第18話砂のお家

「ん〜、美味し〜!」


屋台で買った昼ごはんを、海岸の石の上に座って食べる。透明な海が白い砂浜に押し寄せる。ゆるい潮風が心地良い。


「久しぶりに食べましたけど、やっぱり量が多いですわね。半分にしておいて正解でしたわ」


「半分といっても店主に中身を増量してほしいと頼んでいただろう……」


美味しそうにパンを頬張るニノンに、オスローが呆れたように言った。確かに、半分の大きさにしては中身の量が多い。


「ふふふ、見なさい」


リゼルが自分の分を見せながら不敵に笑う。


「もうあと五口もあれば食べ終われるわ!」


「ソース付いてるぞ」


ふっとオスローの手がリゼルのくちびるをかすめる。あまりに唐突だったので、リゼルは思わず小さな声でひえ、と呟いた。大きくて、顔全体を片手で包み込めそうで、ふんわりあたたかい。心臓の音が鳴り止まないじゃない。


「ちょ、何するのよ! いきなり触らないでちょうだい!」


「だから付いてるぞって言っただろ」


顔を赤くしながら怒ってくる彼女にそのまま応戦するが、オスローの心だってぐちゃぐちゃだ。なんだ、くちびるって、あんなに柔らかいものなのか? ふわふわで甘くて、今すぐ食べてしまいたい。そんな思いをぐっと我慢して、ごくりとつばを飲み込む。


「知ってるわ。でもいきなり指で拭うなんて、なにか布にしなさいよ!」


ぎゃんぎゃんと言い合いが始まってしまったので、仲がよろしいのはいいことですわ、とにこにこしながらニノンはリアの隣に移動した。


「あらニノンちゃん。このパン、とても美味しいわ。教えてくれてありがとう」


「お気に召したようで何よりですわ」


温和な雰囲気のリアに流されてか、ニノンの雰囲気も柔らかい。


「ふふふ、でもパンにそのままかじりつくなんてお行儀が悪いわね。あなたたちと一緒じゃ無ければとてもできないわ」


困ったようにくすくすと笑いながらリアはもう一口パンを口に入れる。その表情はどこか遠くを見つめているようで、なんだかニノンは昔のことを思い出してしまった。


「あの、何度かおっしゃってましたけれど、海に来たことがおありなの?」


「あるわ。ほんの一、二回だけ」


ざん、と音を立てて波が引いたり押し寄せたりする。


「そう、丁度こんなところよ。青くて澄んだ海がとってもきれいだったことだけはおぼえてる。特に楽しい事はなかったの。だって一番楽しかったことが、自分の部屋の窓から海が少しだけ見えたこと、なんですもの」


「……」


その感情が、痛いほどわかる。思わずニノンはそう思った。自分は彼女のことを知らない。過去になにがあったのかも知らないし、今幸せなのかもわからない。ただ、幼いころこの海で、屋敷で窓から海を眺めていた、というのがどうしても自分と重なってしまって仕方がないのだ。あの時は、確かにまったく楽しくなかった。だからこそ、こっそり街に出たのかも。あの時食べたパンだけが、唯一のいい思い出だから。


「ああ! 何するのよ、足に水がかかったらどうするつもり!?」


そんな静かな空間を破るように、リゼルの怒声がとんだ。いつの間に移動したのか、砂浜の水が来るか来ないかぎりぎりのところでオスローとリゼルが遊んでいる。言い合っているように見えて、なんとも仲がいい事だ。


「お母さんもニノンも一緒に遊びましょうよ!」


ぱたぱたと近くにやって来たリゼルが二人の手を引く。


「海の水はとっても冷たくて気持ちがいいわ!」


「わたくしも触りたいですわ」


何の制約もなく羽を伸ばせるからか、ニノンは一目散に海をめがけてかけていき両手で水をすくった。なんて透明で、綺麗で、素敵なんだろう。この体験を幼いころにしたかった。そう思って、それから彼女は首を振った。


「今だから楽しいんですわ。そうでしょう?」


きっと小さいころに来たって同じ感情は抱かなかった。リゼルやオスロー、リアといるからこそなんだって楽しいのだ。ああ、帰りたくない。ずっと居心地のいいここにいられたらいいのに。


「あなたたちが羨ましいですわ」


リアの手を引いてこちらへ歩いてくるリゼルと、珍しく微笑みながらその様子を見ているオスローを眺める。


「ねえみんなで砂のお家を作りましょうよ。たまには童心に帰ってみたいわ!」


砂をすくってリゼルがそう言ったので、みんなすっかり夢中で砂の家を作り始めてしまった。



「できたわ!」


それから少し。ぱあ、と全員の顔が輝く。柄にもなくオスローも、頬を緩ませた。


「改めてみるとずいぶん可愛らしいですわ。まるであなたたちのお家のようね?」


「確かにそうねえ」


どうも偏ってしまうのか、家の形がリアの家に近い。


「壊してしまうのが惜しいな」


かなり海に近いところに作ってしまったから、夜のうちになくなってしまいそうだ、とオスローが苦笑する。


「別にいいわ」


そんなオスローにリゼルは頬を膨らませた。


「だって思い出は消えないもの!」


――――――――――――――――――


重くなったり遊んだり、話がジェットコースターですね。

次回の更新予定日は十月二十四日です(変更の可能性大)

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