第19話エメラルドの少女

ちょい重め


――――――――――――――――――


「はあ、海で遊ぶのってこんなにも楽しかったのね!」


ところどころ砂だらけになりながら、リゼルは青空を見上げた。そろそろ日の傾いてくる頃だろう。


「こんなに遊んだのは生まれてはじめてだわ!」


「わたくしもですわ」


おしとやかな印象はどこへ言ったのやら。思う存分遊んだ彼女たちに、オスローは若干驚いたような表情をしている。


「そろそろ帰るぞ。まだ明日もあるから」


「はーい」


そう言って、一度屋敷に帰ろうとしたとき。風にのって少し離れたところから、泣き声が聞こえた。


「あら、迷子かしら?」


気がついたリアがきょろきょろとあたりをを探し始める。そうして、岩陰に見つけたのは、お世辞にもあまりいい服とは言えないようなぼろをまとった幼い少女だったのだ。


「どうしたの!?」


慌てて駆け寄ると、彼女はびくりと肩を揺らした。それを見てリアが、驚かせないように穏やかに問いかける。


「大丈夫? どうして泣いているの?」


「ぐす、足を怪我してしまったの……」


彼女の足を見ると、確かに岩で擦れたような擦り傷がある。靴は履いているから足の裏の怪我はないようだが……とそこで、リゼルははっとした。この少女が履いているのはかなりいい靴だ。服だって、よくよく見ればとてもいい生地でできている。ただ、汚れて擦り切れてぼろぼろになっているだけで。


「すぐに手当てしなきゃ! ちょうど帰るところだから一緒に来る? あ、お母様やお父様が心配なさるかしら」


「ううん、お母様は今機嫌が悪くって、きっと二日はお家に入れてくれないわ」


四人は思わず息をのんでしまった。この子になにがあったのかは知らないが、大体は察してしまったので。



「ありがとうございます、こんなにしてくださって」


屋敷に連れ帰った少女の手当てをしてやると、彼女は礼儀正しくぺこりとお辞儀をした。さっきの擦り傷に加えてあざや傷跡がたくさんあったから、薬を塗ってそこも手当てしてあげた。


「あなた、お名前は何とおっしゃるの?」


「わたしはアディリィです」


七、八歳ぐらいなのに随分丁寧な子だと、リアは思わずもらす。


「ではアディリィ、わたくしたちと食事しませんこと?」


「いいのですか?」


不安げにエメラルドの瞳が輝いた。洗って梳かして結ったピンクブロンドの髪が揺れる。磨けば磨くほどよく光る子で、とても可愛らしい顔立ちをしているのだ。


「もちろんよ。いらっしゃいアディリィちゃん」


優しくアディリィの手を握って、リアは微笑みかけた。リゼルと並んだ時もだが、こうしてみると本当に母と娘のようだ。この少女の本当の母親はこんなに優しくないようだけれど。


「いただきます」


目の前の料理にふっと口元を綻ばせ、アディリィが料理に手を付ける。優雅なしぐさで食べる姿はとてもこんな扱いをされている少女の者とは思えない。彼女はいったい何者なのか? 貴族か、それとも商家の娘か。そんなことばかり考えながら食事をしていたからか、思わずリゼルの口から食べ方が綺麗ね、とこぼれてしまった。


「お母様からずっと言われてきたんです」


「そう」


そのお母様、が全然見えてこない。こんなふうに自分の娘を扱っているくせにマナーは教えているのか。


「不躾なこと聞いてもいいかしら」


どうしても気になって、この少女のことがもっと知りたくて、リゼルは出来れば口にしたくなかった質問をする。


「どうしてあなたはこんなことを……?」


こんなことを、実の母親にされているの。だがアディリィは顔色一つ変えずに返事を返した。


「お母様は本当は私みたいな女の子じゃなくて、男の子が欲しかったんです。お母様が憎く思っていた方は男の子を産んでその子が家を継いだのに、お母様は私が女だったせいで候補にも入れなかったって」


ああ、よくある跡継ぎ問題に巻き込まれた、可哀そうな子供だったのか。リアの心がずきりと痛む。彼女だって子供を持った身だ。その腕に抱いたことは、たった一度もなかったけれど。そのせいか、子供がひどい目にあうのはごめんなのだ。


「きっと二日後には機嫌も収まっているはずです。機嫌がいいときは、女に生まれたんだからその容姿を武器にいい男を捕まえるのよ、ってダンスや話し方を教えてくれるんです。きっと……あんまりまともな方法じゃあないんだろうけど。でも楽しいので」


アディリィの笑顔は、心に刺さる。無理して笑っている顔ではない。でも、幸せそうではない。可哀想なのは母親の方かもしれない。彼女はまるで、可哀そうで哀れな人のように見ている。


「あの、お姉さまたちのことも聞かせてくださいませんか? このあたりにお住いの方じゃあないんでしょう?」


「よくわかったわね。んん、じゃあ自己紹介から行くわ、アディリィ」


期待の目にリゼルが答える。ああ、この表情は、心からの笑顔らしい。とても――楽しそうだから。


――――――――――――――――――


新キャラのアディリィちゃんです。といってもこのパートだけかなあ……

次の更新予定日は十一月四日です!

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