第17話らしくなくていいの!

「うん……」


リゼルのまぶたがゆるゆると持ち上がる。どれくらい寝ていたのだろうか、そう重い体を起こすと、リアがふんわりと笑った。


「おはようリーゼちゃん。そろそろ着くって」


「そうなの? 随分寝てた気がするわ」


ふわ、とあくびをしてふと窓の外を覗くと、そこにはきれいな海が見えた。真昼の太陽の眩しいほどの光を反射させて、波がきらきら輝いている。


「まあ、なんてきれいなの!?」


「そうよねえ。こんなにきれいな海を見たのは久しぶりだわ」


リアが懐かしそうに目を細めた。昔、海に行ったことがあったのだろうか。


「ちょうどお昼時につけてよかったですわ。何か食べたいものはありまして?」


どこから取り出したのか扇子で自身を扇ぎながらニノンはそう尋ねた。あんなに朝早くに出発したのに、もうお昼なのかと驚いてしまう。


「ここの地域のおすすめってあるの?」


せっかくだからこの地域特有のものや、おすすめのものを食べたいだろう。そんなリゼルの質問に、ニノンは少し考え込んでから答えた。


「屋台料理でよろしければ、焼いたお肉をパンに挟んだものがおすすめですわ。昔一度だけ食べたことがありますの。すこしお行儀が悪いけれど、とてもおいしかったのよ」


「そうなのね! 私も食べてみたいわ、それにしましょうよ」


興味津々といった様子でリゼルは二ノンの手を握った。だって彼女は王女なのだからそんな料理は見たことも聞いたこともないわけで、興味が出るのは至極当たり前のことなのだ。


「あれは一つの量がかなり多いぞ。食べきれるのか?」


眉をひそめて聞いてくるオスローに、リゼルは元気いっぱいに答える。


「食べきれるわ! 食べきってみせるもの!」


「私はそんなに食べきれる気がしないわねえ」


リゼルのことを可愛い、可愛いと撫でながら、リアは困った表情を浮かべた。オスローが言うほどのなのだ。でも美味しそうなのよね、とぼそりと呟く。


「大丈夫ですわ!」


そんな小さなつぶやきをひろったニノンはにっこりとリアに笑いかけた。


「半分の大きさが売っているとこともありますの。それに、中身なら店の者に言えば量を調節してくれましてよ」


「そうなのね。じゃあ私も食べようかしら」


街に入ってゆっくり動いていた馬車が、停止する。どうやら目的地についたようだ。扉が開いて、四人が順に降りる。


「わあ、なんて素敵なところなの?」


第一声はそれだった。街の奥の奥の方にあった古い屋敷がどうやらオスローの私物らしい。半分ほど森に侵食されているようなその屋敷は大きくて壮観だった。


「長らく人を入れていなかったから汚れているかもしれない。昨日掃除はさせたんだが……」


不安げにオスローは建物を見上げる。


「気にしないわ、大丈夫よ。掃除道具さえあれば自分たちで掃除できるし」


上機嫌でリゼルは門をくぐる。それに続いて他の四人も門をくぐった。ぎい、と音を立てて大きな扉を開くと、目に金の装飾が施された赤い絨毯に豪華なシャンデリアが飛び込んできた。


「別に、普通に手入れされてるじゃない。何にも問題ないわよ?」


その豪華さを丸無視して彼女はあたりを見回した。汚れも埃もない。使用人こそいないが、かなりきれいに保たれている。


「そうか? 使用人たちはなにか変な噂や勘ぐりをされると困るから今この屋敷にはいない。申し訳ないな」


「まあ、ではこの中で一番困るのは私ではありませんか」


口をとがらせて文句を言うニノンにリゼルは思わず笑ってしまった。確かにそうだ。オスローは男性なので特に手伝いはいらないし、リアは庶民で何でも自分でできる。彼女自身だって三か月もリアとともに生活していてかなりなれたし、服だって王宮にいたころ来ていたものと違って簡素なものだから一人でできるのだ。その点ニノンは商家のお嬢様。何か困っていることがあれば助けてあげよう、と彼女は心に決めた。


「とりあえず荷物を置いて昼食を食べに行こう」


指定された場所に荷物を置いて四人は外に出る。


「はあ、空気がおいしいわ。王都じゃあこんな森の匂いや風の匂いはあまり感じられないもの」


「そうねえ」


肺いっぱいに空気を吸い込んで歩く姿にニノンはくすくすと笑う。


「ここは海に面した街。森や風の匂いに加えて海の匂いもするのではなくって? それに、屋台の美味しそうな匂いもしますわよ」


その途端、ぐうとリゼルのお腹がなった。


「やだ、ごめんなさい」


顔を赤くして眉を下げて、彼女は笑いながら謝罪する。ここが王宮なら母親の怒声がとんだところだ。やれ姫らしくないだの、行儀が悪いだの散々言われていた。苦い思い出である。


「ふふ、わたくしもお腹がなってしまいそうですわ。早く行きましょう?」


幸いニノンは口調こそ淑女であるが、中身はリゼルと同じお転婆娘であるらしい。商家の令嬢だというのに片手で帽子を、もう片方の手でリゼルの手を取って、屋台の方へと楽しそうに走り出した。


――――――――――――――――――


みんなかわいいよ。

次回の更新予定日は十月十四日です!

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