子積柱
夕食後近くの神社で神事があると誘われる。いや、なんとなく断ることは可能と言いながら、拒否権はないような言い回しだった。安産祈願の神社だと言われた時は「うわ」ってなったものの、適当に参加していれば夜寝るまでの時間を稼げるので、会話が減らせると考えれば悪くないようにも思えた。義妹夫妻には悪いが。
その神社は、あたりに広がっている畑を海に例えたとしたら、真ん中にポツンと島があるといった風に存在していた。電灯もないので懐中電灯で暗闇を突き進む。蝉やウシガエルの声がかなり耳に響き、煩わしく思えた。
小さい神社のわりに、集まった人数はそこそこ多い。暗がりの中皆が懐中電灯を持っているので、顔があまりよく見えない。そのせいで何やら不穏なものを感じる。
集まったはいいものの、中々始まらない。だからと言って皆は騒ぐようなことはせず、予定通りという雰囲気をまとっていた。いつになったら始まるのかと聞けるタイミングでもないので、やぶ蚊が飛ぶ中じっとその場で待っつこととなる。蚊にかみつかれた場所から血が出て汗と混じる。長時間立っていたことにより足に痛みを感じ、顎から滴り落ちた汗が地面に垂れ始めたころようやく神主と思しき男性が、机に乗った奇妙なオブジェクトを引いてやってきた。
細長い机の上に輪投げの道具のような棒が、何本も上に向かって伸びていた。ただし棒にかかっているのは輪ではなく人形だ。顔のない赤ん坊を模ったと思しき人形が、棒に背負われるように糸で巻きつけられ、積み重なっている。人形の数は一様ではなく、棒によって違った。一番高い棒には、十五体もの人形が積み重なっていた。私はそこまで来て嫌な予感がふつふつと湧き上がるのを感じていた。
「皆様お忙しい中おいでくださり、ありがとうございました。諏訪原家も新しい家族を迎えられたようで、より一層の繁栄をお祈りいたします。というわけで諏訪原智子様用の
他人事だという顔をしていたらいきなり名前を呼ばれたので驚く。名前からして子積柱というのはあの不気味な神具のことなのだろうか。
「智子様のためにご説明をさせていただきますと、子積柱と言うのはその家で生まれた子供の数だけ人形を積んでいくというものです。古来より子は宝とされていますが、この村では特にそうでより多く産んだものが尊いことだとされていきました。もちろん今現在の価値観に照らし合わせてみれば、同じようには言えないかもしれません。しかし伝統を重んじてわが村ではこうやって子供の数だけ人形を積んでいくのです。それに加え伝統にのっとり、一番高く人形を積み上げた家にはより一層ごひいきにさせていただきます」
唾液を飲み込み怯えが表情に出ないようにする。自分の中に生まれ出た嫌悪感がどういった者か言語化できずに少し迷う。例えば表現が露悪的な――それでいて描いた者の主張には賛同しなくもないような――風刺画を見たような気分に近いかもしれないと思ったものの、そもそも逆だし、いや別に本人たちは
「あっ誤解をなされているようですね。
言っている意味がよく理解できない。暗くてよく見えなかったものの、うち7体ほどが水色で8体が赤色だった。そこで少し考えてある可能性を思い浮かべたのだけど、認めたくはなかった。右端に何も括り付けられていない棒がある。あれが私を表しているのだろうか。だとしたらあそこに積まれるべきは
目をつぶると手術台のそばに置かれれた卒塔婆と遺骨が思い浮かび、次に幼い顔の地蔵が並んだ部屋が瞼に映った。
「それでは智子様の柱に一体の水色の子人形を一体積みます」
宣言と共に水色の顔の人形が子積柱と呼ばれた棒にくくられていく。柱が私を表しているのなら、子供が背負われていることを表しているのだろうか。
目を見開き呼吸が荒くなる。足が震え今すぐこの場から逃げ出したい思いに駆られた。夫のほうを睨む。目が合った彼は冷や汗をかきながらも、首を横に振った。
目が「俺が話したのではない」と言っている。しかしなぜ彼らが知っているかの理由はわかっているようだ。
その後はこの神事の成り立ちを説明される。
曰く、大昔に大飢饉があり多くの子供を食べるしかなくなった。その時死んだ子供たちを供養するためにと、世継ぎを多く残すためにこのような風習が生まれたのだという。水子供養もかねて、生まれなかった子も生まれた子と兄弟姉妹であるということを表して色を分けて積んでいる。
成り立ちはいいとして、なぜこのような辱めを受けなけらばならないのだろうか。確かに一回中絶の経験がある。今の夫と結婚する前に作り、経済的な理由から産むのを断念した。よほどのことがない限り二度とこのようなことはしないと後悔したし、義父達がそのことを責めたいのなら、家で話は聞く。しかしこのような場所でさらし者にされるいわれはない。それにどうやって調べたのだろうか。このことは夫しか知らないはずだし、風習のためだけに、このことを調べだしたのだとしたら、背筋に冷や汗が流れるものがあった。その後のことはあまり覚えておらず、ふらふらと家に帰ったこだけだった。
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