くことは多いよ」
「それってデートじゃないのか?」
「えっと…その、辞書には前もって日付を決めて会うことってあってね。
そういうのは一度もなかったなぁと思ったんだ」
「辞書って…」
「真面目で可愛い…」
「おい」
「あ、声に出てましたか。すみません」
天野さんは真面目が故に、デート本来の意味を守りたいらしい。
「それは相手方に言ったことはないんですか?」
「デートって言うのが少し恥ずかしくて…ないんだ」
「えっ…尊い」
「さっきから全部言葉に出てる」
「すみません。天野さんがあまりに初で可愛すぎて」
「僕可愛いの?」
「ええ!とても!」
実物があまりにも可愛くて話がそれましたが、
要はデートに行きたいと本人に言わせることができればいいわけです。
「何回も心の中でシミュレーションをしているんだけど、なかなかうまくいかなくて」
「ではきっかけをつくってみましょう」
「きっかけ?」
「はい。そうですね…まずは、デートに行きたいという言葉を使わないで、デートに行きたいと遠回しに伝えていきましょう」
こうして私がたてた作戦を推しのデートに行きたいという願いのために実行するのでした。
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