子供を積む

五三六P・二四三・渡

夫の実家

 夫の実家の門の重さと言うものは人によって感じ方が違うだろうが、私にとっては10tトラックと同じ程度ではあった。もちろん比喩ではあるが、何分お互いの社会性の未熟さを舐めあうように結婚した身としては、そこまで過剰な例えとは言えないのかもしれない。両親の挨拶もそこそこに済ませ、結婚式もせずに籍だけ入れるという形としたので、夫の両親に対しては数度しか会ったことがない(籍だけ入れる人たちのことを未熟と言っているのではない)。そういう結婚もあるのだろうと納得はしていたし、今後もずっと親族にはあまり関わらない一生が続くことを期待していたのだけども、どうやらそうはいかないらしい。夫が失職して、転職先が彼の実家のコネを生かした形となったため、しっかりと関わりあう必要が出てきたのだった。共働きで若干こちらのほうが給料が低い程度だったので、なんとか近場で求職できないのかと思っていだけども、あまり相談もせずに話を進められ、結果的に私自身も職を失うこととなった。怒りに暮れたものの、いくら詰め寄っても事態は進展せず、だからといって離婚と言う形になるのもまだ不本意ではあったのでこちらが折れることになった。社会性が低いのはお互いさまであり、だからと言って納得できることではないものの、何もかもが過ぎ去った後なので解決策は夫が進めていた通りにするしかないというありさまだった。

 というわけで彼の実家のある町移り住むことになり、とりあえずは挨拶をするために扉の前にいる。平凡な田園が広がり、かび臭さが風に運ばれてくる田舎町……家も築云十年の木造建築を無理やりリフォームしたといった風で、ちぐはぐさを感じた。

「いらっしゃい智子さん。ようきはったなあ」

 身構えていた割には姑に控えめではあるが笑顔で出迎えられたものの、私は無愛想に「お世話になります」と答えるしかなかった。私が何が言って答えられるまで間がある気がするが、職場でも同じようなものだったので気にしていられない。

 今日は泊っていったらどうやと言われ、やんわりと断ったものの、やんわりと却下され結局泊ることとなった。

 夕食に寿司を用意しているということなので、ありがたくごちそうになる。ありがたいと言ったのは寿司を食べられることで、夕食を共にすることではない。とりあえず、夫の陰に隠れて場をやり過ごす。

「まあ結果的に辞めてよかったんかもしれんな。こうやっておとんの会社の系列の場所に勤められることになったんやし」

 酒を飲みながら、夫が語っている。よく言う。

 いつも毒親だのなんだの両親の悪口ばかり言ってるくせに。辞めた時も「信じられない。裏切られた」と泣き言を何日も言い、父親の会社の系列に転職することになった時も、「おとんと似た職場で働くとなんて死んでもいやや……」と悲観に暮れていたくせに。別に考えを改めたというわけではないのは、無理にひきつらせた顔を見ればわかる。まあ嫌な職場に働くことになった苦労に対しては応援はするが、別の方法もあったにもかかわらず断りにくいというだけで引き受けた事実を鑑みると、いまいち同情しずらかった。それに普段は他人はおろか私とさえも口数が少ないのに、いまはかなり饒舌だ。どうやら内弁慶で、私と住んでいた部屋は「内」に含まれていないらしい。

 そんな夫の上っ面だけの言葉にも、舅は気を良くしたようで笑ってビール瓶を注いだ。ちなみに私はお酌と言うものが嫌いだけども、皆の前で「お酌ってきらいなんですよね」といって場の空気が悪くなるのはもっと嫌なので、最小限の回数で一生懸命酌をしている風に装った。そんな小手先だけのごまかしはすぐにばれ、後で夫に「おかんに『お前の嫁もうちょっとお酌して回ってもよかったんちゃうか?』て言われたんやけど」と言われ内心舌打ちをすることになったのだけれども。

 寿司が無くなっても、皆はいろいろ話している。私は飲み会で食事が無くなってもグダグダと長時間話している時間がこの世の何よりも嫌いだ。とはいっても今日は泊ることになっているので、食事が終わっても会話からは逃げることが出来ないのだけども。

「まあそろそろ孫の顔が見てみたい時期やしなあ」

 舅が既に空になった猪口を舐めながらがら赤ら顔で言った。

 出たな、孫の顔が見てみたい。未婚時代に親から聞きすぎて、結婚した後聞いても右から左に流すようになってしまった。それに夫とはまだ子供は産まないという取り決めになっている。自身らがまだまだ未熟であるのは自覚はしているし、一人の人間を育てるという責任を追える自信がなく、時間や経験により自分たちが成長出来たら新しい家族を迎えるということとなっている。そもそも収入が足りていない。だからといってお義父さんお義母さんにその考えを表明して意見の食い違いや考えの違いにより対立することは望んでいないので、悪いがまた右から左へ流す作業と化させてもらうのだった。

 とか思っていたのだけども、姑が「ちょっと……お父さん……」とたしなめている。

 我が家の指針を察してくれたのかと思ったものの、彼女の視線を見るとそうでもないらしい。

「いや……そんな……あまり気にしすぎるのもなんですし……」

 か細い声が聞こへたので、顔を向けてみると少し年下の女性が申し訳なさそうにかつ、少し悲しそうに言っていた。たしか夫の弟の嫁さんだっただろうか。義妹は気にしてないという風なことを言ったものの、その夫、つまり義弟は舅を責めるようなことを言う。会話内容から察するに、彼女は不妊治療中のようだ。姑が彼女らに対して謝っていたものの、姑は不機嫌そうにまた酒を自分で注ぐばかりだった。その後また口を開いた。

「まあだからこそ智子さんには頑張ってもらわにゃな」

 私は口をへの字にして何か言おうとしたものの、何も思い浮かばなかったので、下手な愛想笑いで流そうとした。すると今度は夫が「おお、まかしといてや」とか言い出した。

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